元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第18話 そんな顔してまで

 訓練場には、朝の光が差し込んでいた。

 木剣のぶつかる音が響く。

 

「はぁっ!!」

 

 レオンが踏み込む。

 斬撃。

 すぐに二撃目。

 

 以前より速い。

 視線も広くなっている。

 

 だが。

 

「甘い」

 

「っ!?」

 

 木剣が逸らされる。

 次の瞬間。

 足を払われた。

 

「うわっ!?」

 

 レオンは派手に転がる。

 砂煙が舞った。

 

「いっっ……!」

 

「踏み込みに意識を割きすぎだ」

 

 カイトが淡々と言う。

 

「視線が一点に固定されてる」

 

「戦場でそれをやると、横から死ぬ」

 

「ぐっ……」

 

 レオンは悔しそうに顔をしかめる。

 

 でも。

 すぐに木剣を掴んだ。

 

「もう一回!」

 

「元気だな……」

 

 少し呆れた声。

 

 カイトは剣を構え直した。

 レオンが飛び込む。

 

 今度はフェイント。

 横へ回る。

 さらに低く踏み込む。

 カイトの目が、僅かに細くなった。

 直後。

 

「っ!?」

 

 木剣同士がぶつかる。

 

 初めて。

 真正面から、一撃だけ受け止めた。

 

 レオンの目が見開かれる。

 

「……!」

 

 次の瞬間には吹き飛ばされたが。

 

 それでも。

 以前より、確かに長く立っていた。

 

「……悪くない」

 

 ぽつり、と。

 小さな声。

 レオンの顔が、一気に明るくなる。

 

「今褒めました!?」

 

「気のせいだ」

 

「絶対褒めましたよね!?」

 

「うるさい」

 

 その時。

 

「教官」

 

 静かな声。

 

 ルーメリアだった。

 金色の髪を揺らしながら。

 こちらへ歩いてくる。

 カイトが視線を向ける。

 

「結果が出ました」

 

 空気が少し変わる。

 レオンも表情を引き締めた。

 

 昨日。

 東区画で見つけた違和感。

 不自然な魔力残滓。

 誰かが調べていた痕跡。

 

 それを受けて、カイトは昨夜。

 勇者専用区画から、教会側へ照会を頼んでいた。

 

「東区画の記録ですが」

 

 ルーメリアは少しだけ黙る。

 

「一部、閲覧制限されていました」

 

 沈黙。

 レオンが眉をひそめる。

 

「は?」

 

「なんでだよ」

 

「生徒まで巻き込まれてんのに」

 

「理由は」

 

 カイトが低く問う。

 

「機密扱いだそうです」

 

 短い返答。

 だが。

 それだけで十分だった。

 

 カイトの灰色の瞳が、静かに細くなる。

 

「……教官」

 

「なんだ」

 

「勇者適応と、魔王侵食」

 

 そこで一度、言葉が止まる。

 

「少し、似ています」

 

 空気が止まった。

 レオンが困惑した顔をする。

 

「似てる?」

 

「はい」

 

 ルーメリアは、自分の胸元へ触れた。

 

「最近、時々……感情が薄くなるんです」

 

 その言葉に。

 カイトの目が、僅かに揺れた。

 

「昨日の訓練でも」

 

 倒れた候補生。

 助けを求める声。

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だけ。

 “切り捨てるべき”だと思った。

 

「前なら、もっと迷っていたはずなんです」

 

 ルーメリアは静かに俯く。

 エメラルドグリーンの瞳が、僅かに揺れる。

 

「でも最近は」

 

 小さく息を吐く。

 

「それを、仕方ないと思えてしまう」

 

 沈黙。

 風が吹き抜ける。

 

「それが、少し怖いです」

 

 レオンは、言葉を失っていた。

 

 勇者。

 選ばれた存在。

 強くて。

 特別で。

 みんなを救う存在。

 そう思っていた。

 

 でも。

 

「……なんでだよ」

 

 気づけば、口から零れていた。

 ルーメリアが顔を上げる。

 レオンは歯を食いしばっていた。

 

「勇者なんだろ」

 

「みんなを助ける側なんだろ」

 

「なのに」

 

 拳を握る。

 

「そんな顔してまで、勇者になんなきゃ駄目なのかよ」

 

 ルーメリアの呼吸が、一瞬止まった。

 答えられない。

 

 その時だった。

 カイトが、静かに口を開く。

 

「……昔も居た」

 

 二人の視線が向く。

 カイトは遠くを見るような目をしていた。

 

「力を得る代わりに、感情を削られていった奴が」

 

 低い声。

 重い声だった。

 

「最初は、小さな違和感だ」

 

「迷わなくなる」

 

「躊躇しなくなる」

 

「合理的になる」

 

 そこで言葉が止まる。

 

 数秒。

 

 沈黙。

 

 そして。

 

「……気づいた時には、なにも感じなくなってる」

 

 空気が、静かに冷えた。

 ルーメリアの指先が、小さく震える。

 

「それって……」

 

 レオンの声も掠れていた。

 カイトは答えない。

 代わりに。

 灰色の瞳だけが静かに曇っていた。

 

 まるで。

 救えなかった誰かを、思い出しているみたいに。

 

 

 夜。

 静まり返った礼拝堂。

 

 蝋燭の火だけが、

 薄暗い室内を照らしていた。

 

「勇者適応は順調です」

 

 司祭が静かに告げる。

 グランベルは、

 穏やかな笑みを浮かべたまま目を閉じる。

 

「そうですか」

 

「ですが」

 

 司祭が少し迷う。

 

「適応速度が、予定より僅かに低下しています」

 

 沈黙。

 

「原因は」

 

「不明です」

 

 そこで一瞬、レオンの顔が脳裏を過ぎる。

 だが司祭は言わない。

 

 代わりに。

 

「感情の揺らぎが増えています」

 

 グランベルは、静かに目を開いた。

 

「……問題ありません」

 

 穏やかな声。

 

「勇者は、いずれ完成します」

 

 司祭が、僅かに目を伏せる。

 

「ですが……本当に必要なのでしょうか」

 

 小さな声だった。

 

「ここまで切り捨てを背負わせてまで――」」

 

 

「必要です」

 

 グランベルは、静かに言い切った。

 

「魔王を放置すれば 更なる被害が出る」

 

「多くの血が流れます」

 

「多くの涙が流れる」

 

「多くの悲しみが生まれる」

 

 蝋燭の火が揺れる。

 

「救えない命があります」

 

「切り捨てなければ、守れない人々がいる」

 

「だからこそ、勇者は必要なのです」

 

 穏やかな声だった。

 

 それが余計に怖かった。




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