元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
夜。
森の奥。
エリシアは、一人で木にもたれていた。
「……はぁっ……」
呼吸が浅い。
頭が痛い。
熱い。
黒い紋様は、もう首筋を越えていた。
耳鳴りがする。
視界も霞む。
『殺せ』
「っ……」
『勇者を殺せ』
また声。
止まらない。
眠っても。
起きていても。
ずっと。
頭の奥へ響いてくる。
「やめ……て……」
震える指で耳を塞ぐ。
しかし意味がない。
声は、頭の中から響いていた。
『どうして逃げる』
『また救えなかった』
「ぁ……」
エリシアの肩が震える。
また、カイトの声に聞こえた。
違う。
分かってる。
あの人は。
そんな事、言わない。
なのに。
頭の中がもうぐちゃぐちゃだった。
その時。
ふらり、と。
視界が揺れた。
「……え?」
次の瞬間。
景色が変わっていた。
倒れた木々。
抉れた地面。
黒い魔力の痕。
エリシアは、その場で固まった。
「……な、に……」
覚えていない。
何も。
でも。
分かる。
自分だ。
自分がやった。
「っ……」
呼吸が止まりそうになる。
怖い。
本当に。
自分が何をするか分からない。
『殺せ』
黒い魔力が、腕へ絡みつく。
「いや……っ」
後退る。
その時だった。
「いたぞ!!」
エリシアの身体が強張る。
教会騎士だった。
複数。
白い外套。
剣と翼の紋章。
「魔王だ!!」
瞬間。
魔法が飛ぶ。
「っ!!」
轟音。
地面が爆ぜる。
エリシアは反射的に飛び退いた。
「待って……!」
「喋るな化け物!!」
兵士の声は、怒号というより悲鳴に近かった。
次の魔法。
木々が吹き飛ぶ。
エリシアは歯を食いしばった。
反撃すれば、簡単に殺せる。
でも。
そんな事、したくない。
『殺せ』
「っ……!」
頭が割れそうだった。
まずい。
もう限界が近い。
その時。
「きゃっ……!」
小さな悲鳴。
エリシアの目が見開かれる。
騎士の後ろ。
避難途中だったのか。
幼い少女が転んでいた。
だが。
放たれた魔法は止まらない。
一直線。
少女へ向かっていた。
「――っ!!」
考えるより先に身体が動いていた。
エリシアが飛び込む。
少女を抱き寄せる。
直後。
爆発。
「っぁ……!!」
衝撃が背中を焼く。
少女が震えていた。
「だ、だいじょうぶ……?」
エリシアが掠れた声で問う。
少女は涙目のまま。
エリシアを見上げる。
その時。
黒い紋様が。
首筋から頬へ広がった。
少女の顔が凍る。
「まおう……」
その言葉と同時に。
頭の奥で。
何かが切れた。
『殺せ』
黒い魔力が噴き出す。
地面が砕ける。
騎士たちが息を呑む。
「まずい!!」
「下がれ!!」
エリシア自身も。
自分の魔力を抑えきれなかった。
「ぁ……っ……」
駄目だ。
本当に。
誰かを殺す。
怖い。
怖い。
怖い。
少女が怯えている。
騎士たちも剣を構えている。
みんな。
自分を恐れてる。
当然だった。
自分は。
化け物だから。
「ぅ……ぁ……」
涙が零れる。
もう。
一人じゃ無理だった。
でも。
カイトを巻き込みたくない。
来てほしくない。
でも。
会いたい。
怖い。
苦しい。
感情がぐちゃぐちゃだった。
逃げるように。
エリシアは、その場を飛び出した。
◇
礼拝堂の壁へ。
エリシアは背中を預けた。
呼吸が苦しい。
黒い紋様は。
もう頬の近くまで広がっている。
『殺せ』
また声。
『勇者を』
『カイトを』
「……やだ」
涙が零れる。
そんな事したくない。
絶対に。
頭の奥で。
ふと。
昔の声が蘇る。
『無理するな』
低い声。
『一人で抱え込むな』
ぶっきらぼうで。
でも少しだけ優しかった声。
「……っ」
エリシアの肩が震える。
一人で耐えらえると思っていた。
本当はずっと。
会いたかった。
怖かった。
苦しかった。
でも。
巻き込みたくなかった。
傷つけたくなかった。
それでも。
もう。
一人じゃ、耐えられない。
震える唇が小さく動く。
「……カイ先生」
掠れた声。
涙が、静かに零れ落ちた。
「会いたい……」
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