元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
第21話 まずは俺を殺せ
冷たい雨が、
崩れかけた礼拝堂を叩いていた。
「ぁ……っ……」
エリシアは、
カイトの胸元を掴んだまま震えていた。
呼吸が乱れている。
黒い紋様は、
もう頬の近くまで広がっていた。
でも。
さっきまで暴れていた黒い魔力は、
少しだけ静まっている。
カイトが、
エリシアの背へ手を添える。
「もう喋るな」
低い声。
「魔力を乱すな」
「……っ」
エリシアは小さく頷いた。
震えが止まらない。
怖い。
苦しい。
壊れそうだった。
でも。
今だけは。
少しだけ。
安心してしまっている自分が居た。
その時だった。
「魔王から離れてください!!」
礼拝堂の入口。
教会騎士たちが剣を向けていた。
誰も近づけない。
怯えている。
でも。
逃がす気もない。
「レイヴン教官!」
「危険です!!」
カイトは振り返らない。
エリシアを支えたまま、
静かに口を開く。
「下がれ」
「ですが――!」
「聞こえなかったか」
空気が凍る。
騎士たちが息を呑んだ。
カイトの灰色の瞳だけが、
静かに騎士たちを見据えている。
「今のこいつは、
お前たちより危険じゃない」
「なっ……」
「刺激するな」
短い声。
だが。
誰も動けなかった。
その時。
『殺せ』
エリシアの肩が大きく震えた。
「っ……ぁ……」
黒い魔力が漏れ出す。
床が軋む。
礼拝堂の壁へ、
黒い亀裂が走った。
「エリシア」
カイトの手が、
そっと肩へ触れる。
「呼吸を合わせろ」
「む、り……っ」
「いいからやれ」
ぶっきらぼうな声。
でも。
不思議と怖くなかった。
「吸え」
「っ……」
「吐け」
ゆっくり。
少しずつ。
暴れていた魔力が、
僅かに落ち着いていく。
黒い魔力が、カイトに吸い込まれるように。
騎士たちが、
信じられないものを見る目をしていた。
魔王を落ち着かせている。
あり得ない光景だった。
「……なんで」
掠れた声。
エリシアの指が、
カイトの服を強く掴む。
「なんで、助けるんですか……」
雨音だけが響く。
カイトは少しだけ黙った。
そして。
「助けたいからだ」
その一言で。
エリシアの呼吸が止まった。
「……っ……」
理解できなかった。
魔王なのに。
壊れてるのに。
怖いはずなのに。
なのに。
この人は。
まだ自分を助けようとしている。
視界が滲む。
「っ……ぁ……」
涙が零れ落ちた。
止まらない。
今までずっと。
一人で耐えようとしていた。
怖くても。
苦しくても。
壊れそうでも。
誰も巻き込みたくなかった。
でも。
もう限界だった。
エリシアは震えるまま、
額をカイトの胸へ押し付ける。
「……こわい……」
小さな声。
「壊れるの、こわい……」
カイトは何も言わなかった。
ただ。
エリシアの背へ、
静かに手を添えていた。
◇
「……何だよ、あれ」
レオンが顔を上げる。
遠くの空。
黒い魔力が、
嵐みたいに渦巻いていた。
空気が重い。
嫌な感じがする。
ルーメリアの表情も硬かった。
「教会騎士が動いてます」
「……なっ」
「西区画から、
一斉に礼拝堂方面へ」
嫌な予感がした。
その時。
教会側の伝令が、
訓練場へ駆け込んでくる。
「ルーメリア様!」
「現在、危険指定個体との接触を確認!」
レオンが眉をひそめる。
「危険指定個体?」
伝令が息を呑む。
そして。
「レイヴン教官です」
空気が止まった。
「……は?」
レオンの声が掠れる。
だが。
伝令の顔は真剣だった。
「教会は現在、カイト・レイヴンを拘束対象として――」
最後まで聞かなかった。
レオンが駆け出す。
「おい!!」
「レオン!!」
ルーメリアの制止。
でも止まらない。
嫌な予感しかしなかった。
ルーメリアは、遠くの黒い空を見上げる。
胸の奥が、嫌にざわついていた。
◇
「……これはどういう状況ですか」
礼拝堂の入り口に低い声が響く。
白い法衣。
グランベルだった。
後ろには、さらに多くの教会騎士。
空気が張り詰める。
グランベルの視線が、エリシアへ向く。
次に、カイトを見る。
「……随分と、親しげですね」
穏やかな声。
だが。
礼拝堂の空気が、静かに冷えていく。
エリシアの身体が強張る。
怖い。
また奪われる。
その時。
カイトが、
静かに一歩前へ出た。
エリシアを庇うように。
「お前は」
低い声。
「こいつを殺すのか」
グランベルは少しだけ目を細めた。
「魔王は、人類の敵です」
静かに答える。
「そう決まっています」
でも。
その目は冷たい。
エリシアの指先が震える。
カイトが、静かに剣を抜いた。
「……なら」
灰色の瞳が、
真っ直ぐグランベルを見据える。
「まずは俺を殺せ」
礼拝堂から、
完全に音が消えた。
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