元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
雨は、いつの間にか止んでいた。
森の奥。
打ち捨てられた廃小屋の中。
小さな焚火だけが、静かに揺れている。
「……っ」
エリシアが、浅く息を吐いた。
まだ苦しい。
侵食も消えていない。
でも。
隣に居る気配だけで、
少しだけ落ち着いていた。
カイトは壁へ背を預けたまま、
目を閉じている。
眠っているようにも見えた。
でも。
多分、起きている。
「……よかったんですか」
小さな声。
焚火が、ぱちりと鳴る。
「何がだ」
「私なんかのために、教会を敵にして」
エリシアは俯いたまま、
自分の手を握る。
黒い紋様が、指先まで静かに侵食していた。
「……私は、魔王なのに」
「今さらだ」
短い返答。
迷いはなかった。
エリシアが、ゆっくり顔を上げる。
焚火の向こう側。
カイトは静かに座ったまま、炎を見つめている。
その横顔は、不思議なくらい変わっていなかった。
その時。
視線が、カイトの剣へ向いた。
見慣れた剣。
昔から、ずっと変わらない。
「……覚えてますか」
「ん?」
「私が、初めて雷撃を使えた日」
少しだけ。
カイトの目が細くなった。
「……ああ」
◇
雷撃が、魔獣を焼き尽くした。
轟音。
遅れて風が吹き抜ける。
「……私、にも……?」
エリシアが、自分の手を見つめる。
まだ小さく雷が散っていた。
何度やっても出来なかった。
なのに。
今、確かに放てた。
「上出来だ」
「――っ!」
気づけば。
エリシアは、勢いのままカイトへ抱きついていた。
「カイ先生!私にも出来ました!」
「ああ」
「ずっと出来なかったのに……!」
「そうだな」
嬉しくて。
胸がいっぱいで。
でも。
数秒遅れて。
エリシアの動きが止まった。
「……ぁ」
抱きついたままだと気づく。
尖った耳が一気に熱くなった。
慌てて離れる。
「す、すいません……!」
「気にするな」
カイトは気にした様子もない。
それが逆に恥ずかしかった。
沈黙。
「あの」
エリシアが、少し視線を逸らしたまま口を開く。
「さっきの」
「ん?」
「カイ先生、って」
照れくさそうに笑う。
「呼んでも、良いですか」
「……さっき普通に呼んでただろ」
「つい勢いでです!」
顔を赤くしたまま、エリシアが抗議する。
カイトは、少しだけ呆れたように息を吐いた。
「好きに呼べ」
「……っ」
その一言だけで。
エリシアは、嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます」
小さな声。
でも。
本当に嬉しそうだった。
その顔を見て。
カイトは、ほんの少しだけ笑った。
◇
焚火が揺れる。
エリシアは、少しだけ寂しそうに笑った。
「……あの頃、楽しかったですね」
「……ああ」
短い返事。
でも。
優しい声だった。
エリシアは、焚火を見つめたまま呟く。
「今は、もう戻れませんけど」
黒い紋様が、静かに頬を侵食している。
化け物。
魔王。
人類の敵。
そんな言葉が、頭の奥をよぎる。
でも。
その時だった。
「戻す」
低い声。
エリシアが目を見開く。
カイトは、焚火の向こう側で静かに言った。
「お前を」
灰色の瞳だけが、真っ直ぐエリシアを見ている。
「必ず」
その言葉だけで。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃになる。
嬉しくて。
怖くて。
泣きそうで。
エリシアは、誤魔化すみたいに小さく笑った。
「……ずるいです」
「何がだ」
「そういう事、平気で言うところです」
カイトは答えない。
ただ。
焚火の火だけが、静かに揺れていた。
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