元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
森の朝は、静かだった。
廃小屋の隙間から、薄い光が差し込んでいる。
エリシアは、浅い呼吸のまま眠っていた。
黒い紋様は、少しずつ広がっている。
カイトは壁へ背を預けたまま、静かにそれを見ていた。
止め切れていない。
侵食は、確実に進んでいる。
「……っ」
エリシアが小さく震える。
苦しそうだった。
その時。
カイトの視線が、
小屋の外へ向いた。
気配。
複数。
しかも、隠す気がない。
「……早いな」
小さく呟く。
次の瞬間。
小屋の周囲へ、一斉に魔法陣が展開された。
轟音。
結界が森を覆う。
エリシアが目を覚ました。
「っ……!」
「動くな」
カイトは、既に剣を握っていた。
外から足音が響く。
重い鎧の音。
教会騎士。
そして。
「おはようございます」
穏やかな声。
グランベルだった。
扉の向こう側。
白い法衣が、朝日に照らされている。
カイトが小さく目を細めた。
「……随分と、見つけるのが早いな」
「結界痕跡を辿りました」
静かな返答。
「あなたは昔から、痕跡を消すのが苦手です」
エリシアの肩が震える。
囲まれている。
逃げ場がない。
「カイト・レイヴン」
グランベルの声が響く。
「魔王を引き渡してください」
沈黙。
エリシアが、ぎゅっと服を握る。
「……私なら」
掠れた声。
「置いていってください」
「断る」
即答だった。
エリシアが目を見開く。
カイトは、グランベルから視線を逸らさない。
グランベルが目を細める。
「なぜです」
静かな問い。
「その魔王は危険です」
「多くの命を奪う」
「それでも、守ると?」
カイトは、ゆっくり立ち上がる。
灰色の瞳が、真っ直ぐグランベルを見据えた。
「助ける」
短い声。
迷いはない。
グランベルは、小さく息を吐いた。
「あなたは、人類を裏切るのですか」
空気が冷える。
エリシアの呼吸が止まった。
だが。
カイトは静かだった。
「最初に切り捨てたのは、お前らだ」
その一言で。
空気が凍り付く。
騎士たちが息を呑む。
カイトは、静かにエリシアを見る。
震えていた。
泣きそうな顔で、必死に耐えていた。
「……エリシアが泣いている」
グランベルが目を細める。
カイトは、静かに剣を構えた。
「理由なんてそれだけで十分だ」
グランベルだけが、静かにカイトを見ていた。
「……そうですか」
穏やかな声。
「残念です」
その瞬間。
殺気が走った。
騎士たちが一斉に動く。
「確保しろ!!」
魔法が放たれる。
だが。
カイトは、既に動いていた。
銀の閃光。
轟音。
小屋の壁が吹き飛ぶ。
「きゃっ――!」
エリシアを抱き寄せたまま、
カイトが外へ飛び出す。
森へ着地。
次の瞬間。
三人の騎士が武器ごと吹き飛ばされた。
剣が宙を舞う。
騎士たちは地面を転がり、苦悶の声を漏らした。
急所は外している。
動けなくしただけだ。
「速っ――」
誰かが息を呑む。
カイトは止まらない。
追撃魔法。
剣閃。
全部を最小動作で捌いていく。
でも。
エリシアを庇いながらでは、動きが鈍る。
騎士たちも、それを理解していた。
「魔王を狙え!!」
その言葉に。
エリシアの身体が強張る。
黒い魔力が漏れ出す。
『殺せ』
頭の奥で、声が響く。
「っ……ぁ……」
「エリシア」
低い声。
カイトの手が、そっと肩へ触れた。
「こっち見ろ」
灰色の瞳。
静かな声。
「飲まれるな」
「……っ」
黒い瘴気がカイトに吸い込まれるように消える。
呼吸が戻る。
その瞬間。
カイトが地面を蹴る。
一閃。
騎士たち足元を抉りながら、剣圧が森を切り裂いた。
木々が倒れ、逃走経路が強引にこじ開けられる。
「なっ――!?」
「行くぞ」
エリシアを抱き寄せたまま、カイトが森の奥へ駆け抜ける。
追撃魔法が飛ぶ。
でも届かない。
雨上がりの森を、黒いコートが消えていく。
風だけが、静かに森を揺らしていた。
◇
「教官!!」
森へ駆け込もうとしたレオンを、
騎士たちが止める。
「離せ!!」
「勇者候補は、敵性対象へ近付くな」
「敵性って何だよ!!」
レオンが腕を振り払う。
息が荒い。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。
敵?
教官が?
意味が分からない。
「どいてくれ!!」
「駄目です」
騎士たちは退かない。
レオンは歯を食いしばった。
森の奥。
もう姿は見えない。
追いつけない。
何も出来ない。
「……っ」
悔しかった。
その時。
ルーメリアが、静かに森を見つめたまま呟く。
「……もう、戻れませんね」
誰へ向けた言葉だったのか。
それは、誰にも分からなかった。
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