元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第27話 英雄になりきれませんでしたね

 森の奥。

 空は、もう完全に明るくなっていた。

 

 湿った土を踏み締めながら、カイトは歩き続ける。

 エリシアは、その少し後ろを追っていた。

 

 呼吸が苦しい。

 身体も重い。

 でも。

 

「……はぁ……っ」

 

 足だけは止めたくなかった。

 止まれば。

 本当に終わる気がしたから。

 

 カイトは振り返らない。

 ただ、時折歩幅だけを少し緩める。

 合わせてくれているのだと、エリシアには分かっていた。

 

「……カイ先生」

 

「なんだ」

 

「眠ってませんよね」

 

 数秒。

 沈黙。

 

「少しは寝た」

 

「嘘です」

 

 即答だった。

 カイトが小さく目を細める。

 

「顔色、すごく悪いです」

 

「お前に言われたくない」

 

「……っ」

 

 少しだけ、エリシアが笑った。

 だが。

 

「っ――ぁ……!」

 

 黒い紋様が、首筋から頬へ広がる。

 視界が揺れた。

 

『壊せ』

 

 頭の奥で、黒い声が響く。

 

『奪え』

 

『殺せ』

 

「や……っ」

 

 呼吸が乱れる。

 漏れ出した魔力で、空気が震えた。

 カイトが、エリシアの前へ立つ。

 

「聞くな」

 

「……っ!」

 

 低い声。

 灰色の瞳だけが、真っ直ぐこちらを見ていた。

 

「声に飲まれるな」

 

「っ……でも……」

 

「こっち見ろ」

 

 灰色の瞳。

 

「……呼吸しろ」

 

 少しずつ。

 暴れかけた黒い魔力が、静かに薄れていく。

 その代わりみたいに。

 カイトの呼吸が、わずかに粗くなった。

 

 エリシアはそれに気が付かず唇を噛んだ。

 

「……なんで」

 

 掠れた声。

 

「どうして、そんなに落ち着いてるんですか」

 

 カイトは少し黙った。

 森を見たまま、静かに口を開く。

 

「慣れてる」

 

「……え?」

 

「侵食暴走は、何度も見た」

 

 エリシアの胸がざわつく。

 その言い方は。

 

 まるで。

 昔から、ずっと知っているみたいだった。

 

 でも。

 聞けなかった。

 聞いてはいけない気がした。

 

 

「……何なんだよ」

 

 レオンは、荒々しく廊下を歩いていた。

 騎士たちが視線を向ける。

 

 だが、気にしない。

 頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。

 

 敵性認定。

 魔王。

 逃亡。

 教官。

 何一つ理解できない。

 

「レオン」

 

 後ろから、静かな声が飛ぶ。

 振り返る。

 

 ルーメリアだった。

 

「……何だよ」

 

 少し刺々しい声。

 ルーメリアは気にした様子もない。

 

「一つ聞きます」

 

「あ?」

 

「あなたは、カイト教官をどこまで知っていますか」

 

 レオンが眉をひそめる。

 

「どこまでって……」

 

「出身。経歴。年齢。以前の所属」

 

「……」

 

 言葉が止まった。

 

 知らない。

 何も。

 強い。

 無口。

 不器用。

 

 でも。

 誰より助けてくれる人。

 それしか知らなかった。

 

「……知らない。何も」

 

 ルーメリアは数秒黙る。

 そして。

 

「記録が、不自然なんです」

 

 静かな声。

 

「教会保管記録に、カイト・レイヴンの記録が途中からしか存在しません」

 

「……は?」

 

「勇者育成機関の教官なら、普通あり得ません」

 

 レオンの鼓動が跳ねた。

 

「いや待てよ、そんなの――」

 

「さらに」

 

 ルーメリアが言葉を重ねる。

 

「勇者記録が、封印指定になっている」

 

 沈黙。

 空気が重くなる。

 

「……教官は……」

 

 続きを、口にすることは出来なかった。

 答えは返ってこない。

 ルーメリアもまた、静かに目を伏せるだけだった。

 

 

 薄暗い礼拝堂。

 崩れた壁から、冷たい風が吹き込んでいる。

 グランベルは、一人静かに立っていた。

 

「包囲は」

 

「現在、北側へ収束しています」

 

 騎士が頭を下げる。

 

「魔力痕跡も確認済みです」

 

「……そうですか」

 

 穏やかな返答。

 だが。

 その目だけは冷えていた。

 

「グランベル様」

 

 騎士が、僅かに躊躇う。

 

「本当に……勇者様へ隠し通すのですか」

 

 静寂。

 グランベルは、崩れた祭壇を見つめたまま口を開く。

 

「まだ早い」

 

「ですが、もし記録へ辿り着けば――」

 

「辿り着きません」

 

 断言だった。

 騎士が息を呑む。

 グランベルは静かに目を閉じる。

 

「……あなたは」

 小さな独白。

 

「最後まで、英雄になりきれませんでしたね」

 

 誰へ向けた言葉なのか。

 それを知る者は、いない。

 

 




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