元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第29話 私はカイト教官を信じます

 森の奥。

 

 朝の空気は、まだ冷たかった。

 崩れた遺跡の中。

 

 レオンは、カイトを見つめていた。

 

 疲れ切った横顔。

 血の滲んだ腕。

 それでも。

 いつもと同じように、静かに立っている。

 

「……教官」

 

 掠れた声。

 

「なんで、何も言わなかったんですか」

 

 カイトは答えない。

 灰色の瞳だけが、静かに森を見ている。

 

「敵性認定されて」

 

「追われて、こんな状態になっても」

 

 レオンは拳を握った。

 

「なんで、一人で抱え込むんですか」

 

 沈黙。

 風が吹く。

 やがて。

 

「巻き込みたくなかった」

 

 低い声。

 短い返答だった。

 レオンの息が詰まる。

 

「……来ます」

 

 不意に。

 ルーメリアの視線が、森の奥へ向いた。

 空気が変わる。

 

 次の瞬間。

 複数の魔力反応が、一気に近づいてきた。

 

 教会騎士。

 包囲。

 

 そして。

 白い法衣。

 グランベルだった。

 

「……早かったですね」

 

 穏やかな声。

 だが。

 

 周囲の騎士たちは、完全に戦闘態勢へ入っている。

 エリシアの肩が震えた。

 

『殺せ』

 

 頭の奥で、黒い声が響く。

 

「っ……」

 

 漏れ出しかけた魔力を。

 カイトの手が、静かに押さえた。

 

「大丈夫だ」

 

 低い声。

 エリシアは、小さく息を呑む。

 

 グランベルは、その光景を静かに見つめていた。

 

「変わりませんね」

 

 小さな声。

 

「あなたは昔から、そうやって」

 

 数秒の沈黙。

 

「一人で抱え込む」

 

 ルーメリアが目を細める。

 

「……昔から?」

 

 グランベルは答えない。

 ただ。

 真っ直ぐカイトを見ていた。

 

「カイト・レイヴン」

 

 静かな声。

 

「あなたは、本気で魔王を救うつもりですか」

 

「ああ」

 

 即答だった。

 騎士たちがざわつく。

 

 グランベルは、静かに目を伏せた。

 

「……多くの血が流れるとしても」

 

 穏やかな声。

 

「多くの涙が流れるとしても」

 

 冷たい風が吹き抜ける。

 レオンが眉をひそめた。

 

「……なんの話だよ」

 

 沈黙。

 グランベルは、静かにカイトを見る。

 

「教会には、封印された勇者記録があります」

 

 ルーメリアの目が見開かれる。

 

「歴代枢機卿だけへ継承される、秘匿記録です」

 

 静かな声。

 

「三百年前も、あなたは苦しんでいた」

 

 空気が止まった。

 ルーメリアの指先が、小さく震える。

 

「多くを救う為に、あなたは魔王を討とうとした」

 

 カイトの灰色の瞳が、ほんの僅かに揺れる。

 

「ですが」

 

 グランベルは、真っ直ぐカイトを見る。

 

「最後まで、割り切れなかった」

 

 穏やかな声。

 だが。

 その目だけは、どこか苦しそうだった。

 

「……五代目勇者」

 

 レオンの呼吸が止まる。

 グランベルは、真っ直ぐカイトを見据えた。

 

「カイト・レイヴン」

 

 静かな声。

 

「三百年前に、

 魔王を討った男です」

 

 誰も、すぐには理解できなかった。

 

「……は?」

 

 最初に声を漏らしたのは、レオンだった。

 

「……三百年……?」

 

 理解が追いつかない。

 

 そんな事、あり得るはずがない。

 だが。

 グランベルは、冗談を言っている顔ではなかった。

 

 レオンは、ゆっくりカイトを見る。

 

「……教官」

 

 声が震える。

 

「今の……本当なんですか」

 

 沈黙。

 長い沈黙だった。

 森の風だけが吹いている。

 

 やがて。

 カイトは、小さく目を伏せた。

 

「……昔の話だ」

 

 否定はしなかった。

 その瞬間。

 レオンの呼吸が止まる。

 

 ルーメリアは、静かに唇を噛んだ。

 勇者記録封印。

 不自然な空白。

 異常な強さ。

 全部、繋がってしまった。

 

 その時。

 グランベルの声が、静かに響く。

 

「勇者様」

 

 ルーメリアが顔を上げる。

 グランベルは、真っ直ぐ彼女を見ていた。

 

「これでもなお、彼を信じますか」

 

 重い沈黙。

 

 ルーメリアの指先が震える。

 

 勇者としてなら。

 ここで剣を向けるべきだ。

 人類の敵。

 魔王。

 そして。

 それを守ろうとする存在。

 

 だが。

 ルーメリアの脳裏へ浮かぶ。

 

『お前が自分で決めろ』

 

 灰色の瞳。

 静かな声。

 

 そして。

 

 誰より傷付きながら、

 誰かを救おうとしていた姿。

 

 ルーメリアは、ゆっくり顔を上げる。

 翡翠色の瞳が、真っ直ぐグランベルを見据えた。

 

「……はい」

 

 静かな声。

 

 でも。

 迷いはなかった。

 

「私は、カイト教官を信じます」

 

 その瞬間。

 教会騎士たちがざわめいた。

 

 グランベルだけが、静かに目を閉じる。

 

「……そうですか」

 

 穏やかな返答。

 だが。

 次に目を開いた時。

 その瞳には、冷たい決意が宿っていた。

 

「ならば」

 

 静かな声が落ちる。

 

「教会は、魔王と共に」

 

 空気が凍る。

 グランベルは、真っ直ぐルーメリアを見据えた。

 

「勇者ルーメリア・セレスを

 討伐対象とします」

 

 




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