元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
空気が凍った。
「……討伐対象?」
最初に声を漏らしたのは、レオンだった。
理解が追いつかない。
ルーメリアが、静かに目を見開いている。
「……グランベル様」
掠れた声。
「本気で、言っているのですか」
グランベルは、静かにルーメリアを見る。
「勇者様」
穏やかな声。
だが、その目に迷いは無かった。
「あなたは人類ではなく、カイト・レイヴン側へ立った」
静かな宣告。
「ならば、教会は対応を変えるしかありません」
騎士たちがざわめく。
レオンが歯を食いしばった。
「ふざけんな……!」
怒声。
「ルーメリアが何したってんだよ!!」
「役割を外れた勇者は、災厄となります」
淡々とした返答。
その瞬間。
ルーメリアの胸が、嫌に冷えた。
役割。
また、その言葉。
まるで。
人ではなく、器として見られているみたいだった。
エリシアの肩が、小さく震える。
『壊せ』
黒い声。
『奪え』
『殺せ』
「っ……」
漏れ出した黒い魔力で、空気が軋む。
「エリシア」
低い声。
カイトの手が、静かに肩へ触れた。
「大丈夫だ」
短い声。
でも。
その声だけで、少しだけ呼吸が戻る。
グランベルは、その光景を静かに見つめていた。
「……あなたは一人を救う為に、多くを危険へ晒すつもりですか」
カイトは、静かにグランベルを見る。
「……違う」
低い返答。
「何がです」
「今度は」
数秒の沈黙。
灰色の瞳が、真っ直ぐ前を見る。
「犠牲は出さない」
空気が止まる。
騎士たちが目を見開く。
グランベルの表情も、僅かに揺れた。
「エリシアも救う」
静かな声。
「誰も切り捨てない」
騎士たちが息を呑む。
グランベルは、小さく目を閉じた。
「……理想論です」
グランベルの声は、酷く静かだった。
「ああ」
カイトは否定しない。
「でも」
一歩。
前へ出る。
「もう二度と諦めないと決めた」
グランベルは深く息を吐いた。
「……お互いに譲る気はない、という事ですか……」
空気が変わる。
騎士たちが、一斉に前へ出た。
魔法陣が展開される。
レオンが反射的に剣を抜く。
「待てよ!!」
怒声。
「本気でやる気か!?」
「当然です」
返したのはグランベルだった。
「勇者は役割を外れ、魔王は侵食限界へ近付いている」
静かな声。
でも。
その内容だけは冷たい。
「このままでは、被害は広がる」
「ならば」
グランベルは、静かに目を伏せる。
「勇者と魔王を、在るべき形へ戻すしかありません」
エリシアの呼吸が止まった。
在るべき形。
その言葉が。
自分達を、人として見ていないみたいだった。
「ふざけんな……」
レオンが歯を食いしばる。
「ルーメリアは物じゃねぇだろ」
「感情で世界は守れません」
グランベルは静かに返す。
「犠牲を拒み続ければ、いずれ全てが壊れる」
その瞬間。
エリシアの胸の奥で、黒い声が暴れ出した。
『壊せ』
『奪え』
『殺せ』
「っ……!」
黒い魔力が、一気に溢れ出す。
空気が軋む。
遺跡の石壁へ、黒い亀裂が走った。
レオンが息を呑む。
ルーメリアも、顔色を変えた。
「エリシア!」
カイトが肩を支える。
だが。
黒い魔力は止まらない。
まるで。
感情へ反応するみたいに、荒れ狂っていた。
その時だった。
グランベルが、静かに片手を伸ばす。
溢れ出した黒い魔力が、その掌へ吸い寄せられていった。
「……な」
エリシアの顔色が変わる。
身体の奥を、無理やり抉られるみたいだった。
『壊せ』
声が響く。
次の瞬間。
グランベルの呼吸が乱れた。
『殺せ』
『奪え』
黒い衝動。
騎士たちが顔色を変える。
「グランベル様……!」
周囲の空気が、一気に荒れ狂った。
黒い魔力が暴走しかける。
だが。
グランベルは、静かに目を閉じた。
数秒。
やがて。
ゆっくり息を吐く。
「……なるほど」
小さな呟き。
その目が、エリシアを見る。
「これを、ずっと抑え込んでいたのですか」
エリシアの肩が震えた。
グランベルは、静かに目を伏せる。
「想像以上だ」
穏やかな声。
「あなたは、思っていたより遥かに強い」
エリシアが目を見開く。
初めて。
“魔王だから”ではなく。
“耐えている人間”として、
見られた。
しかしグランベルの瞳が、再び冷たくなる。
「だからこそ」
黒い魔力が、再び掌へ収束する。
「止めなければならない」
「やめてください……!」
エリシアの声が震える。
「それは……!」
自分の力だ。
自分を壊そうとしているものだ。
そんなもので、誰かを傷付けないで。
だが。
グランベルは止まらない。
「世界を守るためです」
静かな声。
次の瞬間。
黒い魔力が、ルーメリアへ放たれた。
「っ――!!」
轟音。
銀色の光が砕ける。
ルーメリアの身体が、大きく吹き飛んだ。
「ルーメリア!!」
レオンの叫び。
地面へ叩き付けられたルーメリアの肩に黒い傷跡が広がっていた。
「っ……ぁ……」
苦痛に、ルーメリアの呼吸が乱れる。
それでも。
剣だけは手放さなかった。
エリシアの視界が揺れる。
「……あ」
自分の力で。
また。
誰かが傷付いた。
『そうだ』
頭の奥で、声が笑う。
『お前が壊した』
「違……」
否定したい。
でも。
ルーメリアの傷が、それを許してくれない。
「私が……また……」
黒い魔力が、さらに溢れ出す。
遺跡が軋む。
空気が重くなる。
レオンが、ルーメリアを支えた。
「おい!!しっかりしろ!!」
「……大丈夫、です」
ルーメリアは、苦しそうに息を吐く。
「問題……ありません」
「そんなわけねぇだろ!!」
レオンの声が荒れる。
その時。
再び黒い魔力が、グランベルの周囲で渦巻いた。
騎士たちですら下がる。
「グランベル様!」
「これ以上は危険です!!」
だが。
グランベルは止まらない。
「危険だからこそ、今止めるのです」
その声に、迷いはなかった。
だが。
痛みはあった。
「勇者も魔王も、役割を外れれば災厄となる」
「世界に必要なのは、犠牲ではなく秩序です」
その言葉で。
カイトの動きが止まった。
静かだった。
あまりにも。
エリシアは震えている。
ルーメリアは傷付いている。
レオンは歯を食いしばっている。
そして。
グランベルは、なお魔王の力を握っていた。
カイトは、ゆっくり顔を上げる。
「……秩序」
低い声。
グランベルが、静かにカイトを見る。
「そうです」
「多くを守るためには――」
「もう、いい」
その瞬間。
空気が凍った。
レオンの背筋が震える。
ルーメリアが、痛みを堪えながら顔を上げる。
エリシアの涙が、頬を伝った。
カイトは、静かに立ち上がる。
灰色の瞳。
その奥から、感情が消えていた。
「エリシアを利用して」
一歩。
前へ出る。
「ルーメリアまで傷付けて」
黒いコートが、冷たい風に揺れる。
「それでもまだ、正しいって言うなら」
カイトの手が、剣の柄へ触れた。
グランベルの表情が強張る。
「カイト・レイヴン――」
「黙れ」
短い声。
それだけで、騎士たちの呼吸が止まる。
銀の刃が、静かに抜かれる。
ただそれだけで。
森の空気が変わった。
レオンは、息をするのも忘れていた。
今まで見てきた教官とは、違う。
強いとか。
速いとか。
そんなものじゃない。
カイトは、静かにグランベルを見据える。
「これ以上」
低い声。
「誰も、犠牲にはさせない」
灰色の瞳に、迷いは無かった。
三百年前に魔王を討った、
五代目勇者がそこに居た。
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