元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
黒い魔力が、森を軋ませていた。
崩れた遺跡。
冷たい風。
張り詰めた空気の中。
カイトは、静かに剣を構える。
灰色の瞳。
そこにあるのは、怒りだった。
「……来ます」
ルーメリアが、苦痛を堪えながら声を漏らす。
肩には、黒い侵食痕。
レオンが歯を食いしばった。
「無茶すんな……!」
「まだ、戦えます」
だが。
呼吸は乱れていた。
エリシアの胸が痛む。
また。
自分のせいで、誰かが傷付いた。
『壊せ』
黒い声。
『奪え』
『殺せ』
「っ……」
漏れ出した魔力を。
カイトの手が、静かに押さえる。
「聞くな」
低い声。
それだけで。
少しだけ、呼吸が戻る。
グランベルは、その光景を静かに見つめていた。
「……どこまで、救うつもりですか」
穏やかな声。
「その魔王も」
「勇者様も」
「騎士たちも」
「全てを守りながら、本当に戦えると?」
「ああ」
即答だった。
騎士たちがざわつく。
グランベルは、静かに目を伏せた。
「やはり、変わりませんね」
次の瞬間。
複数の魔法陣が、一斉に展開された。
光が森を染める。
「撃て!!」
轟音。
無数の光弾が、一気にカイトへ迫る。
閃光。
銀の刃が、静かに振るわれた。
次の瞬間。
魔法陣そのものが、斬り裂かれていた。
「なっ……!?」
騎士たちの顔色が変わる。
カイトは止まらない。
一歩。
踏み込む。
最小動作。
無駄の無い斬撃。
騎士の剣が弾かれる。
瞬きの間に、別の術式核が破壊されていた。
「速――」
言い切る前に。
衝撃。
騎士たちが吹き飛ぶ。
だが。
誰一人、致命傷を負っていない。
グランベルの目が細まる。
「……殺さないのですか」
「必要ない」
低い返答。
グランベルは黙り、しかし前へ出る。
黒い魔力が、右腕へ収束した。
轟音。
黒い衝撃が、一直線に放たれる。
だが。
カイトは、半歩だけ動き剣を僅かに動かした。
それだけで。
軌道が逸れる。
黒い衝撃が、森の奥を吹き飛ばした。
「……っ」
グランベルの表情が、初めて揺らぐ。
読まれている。
タイミングも。
重心も。
術式の癖すら。
「これが……」
小さな呟き。
黒い魔力が、さらに膨れ上がる。
それでも。
届かない。
カイトは、一歩先に居る。
「五代目勇者……!」
グランベルの声に、僅かな苦さが混じる。
その瞬間。
カイトの剣が、黒い術式を断ち切った。
衝撃。
グランベルの身体が、大きく後退する。
騎士たちが息を呑む。
強い。
誰一人として動けなかった。
だが。
カイトは追撃しない。
騎士を巻き込まない位置で、静かに止まる。
「……まだ、切り捨てる気か」
低い声。
グランベルは、静かに呼吸を整えた。
「切り捨てる?」
小さく笑う。
「違います」
「守る為です」
「犠牲を拒み続ければ、いずれ全てが壊れる」
「三百年前のように」
その瞬間。
カイトの動きが、僅かに止まった。
黒く染まった世界。
血。
崩れた街。
そして。
『……カイちゃん』
泣きそうな笑顔。
視界が戻る。
グランベルが、静かに片手を伸ばしていた。
黒い魔力。
エリシアの力が、再び吸い上げられていく。
「やめ……っ」
エリシアの顔色が変わる。
身体の奥から、無理やり抉りだされる様だった。
『壊せ』
『殺せ』
『奪え』
黒い衝動。
グランベルの呼吸が乱れる。
騎士たちが青ざめた。
「グランベル様!!」
空気が歪む。
黒い魔力が、暴れ狂う。
視界が、黒く染まりかける。
殺意。
破壊衝動。
全てを壊したくなる。
意識が一瞬遠のく。
『殺せ』
『殺せ』
『殺せ』
「っ……!」
グランベルが、僅かによろめいた。
その瞬間。
初めて理解する。
これを。
この衝動を。
目の前の少女は、ずっと抱え込んでいたのだと。
「……なるほど」
掠れた声。
グランベルは、静かにエリシアを見る。
エリシアの肩が震える。
「……これは」
グランベルの呼吸が乱れる。
「人が、抱え切れるものでは、……な、い」
その瞬間。
黒い衝動が、一気に暴走した。
「グランベル様!?」
騎士たちの悲鳴。
空気が裂ける。
森が揺れる。
黒い魔力が、暴風のように溢れ出した。
グランベルが、苦しげに顔を歪める。
『殺せ』
声。
黒い侵食が、腕を這い上がっていく。
それでも。
グランベルは、なお立ち続けていた。
「……まだだ」
掠れた声。
「まだ……止まる訳には……」
だが。
次の瞬間。
黒い魔力が、完全に暴走した。
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