元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

33 / 34
第33話 あなたは本当に変わらない

 黒い魔力が消えた後。

 森の遺跡には、痛いほどの静けさが残っていた。

 

 崩れた石壁。

 抉れた地面。

 

 倒れ伏す騎士たち。

 誰も、すぐには動けなかった。

 

「……終わった、のか」

 

 レオンが、掠れた声を漏らす。

 手にはまだ、剣の感触が残っていた。

 

 怖かった。

 本当に。

 それでも。

 退かなかった。

 

「……はい」

 

 ルーメリアが、

 小さく答える。

 肩の傷を押さえながら、それでも立っていた。

 顔色は悪い。

 だが、エメラルドグリーンの瞳は折れていなかった。

 

 エリシアは、震える手で自分の胸元を押さえていた。

 黒い紋様は、まだ消えていない。

 でも。

 内側から響く声は、収まっていた。

 

「……私」

 

 声が震える。

 

「また、誰かを……」

 

「違う」

 

 低い声。

 カイトだった。

 グランベルを支えたまま、

 静かに言う。

 

「お前は止めた」

 

「……っ」

 

「壊したんじゃない」

 

 灰色の瞳が、真っ直ぐエリシアを見る。

 

「救ったんだ」

 

 その言葉に。

 エリシアの目に、涙が滲んだ。

 何も言えなかった。

 ただ、小さく頷くことしか出来なかった。

 

 その時。

 

「……カイト、レイヴン」

 

 掠れた声。

 グランベルだった。

 意識はある。

 

 だが、顔色はひどく悪い。

 身体のあちこちに、黒い侵食の痕が残っていた。

 

「無理に喋るな」

 

 カイトが言う。

 グランベルは、かすかに笑った。

 

「……あなたに、それを言われるとは」

 

 弱い声だった。

 

 レオンは、複雑な表情でグランベルを見下ろしていた。

 許せない。

 そう思う。

 でも。

 今のこの男は、ただの敵には見えなかった。

 世界を守ろうとして。

 間違えて。

 壊れかけた人間だった。

 

「……なぁ」

 

 レオンが、低く声を出す。

 視線は、カイトへ向いていた。

 

「教官」

 

 カイトは答えない。

 

「三百年前、何があったんですか」

 

 風が止まった気がした。

 ルーメリアが、静かに目を伏せる。

 エリシアも、呼吸を止めた。

 

 カイトは、しばらく何も言わなかった。

 ただ。

 遠いものを見るように、森の奥を見ていた。

 やがて。

 

「……救えなかった」

 

 低い声。

 

「それだけだ」

 

「それだけって……」

 

 レオンが拳を握る。

 

「それだけなわけ、ないじゃないですか」

 

 カイトの灰色の瞳が、僅かに揺れる。

 だが。

 それ以上は、何も言わなかった。

 その沈黙が、重かった。

 

「……教会地下に」

 

 不意に。

 グランベルが口を開いた。

 全員の視線が向く。

 

「封印区画が、あります」

 

 掠れた声。

 

「そこに……行ってください」

 

 ルーメリアが眉をひそめる。

 

「封印区画……?」

 

「歴代勇者の記録が、保管されています」

 

 グランベルは、静かにカイトを見る。

 

「あそこは、三百年前に仮死状態となったカイト・レイヴンが、目覚めた場所でもあります」

 

 沈黙。

 レオンが目を見開いた。

 

「……三百年前?」

 

 レオンの声に、グランベルは静かに頷いた。

 

「教会は彼を保護し、監視下に置いた」

 

 淡々とした声。

 

「その一環として、騎士育成機関の教官職を与えたのです」

 

 エリシアが、小さく息を呑む。

 視線が、ゆっくりカイトへ向く。

 

 だが。

 カイトは何も言わなかった。

 ルーメリアの指先が、小さく震えた。

 

「歴代勇者……」

 

 勇者記録。

 封印指定。

 不自然な空白。

 

 そして。

 夢に見た、知らない少女の笑顔。

 胸の奥が、嫌にざわついた。

 

 グランベルは、苦しそうに息を吐く。

 

「勇者と魔王は、突然現れる訳ではない」

 

 グランベルが、静かに目を伏せる。

 

「教会は長い間、その循環を管理してきました」

 

 レオンが眉をひそめる。

 

「循環……?」

 

「勇者も魔王も、役目として継承され続けている」

 

 静かな声。

 

「人の願いと、犠牲の上で」

 

「イシュタル、そう呼ばれている装置によって」

 

「管理され続けてきた」

 

 絞り出すように話す。

 

「私も、全てを知っている訳ではありません」

 

「ですが」

 

 グランベルの瞳が、カイトへ向く。

 

「あなたの過去も」

 

 次に。

 ルーメリアを見る。

 

「勇者という役目の始まりも」

 

 最後に。

 エリシアを見る。

 

「魔王の力が何なのかも」

 

 少しだけ、声が震えた。

 

「あそこに、手掛かりがあるはずです」

 

 沈黙。

 重い沈黙だった。

 

 レオンが、小さく息を呑む。

 

「……じゃあ、行くしかねぇだろ」

 

 迷いのない声だった。

 ルーメリアも頷く。

 

「私も、確認する必要があります」

 

 その声は静かだった。

 だが。

 どこか、決意が滲んでいた。

 

 エリシアは、不安げにカイトを見る。

 

「……カイ先生」

 

「行こう」

 

 短い返答。

 迷いはなかった。

 

「知らなきゃ、救えない」

 

 その言葉に。

 誰も反論しなかった。

 

 グランベルは、かすかに目を伏せる。

 

「……あなたは、本当に変わらない」

 

 疲れた声。

 それでも。

 どこか、少しだけ安堵しているようにも聞こえた。

 

 カイトは答えない。

 ただ。

 グランベルを静かに地面へ横たえた。

 

「死ぬな」

 

 低い声。

 

「まだ、終わってない」

 

 グランベルは、小さく笑った。

 

「……ええ」

 

 掠れた声。

 

「どうやら、そのようですね」

 

 森の向こうで、朝の光が差し込んでいた。

 長い夜が、ようやく明けようとしている。

 

 けれど。

 その先にあるものが、

 救いなのか。

 それとも。

 さらに深い傷なのかは、まだ誰にも分からなかった。

 

 




読んで頂き、ありがとうございます。
もし少しでも続きを読みたいと思って頂けたら、
フォローや評価を頂けると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。