元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第40話 きっと、なんとかなるから

 空が、黒く染まっていた。

 街のあちこちで、悲鳴が響いている。

 

 侵食獣。

 黒い悪意。

 終わりの見えない災厄。

 レオンは、息を呑んだ。

 

「これ全部……アステリア達が戦ってたのかよ」

 

 想像を超えていた。

 世界そのものが、壊れ始めている。

 なのに。

 アステリアは、まだ走っていた。

 

「次は西区画!」

 

 白と青の外套を翻し、

 迷いなく前へ出る。

 

 その腕には、黒い侵食が残っていた。

 細い亀裂みたいに。

 少しずつ。

 確実に。

 広がっている。

 

 アルディウスが、その腕を見る。

 苦しそうに。

 

「……休んで」

 

 掠れた声。

 アステリアは振り向く。

 

「大丈夫!」

 

「大丈夫じゃない」

 

 即答だった。

 初めて。

 アルディウスの声が、少し強くなる。

 

「侵食が進んでる」

 

「まだ動けるよ」

 

「そういう問題じゃない」

 

 空気が張り詰める。

 アステリアは、少し困ったように笑った。

 

「でも、まだ助けられるかもしれない」

 

 アルディウスが、言葉を失う。

 レオン達も、何も言えなかった。

 

 分かってしまう。

 この少女は。

 自分が壊れる事より、誰かが死ぬ方を怖がっている。

 

 その時。

 遠くで、轟音が響いた。

 地面が揺れる。

 黒い柱が、空へ噴き上がった。

 

 カイトの瞳が細まる。

 

「……来る」

 

 低い声。

 

 次の瞬間。

 空間そのものが裂けた。

 巨大だった。

 今までの侵食獣とは、比べ物にならない。

 

 黒い泥。

 無数の腕。

 悲鳴みたいな咆哮。

 街全体へ、悪意が溢れ出していた。

 人々が悲鳴を上げる。

 

「なんだよ……あれ」

 

 レオンの声が掠れる。

 アステリアは、静かに前へ出た。

 

「……アル」

 

 アルディウスが、嫌な顔をする。

 

「駄目だ」

 

「でも」

 

「駄目だ」

 

 今度は、はっきりと言い切った。

 アステリアが目を瞬く。

 アルディウスの手が、微かに震えていた。

 

「これ以上、君が背負ったら――」

 

「アル」

 

 アステリアが、優しく笑う。

 その笑顔が。

 どうしようもなく、痛々しかった。

 

「大丈夫」

 

「大丈夫なわけない!!」

 

 初めてだった。

 アルディウスが、感情をぶつけたのは。

 静寂。

 アステリアが、少しだけ目を見開く。

 アルディウスは、苦しそうに呼吸を乱していた。

 

「もう……見てられない」

 

 震える声。

 

「君が、壊れていくのを……!」

 

 アステリアが、小さく目を伏せる。

 そして。

 少しだけ、困ったように笑った。

 

「……ごめん」

 

 優しい声。

 

「でも、放っておけないんだ」

 

 侵食獣が咆哮する。

 黒い悪意が、一気に街へ溢れ出した。

 悲鳴。

 崩壊。

 子供の泣き声。

 

 アステリアは、ゆっくり前へ出る。

 白い光が、その身体を包み込んだ。

 

「アステリア!!」

 

 アルディウスが手を伸ばす。

 届かない。

 アステリアは、振り返る。

 笑っていた。

 

『大丈夫』

 

 明るい声。

 

『きっと、なんとかなるから』

 

 次の瞬間。

 白い光が、世界を包み込んだ。

 轟音。

 悪意が悲鳴を上げる。

 侵食獣が崩壊していく。

 だが。

 同時に。

 黒い悪意が、

 全てアステリアへ流れ込んだ。

 

「っ……ぁ……!」

 

 アステリアの身体が揺れる。

 黒い侵食が、一気に全身へ広がっていく。

 ルーメリアが息を呑む。

 理解してしまった。

 侵食獣を倒すたび。

 悪意は。

 勇者へ移っていたのだと。

 

「やめろ……!」

 

 アルディウスが、

 初めて叫ぶ。

 

「もういい!!もう十分だ!!」

 

 アステリアは、苦しそうに呼吸を乱しながら。

 それでも笑った。

 

「でも」

 

 掠れた声。

 

「みんな、無事だよね?」

 

 アルディウスの呼吸が止まる。

 アステリアの身体が、光へ変わり始めていた。

 

「……なんで」

 

 震える声。

 

「どうして、君ばっかり――」

 

 アステリアは、静かに首を振る。

 涙は無かった。

 後悔も。

 ただ。

 少しだけ、寂しそうに笑った。

 

「アル」

 

 優しい声。

 

「泣かないで」

 

 その瞬間。

 光が、弾けた。

 白い粒子が、空へ舞い上がる。

 もう、そこには何も残っていなかった。

 

「――ぁ」

 

 アルディウスが、伸ばした手を止める。

 届かない。

 もう。

 どこにも居ない。

 静寂。

 崩壊しかけていた世界だけが、静かに残っていた。

 アルディウスは、動かなかった。

 ただ。

 何も掴めなかった手だけが、空中へ残されている。

 

「……どうして」

 

 掠れた声。

 

「どうして、君ばっかりが……」

 

 




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