元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第42話 そんな結末の為に戦ったんじゃない

 白い光が、ゆっくりと薄れていく。

 一行は再び、封印区画の中へ戻っていた。

 

 まだ胸の奥へ、あの光景が焼き付いている。

 アステリア。

 消えていく背中。

 アルディウスだけを残して。

 

「……っ」

 

 レオンが、小さく歯を食いしばる。

 

「あんなの……」

 

 掠れた声。

 

「救われねぇだろ……」

 

 返事は無かった。

 ルーメリアは、静かに胸元を押さえていた。

 頭の奥に。

 優しい声の余韻が残っている。

 

『泣かないで』

 

 あの声が。

 離れない。

 

 エリシアは、不安そうにカイトを見ていた。

 灰色の瞳。

 けれど。

 その横顔は、どこか酷く静かだった。

 

 まるで。

 何かを理解してしまったみたいに。

 

「……カイト・レイヴン」

 

 不意に。

 静かな声が響く。

 全員が振り向いた。

 

 封印区画の奥。

 黒い術式が、ゆっくりと浮かび上がっている。

 

 その中心。

 一人の男が立っていた。

 黒髪。

 長い外套。

 疲れ切ったような目。

 アルディウスだった。

 

 レオンが反射的に剣へ手を掛ける。

 

「っ……!」

 だが。

 カイトだけは動かない。

 

「……そうか」

 

 低い呟き。

 

「ここまで干渉出来るのか」

 

 アルディウスは、小さく目を伏せた。

 

「イシュタルは、記憶を繋ぐ為のものだからね」

 

 静かな声。

 だが。

 その響きは酷く疲れていた。

 レオンが睨み付ける。

 

「お前……!」

 

「責めるのは当然だ」

 

 アルディウスは否定しない。

 

「実際、世界をこんな形にしたのは僕だ」

 

 静かな肯定。

 その声には。

 怒りも。

 言い訳も無かった。

 

「……どうして」

 

 ルーメリアが、小さく声を漏らす。

 エメラルドグリーンの瞳が、真っ直ぐアルディウスを見る。

 

「どうして、こんな事を続けたんですか」

 

 数秒。

 沈黙が落ちた。

 やがて。

 アルディウスは、

 小さく笑った。

 酷く。

 壊れそうな笑みだった。

 

「……忘れたく、なかったんだ」

 

 誰も動かない。

 

「笑っていた事も」

 

「救いたがっていた事も」

 

「全部、消えてしまう気がした」

 

 レオンが息を呑む。

 アルディウスの視線は、

 もうここには無かった。

 ずっと遠く。

 あの時を見ていた。

 

「だから記憶を残した」

 

「勇者を繋いだ」

 

「悪意を流した」

 

 黒い術式が、静かに脈動する。

 

「アステリアが守った世界を守れるように」

 

 その言葉に。

 ルーメリアの胸が痛んだ。

 でも。

 

「……違う」

 

 小さな声。

 アルディウスが視線を向ける。

 ルーメリアは、苦しそうに息を吐いた。

 

「これは……」

 

「結局、誰かを犠牲にし続けてるだけです」

 

 静かな声。

 けれど。

 震えていた。

 アステリアを見た。

 全部抱えて。

 消えていった少女を。

 アルディウスは否定しない。

 

「……そうだね」

 

 掠れた声。

 

「結局、僕は止められなかった」

 

 封印区画へ、静寂が落ちる。

 その時だった。

 

「……一つ、聞かせろ」

 

 カイトだった。

 灰色の瞳が、真っ直ぐアルディウスを見る。

 

「エリシアは、何故ここまで侵食が早い」

 

 空気が止まる。

 エリシアの肩が、小さく震えた。

 

 アルディウスは、しばらく何も言わなかった。

 やがて。

 

「……本来」

 

 静かな声。

「勇者と魔王は、一つの均衡で成り立っている」

 

 黒い術式が揺れる。

 

「どちらかが終われば、流れもまた静まるはずだった」

 

 レオンが眉をひそめる。

 

「……だった?」

 

 アルディウスの視線が、カイトへ向く。

 

「君だけが、残ってしまったからだ」

 

 その瞬間。

 空気が凍った。

 エリシアが目を見開く。

 ルーメリアの呼吸も止まる。

 カイトだけは、静かに立っていた。

 

「君はあの時死ぬはずだった」

 

「本来なら、君の魂は完全に砕けていた」

 

「だが、最後にノエルが君を守った」

 

「だから砕け切れなかった勇者の残滓が、肉体へ縋り付いた」

 

「仮死状態のまま、君は三百年残り続けた」

 

 アルディウスの声は静かだった。

 

「ノエルが君を守った結果」

 

「勇者の残滓だけが、世界へ残ってしまった」

 

 レオンの顔色が変わる。

 

「じゃあ……」

 

 アルディウスが、小さく目を伏せた。

 

「均衡は崩れた」

 

「悪意は、空いた器を探した」

 

「……彼女は、早く選ばれすぎた」

 

 エリシアの指先が震える。

 呼吸が浅い。

 でも。

 それ以上に。

 カイトを見てしまった。

 灰色の瞳。

 その奥が、ゆっくり沈んでいく。

 

「……俺のせいか」

 

 小さな声だった。

 誰もすぐには答えられない。

 エリシアが、何か言おうとして。

 でも。

 声にならなかった。

 やがて。

 アルディウスが、静かに口を開く。

 

「無関係ではないね」

 

 残酷なほど、静かな肯定だった。

 エリシアが、反射的に声を上げる。

 

「違います!」

 

 震える声。

 

「そんなの、カイ先生のせいじゃ――」

 

「エリシア」

 

 低い声。

 遮ったのは、カイトだった。

 エリシアが息を呑む。

 カイトは、ゆっくり目を伏せる。

 

「……そうか」

 

 掠れた声。

 

「だから、お前は……」

 

 苦しみ続けていた。

 自分が残ったせいで。

 

 ノエルが守った命が。

 三百年後の少女を、壊していた。

 指先から、感覚が抜けていく。

 レオンが、不安そうにカイトを見る。

 

「……教官?」

 

 返事は無い。

 数秒の沈黙。

 やがて。

 カイトは、静かに顔を上げた。

 灰色の瞳は、どこまでも静かだった。

 

「なら」

 

 低い声。

 

「俺が消えれば、エリシアは助かるんだな」

 

 その瞬間。

 エリシアの呼吸が止まった。

 

「……え」

 レオンが目を見開く。

 ルーメリアも、言葉を失っていた。

 でも。

 カイトだけは、本気だった。

 

「勇者の残滓が原因なら、消せばいい」

 

「そうすれば、エリシアは――」

 

「やめてください!!」

 

 叫び。

 エリシアだった。

 震える手で、カイトの服を掴む。

 

「そんなの……!」

 

 涙声。

 

「そんなの、駄目です……!」

 

 カイトは振り向かない。

 

「俺だけで済むなら、十分だ」

 

「駄目です!!」

 

 エリシアの声が震える。

 嫌だった。

 ようやく。

 ようやく会えたのに。

 また。

 この人は。

 一人で居なくなろうとしている。

 

 カイトは静かに目を閉じる。

 ノエル。

 雪。

 血。

 

『ごめんね』

 

『背負わせて』

 

 あの声が、離れない。

 だったら。

 今度こそ。

 終わらせるべきだ。

 自分ごと。

 全部。

 その時だった。

 

『違う』

 

 不意に。

 ルーメリアの胸の奥で、優しい声が響いた。

 エメラルドグリーンの瞳が揺れる。

 

『そんな結末の為に、戦ったんじゃない』

 

 アステリア。

 ルーメリアは、ゆっくり顔を上げた。

 そして。

 真っ直ぐカイトを見る。

 

「……それでは」

 

 静かな声。

 

「また、繰り返すだけです」

 

 




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