元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
灰色の瞳は、どこまでも静かだった。
その静けさが。
怖かった。
まるで。
もう全部決めてしまったみたいで。
「……教官」
掠れた声。
レオンだった。
拳が震えている。
「本気で、言ってんのかよ……」
カイトは答えない。
数秒。
重い沈黙だけが落ちる。
やがて。
「……他に方法があるなら、言ってみろ」
低い声だった。
「エリシアは限界だ」
「このまま侵食が進めば、世界そのものが壊れる」
淡々と。
事実だけを並べる。
「俺が消えれば、均衡は戻る」
「だったら――」
「ふざけんなよ!!」
怒声。
空気が震えた。
カイトが、ゆっくり振り向く。
レオンの目は、真っ赤だった。
「なんで!!」
「なんで教官だけ、死ぬ前提なんだよ!!」
荒い呼吸。
感情が、抑え切れていない。
「エリシアさん救うって、誰も切り捨てないって……!」
「ずっと言ってたじゃねぇか!!」
カイトは黙っている。
レオンは、歯を食いしばった。
「なのに……っ」
「なんで教官だけ、そこに入ってねぇんだよ……!」
その瞬間。
カイトの瞳が、僅かに揺れた。
でも。
それだけだった。
「……俺は、元から勘定に入れてない」
静かな声。
あまりにも自然だった。
だからこそ。
レオンは息を呑む。
本気だった。
この人は。
本当に最初から自分を数えていない。
「っ……」
レオンの喉が震える。
「なんだよ、それ……」
「そんなの……」
上手く言葉にならない。
喉の奥が、焼けているみたいに熱かった。
「教官が、どれだけ苦しかったかくらい……!」
「どれだけ背負ってきたかくらい、分かってる……!」
ノエル。
エリシア。
三百年。
一人で。
全部。
それでも。
「それでも……!!」
涙声だった。
「死んでいい理由になんか、ならねぇだろ!!」
封印区画に、叫びが響く。
カイトは動かない。
でも。
灰色の瞳だけが、僅かに揺れていた。
その時だった。
「……カイ先生」
小さな声。
エリシアだった。
震える指先で、カイトの服を掴んだまま。
俯いている。
「私は……」
声が上手く出ない。
喉が痛い。
苦しい。
でも。
言わなきゃいけないと思った。
この人は。
どれだけ誰かを救っても。
どれだけ「ありがとう」を向けられても。
きっと。
自分を許せない。
救えなかった人が居るから。
届かなかった声があるから。
助けられなかった誰かの悲鳴の方が。
この人には、ずっと大きく響いてしまうから。
だから。
私は。
この人を救いたいと思った。
誰より人を救ってきた人を。
ずっと一人で、
背負い続けてきた人を。
抱えてきたものを消すことなんて出来ない。
痛みを無かったことにも出来ない。
でも。
一緒に背負うことなら、出来るかもしれない。
少しだけでも、軽く出来るかもしれない。
そうしたいと思った。
エリシアは、ゆっくり顔を上げる。
赤い瞳が、真っ直ぐカイトを見る。
涙で滲みながら。
それでも逸らさずに。
「私は……」
掠れた声。
「カイ先生に、居なくなって欲しくありません」
カイトも目を逸らさなかった。
「だから……」
エリシアは、泣きそうな顔で笑った。
「私は、あなたを救いたい」
静寂。
呼吸だけが静かに響く。
救いたい。
その言葉を。
自分へ向けられた事なんて、ほとんど無かった。
ノエル以来。
ずっと。
――その時だった。
「……そうか」
静かな声。
アルディウスだった。
黒い術式の中。
どこか遠くを見るように、小さく目を細めている。
「君達は、そこへ辿り着いたんだね」
掠れた声。
「僕達が、辿り着けなかった場所へ」
ルーメリアが顔を上げる。
アルディウスは笑っていた。
でも。
酷く悲しそうだった。
「アステリアも、同じ事を言っていた」
『きっと、なんとかなるから』
優しい声が、胸の奥で重なる。
ルーメリアは、静かに拳を握った。
「……終わらせます」
エメラルドグリーンの瞳が、真っ直ぐアルディウスを見る。
「誰か一人が、犠牲になり続ける世界を」
静かな声。
でも。
そこには確かな意志があった。
アルディウスは、数秒黙っていた。
やがて。
小さく目を伏せる。
「……なら」
黒い術式が、静かに広がっていく。
「君達が、証明してみせてくれ」
その瞬間。
封印区画全体が、激しく脈動した。
黒い悪意が溢れ出す。
空間そのものが軋む。
レオンが剣を抜いた。
ルーメリアが前へ出る。
エリシアは、まだカイトの服を掴んでいた。
離さないように。
消えてしまわないように。
カイトは。
そんなエリシアを、静かに見る。
灰色の瞳が揺れる。
何かを言おうとして。
でも。
言葉にならなかった。
代わりに。
ほんの少しだけ。
その手が、エリシアの手へ触れた。
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