元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

45 / 47
第45話 頼んだ

 闇が、全てを呑み込みはじめた。

 足元が消える。

 壁も。

 天井も。

 古い石の匂いさえも。

 黒い悪意の海へ沈んでいく。

 

「っ……!」

 

 レオンは、反射的に剣を握り締めた。

 立っているはずなのに。

 地面の感覚が薄い。

 耳元で、いくつもの声が囁いていた。

 

『怖い』

 

『憎い』

 

『どうして自分だけ』

 

『奪われた』

 

『許せない』

 

「うるせぇ……!」

 

 歯を食いしばる。

 胸の奥が、黒く塗り潰されそうだった。

 その時。

 白銀の光が、闇を裂いた。

 

「飲まれないでください!」

 

 ルーメリアだった。

 聖剣の光が、黒い海の中で揺れている。

 だが。

 その光も、悪意へ触れるたびに揺れていた。

 

「……っ」

 

 ルーメリアの肩が震える。

 胸の奥に、アステリアの記憶が流れ込んでくる。

 黒い空。

 倒れた人々。

 誰かの悲鳴。

 それでも走っていた少女。

 

『大丈夫』

 

『きっと、なんとかなるから』

 

 優しい声。

 その言葉が、今は痛い。

 

「……私は」

 

 ルーメリアは、小さく息を吐いた。

 

「あなたには、なれません」

 

 白銀の光が、少しだけ強くなる。

 

「でも」

 

「あなたの願いを、ここで終わらせはしません」

 

 聖剣を構える。

 その隣へ、カイトが立った。

 黒いコートが、闇の風に揺れている。

 灰色の瞳は、真っ直ぐ前だけを見ていた。

 

 その先。

 黒い悪意の中心に、アルディウスが立っている。

 

 いや。

 もう、立っているというより。

 縫い付けられていた。

 無数の黒い鎖が、彼の身体から伸びている。

 鎖は闇の海へ沈み、さらに奥。

 見えない世界の底へ繋がっていた。

 

「……あれが、イシュタルの核か」

 

 カイトが低く呟く。

 アルディウスは、静かに目を開いた。

 黒い光を宿した瞳。

 けれど。

 その奥にある疲れだけは、消えていなかった。

 

「そうだ」

 

 穏やかな声。

 

「君達が選んだ答えを、見せてくれ」

 

 次の瞬間。

 黒い鎖が一斉に跳ねた。

 

「来るぞ!」

 

 カイトが踏み込む。

 銀の刃が、最初の鎖を斬り払った。

 切断された鎖が、黒い霧になって弾ける。

 だが。

 すぐに再生した。

 

「再生するのかよ……!」

 

 レオンが舌打ちする。

 

「核を断たなければ、終わりません」

 

 ルーメリアが答える。

 だが、核は遠い。

 

 アルディウスの背後。

 黒い門の奥。

 世界の底に刺さった、黒い楔。

 そこへ辿り着くには、この悪意の海を越えなければならない。

 

「なら、道を作る」

 

 カイトが短く言う。

 剣を構える。

 だが。

 

「カイ先生」

 

 エリシアの声が、それを止めた。

 カイトが振り向く。

 エリシアは、黒い紋様に蝕まれた腕を押さえていた。

 呼吸は粗い。

 顔色も悪い。

 それでも。

 赤い瞳は、真っ直ぐ前を見ていた。

 

「私も行きます」

 

「無茶だ」

 

 即答だった。

 けれど。

 エリシアは引かなかった。

 

「無茶でも」

 

 黒い魔力が、指先に集まる。

 荒れ狂う悪意に、引きずられそうになりながら。

 それでも。

 彼女は歯を食いしばった。

 

「私は、もう逃げません」

 

 カイトは黙る。

 そして。

 

「……呼吸を乱すな」

 

 低い声。

 エリシアの目が、少しだけ見開かれる。

 

「はい」

 

 小さく頷く。

 カイトは、前を向いた。

 

「レオン」

 

「はい!」

 

「ルーメリアをカバーしろ」

 

「分かりました!」

 

「エリシア」

 

「はい」

 

「俺に合わせろ」

 

「……はい」

 

 エリシアの声が、少し震える。

 でも。

 そこに迷いは無かった。

 

 四人が、同時に動いた。

 最初に前へ出たのはカイトだった。

 黒い鎖が、無数に襲いかかる。

 一閃。

 二閃。

 

 銀の刃が、最小動作で悪意を斬る。

 だが。

 斬ったそばから再生する。

 終わりが見えない。

 救えなかった声が、剣に絡み付いているみたいだった。

 

『救えなかった』

 

『間に合わなかった』

 

『また失う』

 

 声が響く。

 カイトの指先が、僅かに軋んだ。

 

 ノエル。

 雪。

 血。

 振れなかった剣。

 だが。

 

「カイ先生!」

 

 隣から声。

 黒い雷撃が、鎖を焼き払った。

 エリシアだった。

 肩で息をしながら。

 それでも、前を見ている。

 

「私を見てください」

 

 震える声。

 

「過去じゃなくて」

 

「今の私を」

 

 カイトの呼吸が止まる。

 一瞬だけ。

 灰色の瞳が揺れた。

 そして。

 

「……ああ」

 

 短く答える。

 銀の刃が、再び黒い鎖を断ち切った。

 今度は。

 迷いが無かった。

 

 ルーメリアは、聖剣を掲げる。

 白銀の光が、黒い悪意を押し返した。

 しかし。

 押し返した分だけ、胸の奥へ痛みが走る。

 

「っ……!」

 

 アステリアの記憶が流れ込む。

 

 痛み。

 恐怖。

 疲労。

 それでも笑う少女。

 その全てが、ルーメリアの中で重なる。

 

「無理すんな!」

 

 レオンが横から飛び込む。

 黒い爪のような悪意を、剣で弾き飛ばした。

 衝撃で腕が痺れる。

 

「ぐっ……!」

 

「レオン!」

 

「大丈夫だ!」

 

 強がりだった。

 怖い。

 痛い。

 逃げたい。

 

 でも。

 ここで退いたら、

 また誰か一人へ背負わせることになる。

 それだけは嫌だった。

 

「俺は勇者じゃねぇ」

 

 レオンは、荒い息を吐く。

 

「でも」

 

 黒い悪意へ向かって、剣を構える。

 

「だからって、なんもやらねえ理由にはならねぇだろ!!」

 

 踏み込む。

 剣が黒い鎖を叩き斬った。

 完全には断てない。

 力も足りない。

 技も足りない。

 

 それでも。

 刃は確かに、闇へ届いた。

 アルディウスの瞳が、僅かに揺れる。

 

「……君は」

 

 低い声。

 

「勇者ではないんだね」

 

「ああ!」

 

 レオンは叫ぶ。

 

「違う!」

 

 もう。

 その事が悔しくなかった。

 聖剣に選ばれなかった事も。

 勇者になれなかった事も。

 今はもう、足枷じゃない。

 

「俺はレオン・フレイムガードだ!!」

 

 剣を振る。

 

「誰かを助けたいだけの、ただの人間だ!!」

 

 黒い鎖が砕ける。

 その瞬間。

 黒い海の奥で、楔がわずかに揺れた。

 ルーメリアが目を見開く。

 

「今のは……!」

 

 カイトも気付いていた。

 勇者の光でもない。

 魔王の力でもない。

 ただの人間の剣。

 だからこそ。

 循環の外側から、楔へ届いた。

 

「……そういう事か」

 

 カイトが低く呟く。

 アルディウスは、静かにレオンを見ている。

 その表情は、どこか痛ましそうだった。

 

「選ばれなかった者の意思」

 

「勇者でも」

 

「魔王でもない、ただの人の願い」

 

 アルディウスが、かすかに笑う。

 

「……そんなもので、よかったのか」

 

 黒い悪意が、激しく荒れ狂う。

 まるで。

 拒絶するみたいに。

 レオンへ、無数の鎖が殺到した。

 

「レオン!!」

 

 ルーメリアが叫ぶ。

 だが。

 その前に、カイトが動いていた。

 銀の刃が鎖の群れを切り払う。

 エリシアの雷撃が、残った悪意を焼く。

 ルーメリアの聖剣が、闇の海へ道を作る。

 三つの力が重なり。

 

 レオンの前に、一本の道が開いた。

 その先。

 黒い楔。

 イシュタルの核。

 勇者と魔王を繋ぎ続けてきた、古い鎖の中心。

 レオンは、息を呑む。

 

 足が震えた。

 怖い。

 本当に怖い。

 自分でいいのか。

 自分なんかで、届くのか。

 そんな声が、胸の奥で暴れる。

 

 その時。

 

「レオン」

 

 低い声。

 カイトだった。

 レオンは振り向かない。

 ただ。

 その声だけで、足に力が戻る。

 カイトは、静かに言う。

 

「頼んだ」

 

 その一言で。

 怖さが消えたわけじゃない。

 震えも止まらない。

 でも。

 足は前へ出た。

 

「――はい!!」

 

 レオンは、地面を蹴った。

 黒い悪意の海へ。

 ただ一人。

 勇者でもなく。

 魔王でもなく。

 ただ、誰かを救いたいと願った少年が。

 剣を握り締めて、走り出した。

 

 




読んで頂き、ありがとうございます。
もし少しでも続きを読みたいと思って頂けたら、
フォローや評価を頂けると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。