元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
春の風が吹いていた。
石畳を、柔らかな陽射しが照らしている。
訓練場からは、木剣のぶつかる音が響いていた。
「違います!」
凛とした声。
ぱしっ、と。
木剣が軽く打たれる。
「いたっ!?」
「今のは完全に隙でした」
その声音は、どこか楽しそうだった。
訓練生達が、一斉に笑う。
「エリシア教官、容赦ないなぁ……」
「当たり前です」
エリシアは、少しだけ胸を張る。
「あなた達をちゃんと生き残れるようにするのが、私達の役目ですから」
風が、長い白髪を揺らした。
金色の瞳は、もうあの日みたいに揺れていない。
痛みが消えた訳じゃない。
悪意も。
恐怖も。
今でも残っている。
それでも。
エリシアは、ここに立っていた。
誰かを守る側として。
「……成長したねぇ」
少し離れた場所で、レオンがしみじみ呟く。
その隣。
ルーメリアが、小さく笑った。
「最初は、カイト教官の後ろへ隠れてばかりでしたからね」
「……それが今じゃ、普通に教官やってんだからな」
「カイト教官が、ちゃんと見てくれていましたから」
「……あー、なるほど。そういうとこか」
レオンが頭を掻く。
ルーメリアは、少しだけ楽しそうに笑った。
その時。
「……あ」
訓練生の一人が、声を上げた。
視線の先。
一人の男が、校舎の方から歩いてくる。
黒いコート。
灰色の瞳。
どこか気怠そうな顔。
「レイヴン教官!」
訓練生達が、一斉に声を上げる。
カイトは、少しだけ眉を寄せた。
「騒がしいな」
「もう昼ですよ!」
「エリシア教官、ずっと待ってたんですから!」
その瞬間。
エリシアの耳が、真っ赤になる。
「なっ……!」
慌てて手を振る。
「ち、違います!私はただ、今日の訓練予定の確認を――」
「へぇ〜?」
訓練生達が、一斉ににやにやし始める。
エリシアは赤い顔のまま叫ぶ。
「あなた達は、訓練を増やされたいんですか!?」
「うわ怖っ」
「やめろお前、これ絶対後で地獄見るやつだ!」
訓練場へ、笑い声が広がる。
カイトは、小さく息を吐いた。
でも。
その灰色の瞳は、少しだけ柔らかかった。
「……カイト教官」
ルーメリアが、静かに歩み寄る。
「教会から連絡が来ています」
「北方で侵食獣の目撃報告が」
「数は?」
「小規模です」
「こちらから数名向かわせれば、十分対処可能かと」
カイトは、小さく頷いた。
「なら、今から編成を組む」
「了解しました」
ルーメリアは、穏やかに微笑んだ。
その表情は、もう昔みたいに硬くない。
責任も。
痛みも。
きっと今でも背負っている。
それでも。
以前よりずっと、自然に笑えるようになっていた。
「これから、忙しくなりそうですね」
ルーメリアが言う。
遠くでは、訓練生達の笑い声が響いていた。
「侵食獣も、まだまだ現れるでしょうし」
「そうだなぁ」
レオンが苦笑する。
「全部解決!って訳じゃなさそうだ」
ルーメリアは、小さく笑った。
「でも」
春空を見上げる。
「それでも、前よりは悪くない未来です」
その笑顔は。
勇者としてではなく。
一人の少女としての、柔らかな笑顔だった。
レオンの呼吸が、止まる。
ルーメリアは、そんな事にも気付かず。
「行きましょう」
そう言って、前へ歩き出した。
春風が、金色の髪を揺らす。
レオンは、少し遅れて歩き出す。
「……反則だろ、その顔は」
ぼそりと漏れる。
「何か言いました?」
ルーメリアが振り返る。
「い、いや!?何でもねぇっす!!」
慌てるレオンを見て、ルーメリアは不思議そうに首を傾げた。
その様子に、エリシアが小さく笑う。
本当に。
平和な光景だった。
カイトは、そんな皆を静かに見ていた。
暖かな風。
笑い声。
眩しい春の日差し。
昔。
もう二度と、手に入らないと思っていたもの。
灰色の瞳が、少しだけ細くなる。
「カイ先生」
後ろから呼ばれる。
エリシアだった。
いつの間にか、すぐ隣へ来ている。
カイトは、少しだけ目を見開いた。
そして。
優しく微笑んだ
エリシアは真っ直ぐカイトを見る。
少しだけ照れ臭そうに。
でも。
嬉しそうに笑って。
「これからは、ずっと一緒に居てくださいね」
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