元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第5話 残るんだよ

 熱気が、訓練場を満たしていた。

 観客席にまで、生徒たちが溢れている。

 誰もが目を輝かせていた。

 

 勇者選定。

 その四文字へ、夢を重ねてきたのだ。

 

 ――レオンだって、そうだった。

 ずっと、そのために剣を振ってきた。

 

 訓練場の中央。

 純白の法衣を纏った男が立っている。

 

 教会直属司祭、グランベル。

 穏やかな笑顔。

 神聖さすら感じさせる雰囲気。

 

 だが。

 

 なぜか、その目だけは笑っていなかった。

 

「諸君」

 

 拡声魔法で声が響く。

 一瞬で、場が静まり返った。

 

「昨夜、魔王が現れました」

 

「故に本日より、第八代勇者選定の儀を前倒しで開始します」

 

 歓声が上がる。

 レオンは拳を握り締めた。

 

 ――ついに、始まる。

 

――――――

 

 最初の数人は問題なかった。

 魔法陣の光に包まれ。

 

 適性あり。

 

 適性なし。

 

 数値が表示されるたび、歓声と落胆が繰り返される。

 

 その中で。

 レオンは、自分の番を待っていた。

 

「次」

 

 隣にいた少年が緊張した顔のまま、魔法陣へ踏み込んだ。

 

 光が溢れる。

 次の瞬間。

 

「――が、ぁぁぁぁっ!?」

 

 絶叫が、訓練場を引き裂いた。

 白い光が、赤黒く濁る。

 

 爆発的な衝撃。

 少年の身体に、黒い紋様が浮かび上がった。

 

「なっ――!?」

 

 悲鳴が広がる。

 

「逆流です!」

 

 治癒師たちが駆け寄る。

 だが、間に合わない。

 

「ぐ、ぁ……っ」

 

 血を吐き、その場へ崩れ落ちた。

 

 レオンの足が竦む。

 

 痙攣する身体。

 苦悶に歪む顔。

 

 ほんの数秒前まで。

 隣で笑っていた奴だった。

 

『俺、勇者になれたら妹を王都に呼ぶんだ』

 

 選定前。

 少年は照れ臭そうに笑っていた。

 

「適性不足です」

 

 グランベルは、淡々と言った。

 

「次の者を」

 

 ――次?

 今のを見て、次?

 気づけば、レオンは叫んでいた。

 

「待ってください!」

 

 視線が、一斉に集まる。

 

「放っておくんですか!」

 

「勇者選定に犠牲は付き物です」

 

 グランベルは笑顔のまま答えた。

 

「世界を救うためには、必要な試練なのです」

 

 綺麗な声だった。

 

 だからこそ。

 余計に腹が立つ。

 

「必要って……今の、どこが――」

 

「レオン」

 

 低い声が割り込んだ。

 

 振り向く。

 カイトが立っていた。

 

 灰色の瞳が、真っ直ぐグランベルを見据えている。

 いつもの無表情。

 

 だが。

 

 ――違った。

 

「……教官」

 

「下がれ」

 

 それだけだった。

 

 有無を言わせない声に、レオンは一歩引く。

 

 カイトはゆっくりと、グランベルへ歩み出た。

 訓練場の空気が変わる。

 

「先に治療だ」

 

「レイヴン教官」

 

 グランベルの笑顔は崩れない。

 

「選定は進行中です」

 

「聞こえなかったか」

 

 一歩。

 また一歩。

 

「治療が先だ」

 

 周囲の教官たちが固まっている。

 誰も割って入れなかった。

 

 グランベルは静かに目を細める。

 

「……勇者候補以外に、そこまで時間を割く必要がありますか?」

 

 その瞬間。

 レオンは息を呑んだ。

 

 カイトの目が――揺れた。

 そして次の瞬間、温度が消えた

 

 ずっと押し殺していた何かが。

 滲み出るように。

 

「必要か、だと」

 

 声の温度が下がる。

 カイトは、倒れた少年を見下ろした。

 

 まだ若い顔。

 さっきまで夢を語っていた少年。

 カイトの視線が、ほんの僅かに揺れる。

 

「……残るんだよ」

 

 ぽつりと。

 落とすように呟く。

 

 

「顔が」

 

――瞼の裏に浮かぶ

黒く染まった姉の顔。

 

「消えない」

 

 夢を見ても。

 ふとした瞬間でも。

 

 誰へ向けた言葉でもなかった。

 

 ただ。

 そこへ零れ落ちただけだった。

 

 グランベルが、小さく首を傾げる。

 

「それは、記録に残るほどの価値ですか?」

 

 カイトは、一瞬だけ沈黙した。

 そして。

 

「……だから嫌いなんだよ」

 

 静かに吐き捨てる。

 

 怒りじゃない。

 もっと深い場所から漏れた声だった。

 

 諦め。

 後悔。

 それでも消えない憤り。

 全部が混ざったような声。

 

 レオンは息を呑む。

 

(この人は……一体何者なんだ)

 

 勇者。

 教会。

 世界を救う戦い。

 信じてきたものが、音を立てて揺らいでいく。

 

 でも同時に。

 崩れたその先で。

 別の何かが、見え始めていた。

 

――――――

 

 観客席の端で。

 ルーメリアは静かにカイトを見ていた。

 

 胸の奥が、ざわついている。

 

 ――あの人は。

 

 救えなかった顔が、一生残ると言った。

 それはつまり。

 

「……ずっと、背負ってきた?」

 

 誰にも聞こえない声で呟く。

 

 カイトはもうグランベルから目を離し。

 治療へ向かっていた。

 

 誰かに褒められるわけでもない。

 認められるわけでもない。

 ただ、当たり前のように。

 

「……なんで」

 

 ルーメリアは、自分の胸元をそっと押さえる。

 

「なんで、そんな顔するんですか」

 

 誰かを助けた顔じゃない。

 まるで、また救えなかったみたいな顔だった。 

 

 答えは返ってこない。

 返ってくるはずもない。

 

 それでも。

 視線は、カイトの背中から離せなかった。

 何故か、優しかった両親を思い出した。

 その時だった。

 訓練場の中央。

 

 勇者選定の魔法陣が、赤黒く脈動する。

 

 まるで――

 何かを求めるように。

 誰かを選ぶように。

 




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