元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
どくん。
魔法陣が、脈打った。
赤黒い光。
まるで生き物みたいな鼓動。
ざわついていた訓練場が、一瞬で静まり返る。
「……なんだ、今の」
「魔法陣が……光った?」
不気味だった。
その様子を見た瞬間。
カイトの目が細まる。
「……おい」
小さな呟き。
その直後だった。
「あ、ぁ……?」
選定列に並んでいた男子生徒が、突然ふらついた。
顔色が真っ青になっている。
「大丈夫か!?」
隣の生徒が肩を掴む。
だが。
男子生徒は虚空を見つめたまま、震えていた。
全身が、小刻みに痙攣している。
次の瞬間。
「来るな……! 来るな来るなァァァ!!」
絶叫が、訓練場を突き抜けた。
男子生徒は頭を抱え、その場へ崩れ落ちる。
涙を流しながら。
何もない空間を、必死に見上げていた。
――何かが見えている。
自分たちには見えない、何かが。
「な、なんだよあれ……」
生徒たちが後ずさる。
治癒師たちが駆け寄る。
だが、止まらない。
「嫌だ……俺は勇者なんか――」
そこで。
声が止まった。
身体から力が抜ける。
白目を剥いたまま、動かなくなった。
沈黙。
誰も、声を出せなかった。
その静寂の中で。
「精神適性不足です」
グランベルだけが、穏やかに口を開く。
あまりにも淡々とした声に、レオンは耳を疑った。
「は……?」
「よくある事例です。恐怖に耐えられない者は、勇者にはなれません」
「いや、待ってくださいよ! 今の、どう見ても普通じゃ――」
「レオン」
低い声が割り込む。
カイトだった。
灰色の瞳が、真っ直ぐ魔法陣を見ている。
その横顔は静かだった。
静かすぎるほどに。
でも。
握られた拳が、僅かに軋んでいた。
「下がってろ」
「……教官」
「下がってろ、と言った」
レオンは、それ以上言えなかった。
カイトはしばらく、魔法陣を見つめている。
まるで――
何かを知っているみたいに。
だが次の瞬間には、いつもの無表情へ戻っていた。
◇
「選定は続行します」
グランベルが杖を掲げる。
ざわめきが広がった。
「ま、まだやるのか……」
「正気かよ……」
恐怖が、訓練場を満たしていく。
それでも。
列を離れる者はいなかった。
勇者になりたい。
その夢だけが、彼らを繋ぎ止めていた。
「次の試験へ移行します」
訓練場奥の魔法陣が展開される。
空間が歪む。
黒い霧が溢れ出した。
誰かが、小さく悲鳴を漏らした。
低い唸り声。
霧の中から、巨大な魔獣が姿を現す。
鋭い牙。
赤黒い瞳。
明らかに、訓練用ではない。
「実戦試験です」
グランベルは穏やかに告げた。
「勇者には、実戦能力が必要ですので」
次の瞬間。
魔獣が、一人の女子生徒へ飛びかかった。
「きゃ――!?」
誰も動けない。
足が竦んでいた。
「どけぇぇぇッ!!」
赤髪が飛び込む。
レオンだった。
剣を叩き込み、無理やり軌道を逸らす。
腕が痺れる。
それでも止まらない。
「下がってろ!!」
女子生徒を庇うように、前へ出る。
魔獣が牙を剥いた。
レオンは真正面から踏み込む。
「うおおおおッ!!」
叩き込む。
吹き飛ばす。
転がった魔獣へ、さらに追撃。
泥臭い。
洗練なんてされていない。
それでも。
誰より前へ出ていた。
「すげぇ……!」
「レオン一人で……!」
周囲がざわめく。
レオンは荒い呼吸のまま、振り返った。
「怪我してねぇか!?」
女子生徒は震えながら頷く。
それを見て。
ようやく息を吐いた。
その瞬間だった。
別方向から、二体目が飛び出す。
「っ!!」
――間に合わない。
氷槍が、空を裂いた。
魔獣の身体を、一撃で貫く。
「囲まれる前に位置を変えてください」
ルーメリアだった。
まるで焦りがない。
戦場に立っているとは思えないほど、冷静だった。
「助かった!」
「礼は不要です」
ルーメリアは淡々と言う。
「あなたが囮になると、処理しやすいので」
「はぁ!?」
その時。
訓練場の端から、悲鳴が上がった。
別の生徒が、魔獣へ追い詰められている。
「た、助け――!」
レオンが反射的に動こうとする。
「行かないでください」
ルーメリアが静かに言った。
「……は?」
「今あそこへ向かえば、こちら側の防衛が崩れます」
銀色の瞳が、冷静に戦場を見渡している。
「助けられる人数を優先すべきです」
レオンの顔が強張った。
「お前……そんなこと本気で――」
「全員は救えません」
即答だった。
だが、僅かに声が震えていた。
「なら、切り捨てる判断も必要です」
空気が凍った。
観客席すら静まり返る。
レオンは言葉を失う。
ルーメリアの銀色の瞳からは感情が読み取れなかった。
一人を救って十人を失うくらいなら。
十人を救う道を選ぶべきだ。
そう思うようになった時から。
ルーメリアは、“正しさ”を感情で測らなくなった。
「ふざけんなッ!!」
レオンは地面を蹴った。
制止を振り切り。
悲鳴の方へ駆け出す。
傷ついても関係ない。
間に合わないかもしれない。
それでも。
助けを求める声を、無視できなかった。
◇
その姿を。
カイトは黙って見ていた。
傷だらけになりながら。
それでも前へ出続ける背中。
「……無茶苦茶だな」
小さく呟く。
だが。
その口元が、ほんの僅かに緩んだ。
昔にもいた。
こんな奴が。
誰かのために自分を投げ出して。
泥の中を突き進む。
馬鹿みたいに真っ直ぐな奴が。
その時。
訓練場中央の魔法陣が、再び脈打つ。
どくん。
赤黒い光が、さらに強くなる。
まるで――
何かを呼び起こすように。
カイトの目が細まった。
「……嫌な予感がする」
次の瞬間。
魔法陣の光が、一際強く輝いた。
何かが。
始まろうとしていた。
読んで頂き、ありがとうございます。
もし少しでも続きを読みたいと思って頂けたら、
評価や感想を頂けると嬉しいです