元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第7話 死なせるくらいなら、規則なんてどうでもいい

 どくん。

 魔法陣が、脈打った。

 

 次の瞬間。

 黒い瘴気が、一気に溢れ出す。

 

 ――同時に。

 

 魔獣たちが、一斉に咆哮した。

 赤黒く濁った瞳。

 そこに、もう理性は残っていない。

 

「暴走だ!!」

 

 教官の叫び声が響く。

 

 直後。

 一体の魔獣が、生徒たちの列へ突っ込んだ。

 

「きゃあああっ!!」

 

 女子生徒が転倒する。

 

 迫る牙。

 レオンが地面を蹴った。

 

「くそっ――!!」

 

 遠い。

 届かない。

 間に合わない――

 

 黒い影が、走った。

 

 一閃。

 

 魔獣の首が宙を舞う。

 巨体が、その場へ崩れ落ちた。

 

 女子生徒の前に立っていたのは。

 黒いコートの男。

 カイト・レイヴン。

 

 無言のまま、生徒を背に庇う。

 灰色の瞳だけが、冷たく前を見据えていた。

 

 別方向から、二体が同時に飛びかかる。

 

 だが。

 カイトは振り向きもしない。

 

 一閃。

 

 ――気づけば。

 二体とも地面へ転がっていた。

 

 何をしたのか。

 レオンには、まるで見えなかった。

 

「下がってろ」

 

 低い声。

 カイトが前へ出る。

 

 たった一人で。

 全部を止めるつもりみたいに。

 

 ◇

 

「レイヴン教官」

 

 グランベルの声が、訓練場へ響いた。

 

 だが。

 カイトは止まらない。

 

「教官による過度な介入は、選定規則違反です」

 

 穏やかな声だった。

 笑顔だった。

 

 ――だからこそ。

 余計に腹立たしかった。

 

「規則って……!」

 

 レオンが叫ぶ。

 今、目の前で生徒が死にかけている。

 

 それより、規則が大事なのか。

 この男にとっては。

 

 カイトは振り返りもしなかった。

 

「だからなんだ」

 

 たった一言。

 低く。

 静かで。

 それなのに。

 訓練場全体が、息を呑んだ。

 

 グランベルの笑みが――初めて揺らぐ。

 

 カイトは、ゆっくりと生徒たちを見渡した。

 恐怖で動けない者。

 泣いている者。

 震えている者。

 

 そして。

 

「死なせるくらいなら、規則なんてどうでもいい」

 

 静かに、吐き捨てた。

 

 ――その瞬間。

 観客席のどこかで、誰かが小さく息の呑んだ。

 教官たちが息を呑む。

 

 教会へ逆らう意味を、全員知っていた。

 それがどれほど危険か。

 どれほど無謀か。

 

 「何でそこまで……」

 

 レオンは擦れた声で呟く。

 

 それでも。

 カイトは止まらない。

 

 飛びかかってきた魔獣を斬り伏せる。

 また一体。

 さらに一体。

 

 力任せじゃない。

 洗練されすぎている。

 

 迷いが無く、同じ地獄を潜り抜けてきたような動きだった。

 レオンは呆然と、その背中を見つめる。

 

 強い――なんて言葉じゃ足りない。

 

 この人は。

 いったい何者なんだ。

 

「なんなんだよ……」

 

 声が、勝手に漏れた。

 

 ◇

 

 その時だった。

 魔獣が、観客席へ飛び込む。

 

 悲鳴。

 

 レオンが動く。

 ルーメリアが剣を構える。

 

 だがその前に――

 カイトがいた。

 

 地面を砕く踏み込み。

 一瞬で、魔獣の懐へ潜り込む。

 

「――終わりだ」

 

 閃光。

 

 魔獣の身体が、崩れ落ちた。

 静寂。

 最後の一体だった。

 

 誰も声を出せない。

 数秒遅れて、ざわめきが広がる。

 

「今の、見えたか……?」

 

「あの強さ、なんなんだ……」

 

「あんな戦い方、見たことない……」

 

 だが、カイトだけは倒れた魔獣を見ていなかった。

 もっと遠く。

 ここにはいない誰かを見ているような。

 

 ――どうして。

 

 ルーメリアは息を呑む。

 この人は全員を救ったはずなのに。

 誰も見捨てなかったはずなのに。

 

 ――どうして、そんな顔をしているんですか。

 

 胸の奥が、ざわついている。

 

 ――この人は。

 

 誰かに頼まれたわけじゃない。

 褒められるわけでもない。

 規則まで破って。

 

 それでも。

 前へ出た。

 

「……あなたは、いったい――」

 

 続きを口にしようとした。

 

 その瞬間。

 

「試験内容を変更します」

 

 グランベルが前へ出る。

 杖を掲げた。

 訓練場中央に掛けられていた布が、ゆっくりと落ちる。

 

 現れたのは――一本の剣。

 白銀の刀身。

 神聖な輝き。

 

 それだけで空気が変わった。

 

「聖剣……」

 

 震える声が、どこかから漏れる。

 

「次の試験は、聖剣適性試験」

 

 グランベルは微笑んだ。

 

「勇者に選ばれる資格がある者を、この聖剣が示します」

 

 レオンの心臓が、大きく跳ねる。

 勇者。

 その言葉が、胸を焼いた。

 誰もが聖剣へ釘付けになる中で。

 

 カイトだけが、無言だった。

 灰色の瞳が、聖剣を見つめている。

 

 その目は――

 怒りでもない。

 驚きでもない。

 もっと深い。

 暗い感情だった。

 

 まるで。

 その剣に、見覚えがあるみたいに。

 

「……なんで、そんな目をしているんですか」

 

 ルーメリアは小さく呟く。

 誰にも届かない声。

 

 でも。

 ――胸が、痛かった。

 あの目を見ていると。

 どうしてか、苦しくなる。

 

 視線が離せなかった。

 

 

 




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