元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第8話 選ばれたくなかった

 聖剣が現れた瞬間。

 訓練場の空気が変わった。

 

 白銀の刀身。

 眩い光。

 

 ただそこにあるだけで、空気そのものが震えている。

 

「これが……聖剣……」

 

 レオンは無意識に呟いていた。

 胸が熱い。

 

 幼い頃から、何度も聞かされてきた。

 勇者だけが触れられる剣。

 世界を救う希望の象徴。

 

 子供の頃。

 木の枝を剣代わりにして、勇者ごっこをしていた夜を思い出す。

 

『お前また勇者役かよ』

 

『うるせぇ、勇者は一人しか居ねぇだろ』

 

 泥だらけになりながら。

 何度も剣を振った。

 

 怖いものから、

 誰かを守れる人間になりたかった。

 泣いている奴を、

 助けられる人間になりたかった。

 

 だから。

 ずっと、

 ここを目指してきた。

 

「聖剣適性試験を開始します」

 

 グランベルの穏やかな声が響く。

 

「適性を持つ者には、聖剣が反応を示します。順番に触れなさい」

 

 最初の生徒が前へ出た。

 震える手で、聖剣へ触れる。

 

 ――何も起きない。

 

 肩を落として下がっていく。

 

 次。

 また次。

 

 誰が触れても、聖剣は沈黙したままだった。

 空気が、少しずつ重くなっていく。

 

 レオンは黙って聖剣を見つめていた。

 鼓動が早い。

 緊張している。

 でも同時に。

 

 ――期待している自分がいた。

 

 もし、自分が選ばれたなら。

 

「次。レオン・フレイムガード」

 

 名前が呼ばれる。

 周囲がざわついた。

 

「来たぞ……」

 

「本命だろ、あいつ」

 

「さっきの戦い見たか?」

 

 期待の視線が集まる中。

 レオンは前へ出る。

 

 近くで見ると、凄まじい威圧感だった。

 剣そのものが、生きているみたいに。

 

 ゆっくりと、手を伸ばす。

 触れた。

 

 ――瞬間。

 聖剣が、眩く輝いた。

 

「っ!?」

 

 白銀の光が、訓練場を包み込む。

 歓声が上がった。

 

「反応した!!」

 

「すげぇ……!」

 

 光が、レオンを包む。

 熱い。

 でも、嫌な熱じゃない。

 身体の奥が、震えていた。

 

 剣に――認められている。

 そう思った。

 

 その瞬間だけ。

 今まで積み重ねてきた全部が、

 報われた気がした。

 

 傷だらけになった訓練も。

 倒れても、立ち上がってきた日々も。

 救えなかった悔しさも。

 

 全部。

 無駄じゃなかった気がした。

 

「……高い適性です」

 

 グランベルが目を細めた。

 

「やっぱり……!」

 

「レオンが勇者候補か!」

 

 歓声が飛び交う。

 

 その中で。

 レオンは呆然としていた。

 

 夢みたいだった。

 ずっと憧れてきた。

 勇者に。

 誰かを救える存在に。

 やっと近づける。

 ずっと夢見ていた場所へ。

 

 その時、視線を感じた。

 

 振り向く。

 少し離れた場所。

 

 カイトが、こちらを見ていた。

 いつも通りの無表情。

 

 けれど。

 灰色の瞳だけが、静かだった。

 儀式を見ている目じゃない。

 

 もっと別の何かを、

 見ているみたいな。

 

 どこか。

 痛みを思い出しているような目だった。

 嬉しそうな顔じゃなかった。

 勇者候補が現れたというのに。

 

 まるで。

 また誰かが傷つく未来を見ているみたいだった。

 

「……教官?」

 

 レオンが小さく呟く。

 

 だが。

 カイトは何も言わなかった。

 ただ静かに、聖剣を見ていた。

 

 ◇

 

 暗い部屋。

 窓もない。

 光もない。

 

 その中央に、一本の黒い剣が突き立てられていた。

 禍々しい魔力が、空気を歪ませている。

 エリシアは後ずさった。

 

「……いや」

 

 見たくない。

 近づきたくない。

 

 なのに。

 目が離せなかった。

 

『握れ』

 

 声が、頭の奥から響く。

 

『力が欲しいだろう?』

 

「ちが――」

 

『守りたいのだろう?』

 

 脳裏に浮かぶ。

 昨夜の光景。

 血。

 悲鳴。

 

 そして――

 自分を庇った、カイトの背中。

 

『もっと力があれば、誰も傷つけずに済む』

 

「っ……」

 

 分かっている。

 これは、優しさなんかじゃない。

 

 でも。

 もし本当に、力があったなら。

 

 先生を傷つけなくて済んだのに。

 

 あの人は。

 

 自分が傷つく事に、躊躇がなさすぎる。

 だから怖かった。

 いつか、本当にいなくなってしまいそうで。

 

 エリシアは震える手を、黒い剣へ伸ばした。

 触れた瞬間。

 

 どくん。

 

「あっ……ぁぁ……!!」

 

 激痛。

 黒い紋様が、腕を這い上がっていく。

 視界が黒く染まる。

 

『受け入れろ』

 

『お前は魔王だ』

 

「ちがう……!」

 

 怖い。

 壊れていく。

 自分が、自分じゃなくなっていく。

 

 黒い感情が。

 まるで自分のものみたいに溢れてくる。

 

 それでも。

 頭に浮かんだのは――あの人だった。

 

 灰色の瞳。

 不器用な声。

 

『無理するな』

 

「……カイ、先生……」

 

 その名前を口にした瞬間。

 侵食が、止まった。

 

 エリシアは剣から手を離し。

 その場へ崩れ落ちる。

 

 荒い呼吸。

 止まらない涙。

 

「……こんなの」

 

 震える声。

 

「選ばれたく、なかった……」

 

 暗い部屋に。

 その声だけが、静かに残った。

 

 ◇

 

 訓練場では、まだ歓声が続いていた。

 

「レオン!」

 

「すげぇじゃん!」

 

「もう決まりだろ!」

 

 肩を叩かれ。

 レオンはようやく現実感を取り戻す。

 嬉しかった。

 認められた気がした。

 

 自分でも。

 誰かを救えるかもしれない。

 そう思えた。

 

 でも。

 その時だった。

 

 どくん。

 聖剣が、脈打つ。

 

「……?」

 

 白銀の光に。

 一瞬だけ、“黒”が混ざった。

 聖剣の輝きが揺らぐ。

 

 その瞬間。

 カイトの指先が、僅かに震えた。

 

 まるで。

 忘れたはずの悪夢を、目の前へ突き付けられたみたいに。

 

 グランベルの笑みも、僅かに消えた。

 

 何かがおかしい。

 誰も、声を出せなかった。

 

 




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