元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
第9話 選ばれるのは、あなただったんじゃないんですか
訓練場の熱気は、まだ冷めていなかった。
「レオンじゃん、本命」
「あの反応、完全に勇者だろ」
周囲の声が、耳に心地よく響く。
――そうだ。
自分は選ばれる。
聖剣へ触れた瞬間の熱が、まだ手のひらに残っていた。
全身を貫いた、あの感覚。
認められたような、確かな熱。
ずっと夢見ていた場所が。
もう、目の前にある。
そう思っていた。
「次。ルーメリア・セレス」
グランベルの声が、静かに落ちる。
ざわめきが、少しだけ収まった。
ルーメリアが前へ出る。
音もなく。
感情もなく。
まるで機械みたいに、ただ真っ直ぐ。
レオンは視線を向けながら、心の中で小さく息を吐いた。
強いのは知っている。
剣も。
魔力も。
たぶん、自分より上だ。
――でも。
勇者になるのは、自分のはずだった。
そのために。
全部を捧げてきたのだから。
ルーメリアが、聖剣の前へ立つ。
白銀の刀身を、静かに見上げた。
一秒。
二秒。
そして――触れた。
音が、消えた。
次の瞬間。
爆発した。
白銀の光が、訓練場を丸ごと飲み込む。
魔力の奔流が空気を引き裂き、生徒たちが悲鳴を上げながら目を覆った。
床が揺れる。
壁が軋む。
レオンは、立っているのでやっとだった。
――なんだ、これ。
さっきとは、次元が違う。
聖剣が歓喜している。
そう錯覚するほどの反応だった。
光の中心で、ルーメリアだけが、静かに立っていた。
金色の髪が、光の中で揺れる。
まるで最初から。
――そこが、彼女の場所だったみたいに。
「適合率……九十八パーセント」
グランベルの声が、静寂へ落ちた。
誰も、声を出せなかった。
「九十八……?」
「歴代最高クラスじゃないか」
「嘘だろ……」
レオンの頭が、真っ白になる。
九十八パーセント。
意味は、分かる。
自分との差も、分かる。
――分かっている。
全部。
でも。
認めたくなかった。
だって――
「勇者適合者は」
グランベルの声が響く。
やめてくれ。
「ルーメリア・セレス」
静寂。
レオンは、その先の音が聞こえなくなった。
歓声が上がっている。
周囲が沸いている。
でも。
全部、遠い。
選ばれなかった。
自分は勇者に、なれなかった。
「……っ」
喉の奥が、焼けるように熱い。
悔しい。
苦しい。
情けない。
泣きたい。
でも。
一番きついのは。
――期待していた自分が、惨めでたまらないことだった。
拳を握る。
爪が食い込む。
それでも、痛みなんて何も感じなかった。
周囲の視線が刺さる。
さっきまで自分へ向いていた目が。
今は全部、ルーメリアへ向かっている。
「やっぱ才能か……」
さっきまで、自分へ向いていた期待が。
全部、別の場所へ流れていく。
「レオンでも駄目なんだな」
「しょうがないだろ」
しょうがない。
その言葉が、一番痛かった。
その時だった。
ルーメリアは、こちらを見ていた。
歓声の中心で。
勇者として祝福されながら。
なのに。
その緑色の瞳に浮かんでいたのは、
勝利の光じゃなかった。
迷い。
恐怖。
そして――焦り。
まるで何かを間違えてしまったみたいな顔。
――どうして。
レオンは息を呑む。
勇者になりたかった。
誰かを救える存在になりたかった。
そんな願いを、真っ直ぐ口にできる人間だった。
――昔は自分もそうだった。
ルーメリアの胸が、微かに痛む。
一人を救えば、十人が死ぬかもしれない。
そう理解してしまった日から。
自分はもう、“全員を救いたい”なんて言えなくなった。
だから、本当は。
選ばれるべきなのは――
「……本当は」
小さな声。
歓声にかき消されそうな、ほとんど独り言みたいな呟き。
「選ばれるのは……あなただったんじゃないんですか」
レオンの呼吸が止まった。
――何を、言っている。
勇者は、お前だ。
聖剣が選んだ。
数字も出た。
全部、正しいはずなのに。
なのに、なんで。
そんなことを言う。
ルーメリアは、それ以上何も言わなかった。
ただ、苦しそうに目を伏せる。
レオンには、何も返せなかった。
言葉も。
怒りも。
何ひとつ。
◇
「おめでとうございます」
グランベルが、柔らかく微笑む。
「貴女こそ、人類を救う勇者です」
ルーメリアは数秒、黙っていた。
長い沈黙。
「……はい」
静かな声で、短く答える。
それだけだった。
その瞬間。
レオンは、なぜか理解してしまった。
――あいつは、喜んでいない。
いや。
違う。
“喜べない理由がある顔”だった。
◇
観客席の端。
カイトは、ただ聖剣を睨んでいた。
まるで。
それが人を救う剣ではなく。
誰かを壊すものだと知っているみたいに。
その隣で。
グランベルだけが、静かに笑っていた。
まるで。
全てが計画通りだとでも言いたげに。
レオンは、まだ知らない。
ルーメリアが「はい」と答えた瞬間。
勇者が誕生したのではなく。
――何かが、動き出したことを。
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