見るだけじゃなくて好きなヤンデレを実際に書いてみて布教してみようって思い立ったが吉日。
拙作ですがご愛顧のほど何卒
感想・評価うぇるかむです
「見えないものを見えないと認識することが見えることへの第一歩になるんだよ」
そんな言葉をもらったときからもうすぐ季節が一巡りする。
再開発が進んだ街は駅周辺を中心として、人の活気に根付いたように商業店舗が乱立している。人の活気があるから店が増えるのか、店が増えるから人が活気づくのか。人が居るから暮らしやすくなるのか、暮らしやすいから人が寄りつくのか。今となっては全てがどうでも良くなってしまったよくある街並みが眼下に広がっていた。
でも、そんなものも一度夜の帳が下り始めれば、静けさの中に沈んでいく。街の賑やかさを吸い込むスポンジのように、夜は街を覆いつくし始める。夜の膨張率が高くなればなるほど、僕の心拍数は漸次上昇していく。この先に待つものへの緊張感か高揚感かはたまた絶望感か疲労感か。駅を中心として根を張っている商業施設の屋上には、風を遮るものなどなく、風の冷たさが時間の経過に比例していく。冬はやっぱり外に出たくないなぁ、という心拍数の上昇もどこ吹く風な気持ちを改めて抱きつつ、彼女の到着を待つ。
21時頃になると、館内全体に必ず誰しもがきいたことのある帰宅を促すクラシック音楽が流れ、無機質な女性の声がこだまする。僕がこの屋上に来て約2時間。彼女は現れない。スマホで連絡しようにも彼女はスマホを携帯しない。普通2時間強待たされるなら、速やかに帰宅し(30分でもよく待ったと賞賛されてしかるべきだ)、翌日文句を九十九折りのように言葉を折り曲げながら、婉曲表現の嫌味に近似した語句を投げつけるところだ。でも、その選択肢はマトモな人間になら通用するが、この場合は絶望的だ。彼女がマトモの範疇に収まっていたら僕のこの1年はもっと平凡で素敵なものになっていただろうし、凡庸で退屈なものと化していたに違いない。そんなこんなで帰るという選択肢は毛頭ない。ちなみにその選択肢をとった場合、明日はもっといい日になってしまう(悲嘆)。参考記録までに最長の遅刻記録は4時間26分である。その半分もまだいっていない以上、マシかと諦観しつつ、帰宅を強制させる警備員に見つからないよう祈りながら彼女を待つ。
「月のないいい夜じゃないか。これは楽しい時間になりそうだね」
夜空から声が落ちてくる。
人を2時間以上も待たせて現れた彼女は、謝罪の一言もなく(もちろん自分が設定した待ち合わせ時間なるものを確認するわけもなく、僕が待っていることを疑問にすら思わない素敵な思考100%で)、颯爽と夜の闇の中から僕の前に舞い降りた。
夜空に溶けてしまいそうな烏の濡れ羽色のショートカットボブが風に揺れる。人間を見下しまくってきた故に、屈託のない純粋無垢な目と薄ら笑いが様になる紅が刺した唇、黒とコントラストを成す白磁のような肌、夜の闇は美しくあれと誰かが言ったとすれば、彼女が間違いなくその言葉の引き金であろう。
「いきなりのご挨拶はやめてくれってずっと言ってるだろ。メッセージの1つでも入れてくれ。文明の力があるんだから」
さり気無く嫌味を混ぜた軽めのご挨拶。効果がないのはわかりきっているけど、言わずにはいられないのが性ってもん。
「文明の力などくだらないね。私には必要ないし、私と君の間にも必要ないよ。こうやってちゃんと待ち合わせは成功しているのだからね」
「人を2時間以上待たせている奴の発言とは思えないな」
「洋の東西を問わず美しい女性を待つのは男性にとっての当たり前ではなかったか」
「もう少し詩織はモダナイズされるべきだとつくづく思うよ」
これで何度目になるかわからない改善要求。雇用主と従業員みたいな関係でもないんだから、嘆願は聞き入れられるべきだと心の底から思う、我。てか、雇用関係の方が聞き入れられるな、嘆願って。友人のよしみでほんとに頼みますよ。それと自分で自分のことを美しい女性と認識しているのはタチが悪い。それを盾にしたら大抵のことは許される、なんて誰がこいつに教えたんだ。ルッキズム全盛期の現代を呪う。
「つべこべ屁理屈を並べている暇があるなら、羽須美は私の気持ちにもう少し寄り添うべきだと思うんだ」
いつも通り言ってることが異文化コミュニケーションの範囲を高々と飛び越えている彼女に素敵なため息と一瞥をくれてやるだけにしてあげる僕って素敵。彼女にこう言った面で期待することは無駄だとわかっているので(自分への言い聞かせってほんと大切)、心の内ではちゃんとしっかりきっちり文句をできるだけ多く浮かべておく。これが彼女と向き合う上にあたって、個人的にメンタル面で大切なこと。それができずに消えていった人(物理的に)を何人見てきたか。そして僕が彼女にこれ以上寄り添うことはないし、できないし、やりたくもない。全ての意味で。
「それと、ここ屋上。わかります?普通はダイレクトで乗り込むところじゃないの。夜の空を歩いている珍獣(詩織)を人が見たら、それだけでSNSで拡散、明日の情報番組で取り上げられ、見つかったら捕まって即動物園行きの確定演出だよ」
「君は不思議なことを言うね。私は見つかるなんてヘマをしないし、動物園に収まる器でもない」
「動物園は僕の願望だから大丈夫」
「まぁ、私がアイドル並みだと言うのは自覚しているから、大丈夫だ。ありがとう。まぁ、人は自分がいないと決めつけていれば、意外と近くに常識を超えたものがあったとしても見えないもんさ」
そう、文字通り彼女は夜空を歩いてきた。なるべく某曲のタイトルよろしく駆けて来て欲しかったけど、優雅に夜を渡り歩いてきた。そんな不自然な光景は僕の日常を構成する一コマで、彼女が訳わからない頭のおかしな言説を宣うのと並列の事象なのである。
「おい、そんなことはどうでもいいんだよ。無駄なことを話している時間は無いんだ。行こうか、羽須美」
まるで何事もなかったかのように、夜の世界へと誘いにくる彼女。全てにおいて問題など何一つないと彼女の世界へ誘う姿を僕は何度見てきただろう。
夜空へと誘うかのように差し出された手を、僕は何度も拒む機会があったはずだ。
でもそれをしなかった。
それができなかった。
目の前の可愛らしくも美しい夜の塊みたいな、それでいてこちらをイライラさせてくることに長けた彼女を友人にしてしまったあの時から。そう、1年前のあの夜から僕は囚われてしまったのかもしれない。
そしてこの1年間で僕は飼いならされてしまった。犬のように彼女から差し出された手に自らの手を重ね、共に夜を彷徨い歩きすぎてしまった。
繰り返されている日常の一コマとして、今日もまた夜を重ねる。どうしてかいつもよりきつく握った掌に外気とは隔絶された彼女の微かな体温を感じながら。