大学の授業をまとめて試験勉強にするタイプのそれを小説に落とし込んでやっていけばきっと自分も後進も役に立つだろうと思って書き始める、そんなお話。 作:貞篇・咀嚼撰師
「で? 本当に代数学ってなんなの?」
ユウ青年はイチゴ氏へと問いかけた。そも彼は数学に詳しくはない、もっと言えば学業から離れて久しい。従って、数学云々の遥か手前に存在する大前提として『どういうのか教えて』はかなり真剣なそれであった。
「んーとね。さっき三行で言えってので伝えた通り、定義をしっかりとやっていくって学問だね」
「どこまでしっかりと?」
「最初は計算が出てこないくらいにしっかり」
「それは数学なの?」
「数の学問ですしおすし」
「そっかぁ」
一先ずそういうものだとユウ青年は理解した。
さて続いて気になるのはどんなことをやっているのかである。
「なんか分かり易いやつないの? 例でさ」
「じゃあ足し算の定義とか?」
「言われてみればそこを疑ったことはないや。すごいことやってるんだね」
まずはねー、と幼児退行したかのようにイチゴ氏はおはじきをぶちまけた。
「小学生でやったことを思い出してほしい」
「やったわこれ、内容覚えてないけど」
「ねー、私もー」
「今から説明する方がそんなんで良いんですか?」
胡乱げに胸を張るイチゴ氏を見上げると、ユウ青年はこう声をかけられた。
「あやふやだからこそ定義しないとね?」
「たしかに」
それもそうだとおはじきに向き直った。
さてと、と始まる疑似講義。掴みだけ済ませたとはいえ大学の範囲をやるのだ。計算はソシャゲのドロップ率くらいしかやってないがついていこうとユウ青年は決めた。
「まず写像ってのがある」
「はい今回の授業はここまで。お疲れさまでした」
「待ってよぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「少なくとも小学校ではしゃぞーなんか聞いたことねえよ!」
「それを説明するから!」
現代文が始まったのかと思って席を立ったらまだ話は始まっていないらしい。はぁ、仕方なし、とユウ青年は座り直す。
「昔はこう、おはじきを移してたじゃん。こっちのはこからこっちのはこへ~、ってさ」
「やってた記憶がある(ハナホジ)」
「でさ、10個から1個出すといくつでしょうみたいなのもあったじゃん」
「あった気がする」
でねでね! とイチゴ氏はおはじきを元々入っていた袋に戻す。それは透明であり、合計でいくつあるかは分からないが20くらいはあるように見えた。
「この袋が数の集まり、『集合』だと思って」
「ほう。それは自然数?」
「うん。今は簡単に考えるし自然数にするよ。今はこんだけしかないけど、自然数だから無限個あるかもしれないね」
「四次元ポケットみたいなね」
ぶんぶんと同意の度にイチゴ氏の長い髪が振り回される。まるで歌舞伎だなとユウ青年の脳裏に独り言が漏れ出た。
「で、その集合がどうするの?」
「ん。ここから机の上に.」
おはじきが1つ、集合から取り出された。イチゴ氏はそれを机の上へと放り投げた。
カツン
「落ちましたよ?」
「カットで」
「机の上に移したじゃん」
諦めて机上に手で置いたイチゴ氏。机をたしたしと叩いた。
「この机も集合だと思って」
「こっちはどんなやつ?」
「まだ空っぽなやつ。今1個数字が入った.『要素』がいっこの集合ね」
「なるほどな。本質的には四次元ポケットで、中には無くてもあっても良いんだな」
「いぇす」
仮にこれを1としてもいいの? との疑問にイチゴ氏は頷きを返した。
「これをある演算とするわけだけど」
「うむ。そこの集合から1個だけ数字をこっちに渡すんだな」
「そうそう」
で、と一息置かれる。
「こういう動きをする.今はこのおててが『写像』っていうの」
「ほーん?」
「まあ『関数』と捉えてもいいらしい」
「そう言えよ最初から」
ユウ青年の理解度が深まったところで本質に入るらしい。写像は関数、そこを頭に入れておこう。
少し落ち着いたところで、イチゴ氏はおはじきを数個ユウ青年に手渡した。
「それを机に並べると、そっちには4個の数字があることになるね?」
「うん。こっちは4つの数字がある」
「で、袋には.いっぱいある。うん、そういう状況です」
「コイツ等は決めていいの?」
「ん、好きな数字選んで」
ユウ青年は右から58、168、1、1とした。
「被りがあっても?」
「説明し易いからだいじょうぶい!」
そしてイチゴ氏が1つおはじきを取り出した。
「じゃこいつは~~~~~~~、8くんだ!」
そしてもうひとつ、50を取り出す。
「この、『集合から取り出されたものの和』が『その他の集合から取り出された数字』と一致する、これが加算.足し算なんだ!」
「あっそうなんだ!」
「やっぱりイコールが重要だよ」
ユウ青年はある程度、代数学がどんなことをするのか触りだけ理解出来た。
「じゃあよ、そっちとこっちに1があるとしたらその集合ってどういう感じになるんだ?」
「ん~.そうだねぇ」
袋をじゃらじゃら鳴らしながら、イチゴ氏が思索に耽る。
「そっちこっちに同じものが対応することは珍しくないんだよね」
「そうなの?」
「今は考えやすいように数字、それも自然数だけど。マイナス、有理数無理数、実数、そういうのもそうだし範囲を指定する集合もあるし」
「あーね、実数で範囲とか考えると珍しくもないか」
「そう。で、写像で考えると逆の概念を考えたくなるんだよね」
逆? とユウ青年はオウム返しをした。それに素直な眼差しで返答する。
「このおはじきで例えるとね? その机上の.1が2つとゴーヤと伊呂波? だったよね、それは全部この袋の中の自然数のカテゴリに入ってるよね?」
「そうだな。取り出したとはいえその袋は、自然数のカテゴリだから選んだ数字は変わらずその中にあるよな」
そうそう、と相槌を挟み、定義が部屋に響き渡る。
「この『集合から写像を通して他の集合を見たときに、その相手が自分の数字を全部含んでる』ことを指して『全射』って言うんだ」
「全射」
「全部が写像で写ってるしね?」
「なるほどな? ここで言えば、机は袋に対して全射.ってこと?」
「ちょっと違うんだ! ぜーんぶに対応してなくちゃいけないから、この袋に改めて机の上のを戻した.袋2号機は初代に全射って感じ」
「そっか、この机のは足りないんだな」
しかし、とイチゴ氏が続ける。
「この袋には1はひとつだけ、だよね」
「そりゃあそうだよな。自然数なんだから同じ奴は1個もない」
「逆に『集合から写像を通して他の集合を見たときに、相手が自分の数字を被らずに持っている』.向こうさんが複数同じのを持ってない場合は『単射』って呼ぶんだ」
「へ~.つまりどういうこと?」
えーとね、とイチゴ氏はろくろを回す。ついでとばかりに袋もじゃらじゃらと鳴りユウ青年は眉を寄せた。
「さっき出した2号機は初代から見て3つは被ってるじゃん。これは写像を通して1個に決まってない」
「うん」
「でも袋3号機に移すとして.移す時に数字を倍にしちゃいます」
「.それなら写像を、移す手を通して一対一対応がある」
「これを単射っていうのよさ」
「じゃあこれは?」
机の上を見てイチゴ氏は言い放った。
「カス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「少しはオブラートに包め」