本編終了後の時間軸なのでネタバレを含みます。
二次創作です。全てにおいて妄想の産物です。おかしな点は見逃して頂けると幸いです。
こちらはハーメルンにのみ投稿しております。
Side:グレース
部屋の片付けの最中に『思い出の品』やら『面白い本』なんかを見つけてしまって片づけが途中になった経験はあるか?ぼくは毎回そうだ。
体調がようやく『丸一日働いても疲れない』程度まで回復した頃、ロッキーがある提案をしてきた。曰く「きみの『家』に必要そうなものは全て運んだ。だがヘイル・メアリー内にはまだ多くの物資がある」とのこと。まぁつまり、この、ミニマリストのような部屋はロッキー(と他エイディアン達)が必要最低限だけ持ってきてくれた結果だということだ。
「もう少し色々欲しいな」
「手伝う」
「ありがたい」
そんなわけで、ぼくらは久々にヘイル・メアリー号に乗り込んだ。宇宙船から他惑星への引っ越し作業のために。まぁ、ロッキーがいれば、きっと『偶然見つけた面白い本を読んで2日が経過した』なんてマヌケな事態にはならないだろう。
「グレース、休憩」
「……そうだな。音楽でも聴くか」
ある程度活動可能になったとは言え、まだ本調子ではないのは事実。多分ロッキーはぼくの心拍数やら息切れやらでぼくの様子を見続けていた。彼はマルチタスクが得意だ。
「音楽。地球の音楽、質問?」
「そうだ。どれがいい?」
ストラットが全権をふるって詰め込んだ音楽だ。彼は気に入ってくれるだろうか?
「これ」
流してみて、頭を抱えた。英語ではない。英語ではないのだ、この曲。
「……知らない言語」
ストラット!きみ、日本の音楽まで詰め込んだのか!?遠く離れた地球に心の中で叫ぶ。叫んだところで仕方がない。せめて字幕でもあれば……あった!これだ!英語字幕があることに感謝しつつ、考えた。
「ロッキー、一つ提案がある」
「提案」
「画面には字幕を出せることが判明した。これを聞き終えた後、2回目にぼくが英語の字幕を読み上げる。そうすれば曲も聴けるし、意味もわかる。どうだ?」
「良い!良い!」
オーケー、片づけは明日でもできる。心の中で言い訳をした。
「さて、それじゃあ、翻訳の時間だ」
公平のためにぼくも1週目は字幕なしで聴いていた。どうもこの曲は日本語の曲らしい。タイトルが英語(スペルミス?わざとかもしれない)だったから油断していた。かしのいみはわからなかったが、なんだか良い曲だ。
字幕をつける。もう一度はじめから、音楽が再生される。
<もしもあの改札の前で立ち止まらず歩いていれば 君の顔も知らないまま幸せにいきていただろうか>
翻訳する都合上、1フレーズごとに一時停止が必要だ。さっき1度聞いておいて良かった。
「改札とは何、質問?」
「電車……あー、多くの人間を遠くに運ぶ地球の乗り物に乗る際にひとりひとりが窓口で支払いをする手間を省くための機械だ」
「エリドにはない」
「だよな」
満員電車もないのだろう。羨ましい。
その後も「リノリウムとは」「逆立ちとは」とこまめに一時停止をしながら、翻訳をしながら、聴きながら……すっかりぼくもマルチタスクだ。
<ここも銀河の果てだと知って 幻暈がした夜明け前>
翻訳をして、思う。
ああ、そうだ。自分が太陽系にいないことに気付いたときは衝撃だった。落ち着くために深呼吸をしていたがそれも途中で投げてしまったほどに衝撃だった。記憶喪失の中ようやく自分の名前を思い出した直後だったんだ、許して欲しい。
Side:ロッキー
ニホンゴの曲を、字幕が英語にする。字幕の英語を、グレースが話す。それを、ぼくは聴く。そうして、この曲の意味を知る。あとでラップトップで英語以外の地球の言語も勉強しなければ。
<聞こえて 答えて 届いてほしくて 光って 光って 光って叫んだ>
<金網を越えて転がり落ちた 刹那 世界が色づいてく>
そうだ。ぼくは叫んでいた。誰にも届かない声をあげて。どこにも届かない光を出しながら。46年間。そうしたら、きみと出会った。
金網は越えていないが、ブリップAからそちらに転がり込んだ。光を聴くきみに、色を教わった。『世界が色づいてく』感覚を覚えた。
「グレース。この曲はぼくときみの曲かもしれない」
「そうかな」
こちらをあまり見ないまま、グレースは翻訳を続ける。
<何光年と離れていても 踏み出した体が止まらない>
「これはぼくを助けに戻ってきてくれたときのきみ」
「……確かに、そんな感じだったかもしれない」
ようやくぼくをみたグレースが笑う。
だが、不思議だ。この曲を作った地球人は、ぼくらのことを全く知らないだろうに。
Side:グレース
やや転調して、2番の歌詞になった。少し低めの声に、やや暗い歌詞。
にしても、<酷く逃げ惑う鼠>か……ああ。乗ることを拒んでもなお載せられたときのぼくは、そんな感じだっただろうな。
そうだ。ぼくは無理矢理乗せられた。ぼくは自分の意志で乗ったわけではない。ぼくは拒んだ。拒否権が、なかっただけで。独房に入れられた。引きずられて、蹴飛ばされて、悲鳴を上げて……薬を打たれて……昏睡状態のまま、ぼくは打ち上げられた。『地球は青かった』と言う猶予もなく、気がついたときには太陽系の外だった。記憶喪失にさせられた状態で。
「グレース、体調不良、質問?」
ロッキーの声に顔を上げた。すっかり翻訳の手が止まっている。考え出すと手が止まるあたりまだ本調子ではないな。ヘイル・メアリー号に居た頃なら考え事をしながら手を動かすことぐらいできていた。どうりで心配されてしまうわけだ。
「ああ、いや……そうか、きみには、言っていなかったっけな」
「なにを、質問?」
「……家に戻ってから言うとするよ」
いま言うと、翻訳も片づけも、それどころではなくなってしまうだろうからね。
Side:ロッキー
やや表情の暗いグレース。
翻訳は、続いている。ぼくはこの曲が好きだ。聴いたことがない音がたくさんあるし、英語とも異なる言語も不思議な感じがする。そして、グレースの翻訳を聴く限り、ぼくやグレースらしい歌詞が多い。
<もしもあの改札の前で立ち止まらず歩いていれば 君はどこにもいやしなくて僕もここにいなかった>
『改札』はない。けれど、もしもタウ・セチのあたりで立ち往生しなければ。きみがヘイル・メアリー号でタウ・セチにきてくれなかったら。そもそもアストロファージがエリダニやソルを食べ始めなかったら。
きみはぼくに、ぼくはきみに、であうことはなかった。
「……さて、ロッキー」
やや元気の無いグレースが、ぼくを呼ぶ。
「片付けに戻ろう」
「賛成」
もともと休憩が目的の音楽鑑賞だったはずだが、かえってグレースは元気が無くなってしまった。……失敗だったかもしれない。