本編終了後の時間軸なのでネタバレを含みます。
二次創作です。全てにおいて妄想の産物です。おかしな点は見逃して頂けると幸いです。
pixivにも同タイトルで投稿しております。
[Side:グレース]
ビタミン不足で文字通り死にかけていた頃は、味なんて考えられなかった。味覚障害もあったのでは?と、今になれば思う。
だが今は違う。なまじ元気になってきたせいで今まで気になっていなかった『味』の部分が気になって仕方ない。具体的に言うとそろそろしょっぱいものがほしい。あと辛いものも。ハンバーガーがいいな。ポテトだってほしい。コーラは……いらないな、甘い飲み物は山ほど飲んでいるので。駄目だ考え出したらどんどん食べたいものが出てくる。あの日資料燃焼炉で焼いたブリトーは美味しかった。
こんな『下品』な話を相談できる相手など一人しかいない。
「ロッキー」
「何かあった、質問?」
「"下品"な話で恐縮だが、その……ぼくの食事に関して頼みたいことがある」
ぼくの話に、彼は動作を停止させた。エリディアンにとって食事は完全なプライベートだ。最もぼくは好奇心に身を任せて彼の"食事"を見た事があるが。
「心の準備ができた。頼みたいこととは?」
「いつも同じ味ばかりだと飽きが出る。タウメーバとビタミン強化ソーダでぼくの肉体はかなり回復したが……そろそろ別な味のものが食べたい」
しばらく言葉にならない音声(人間で言うところの「うーん」のような音だろう)を零したロッキーは、意を決したようにぼくに両手を伸ばした。
「きみには人間の味覚について講義してもらう必要がある」
「……きみたちにとって食事は隠すべきものなのでは?」
「イエス。だが科学」
「オーケー、科学」
ぼくとしては全く構わない。食事は隠すべきもの、というのはあくまでエリド式の話だ。仮にこれで「地球人は公然の面前で食事の話をする破廉恥ぶよぶよ宇宙人」だと思われても構うものか。人間にはQOLというものがあるんだ。
キセノサイトの壁の向こうにずらりと並んでいるのは、たくさんのエリディアン。普段は教室として使われるミーティングルームだからか、少しばかり仕事モードのスイッチが入る。
「よくわからない言い回しがあった場合は途中でも遠慮なく聞いて欲しい。ぼくか、あるいはロッキーが答える」
今や彼はこのエリドで2番目に英語のリスニングが得意だ。いや、もしかすると1番かもしれない。ぼくも随分、映像や音楽以外の英語を聞いていないので。
「では、はじめさせてもらう。まず人間の口腔内の構造から。見たくなければ……あー、こちらの何もない空間を注視していてほしい」
そしてぼくは人体模型を取り出す。
ざわめく会議室。この感じには見覚えがあるぞ。確か、ええと……そう。教室の外から見た保健体育の授業だ。
いつからぼくは保健体育の先生になったんだ?
まぁ、いい。今だけはそれも受け入れよう。
「さて。話を続けよう」
ロッキーを相手に予演をした際、「見たくなければ目を閉じてくれれば」と口走って「ぼくらは目を閉じられない」と指摘を受けた。ごもっとも。なのでかわりにこの"聞きたくないときのための空間"を作った。たとえるなら画面酔い防止の×印、あるいは耳栓だ。
「人体の口腔内には舌と呼ばれる味覚の受容体と、ものをかみ砕くための歯がある」
たしかヘイル・メアリー号でロッキーの食事をみた際、彼の口には歯のようなものはなかった。咀嚼が必要というのも異文化なのかもしれない。
「さて、口腔内の構造はこの辺にして本題に移ろう。全員できればぼくの方を見てほしい」
数人のエリディアンが身体の向きを変えた。目を閉じていた生徒が目を開けたときのようだ。もっとも彼等は迷走神経反射で倒れることはないだろうが。
「味覚は5種類。甘味、苦味、塩味、酸味、そして旨味。甘味はグルコースだ、わかりやすいな。苦味は主にアルカロイドだ。塩味は塩化ナトリウム、酸味は色々あるが安全なものならビタミンC。旨味は……説明が難しいが、物質名ならグルタミン酸だ。この5種類が基本の味覚となる」
わかりやすさのために分子式の模型を持って説明をする。どれもビタミンの合成よりは簡単だろう。
「痛覚もある。口を噛めば痛いし……カプサイシンと呼ばれる物質はこの痛覚に作用して「辛味」という感覚を生む」
先ほどとは異なるざわめきが生じた。
「なぁ、ロッキー。これは……」
「わざわざ痛みを耐えながら食事をする地球人への畏怖」
「畏怖……」
彼等に辛党の存在を教えたらそれこそ倒れてしまうのではないだろうか。
「まぁ、カプサイシンが多すぎると口腔粘膜を火傷するのでこれは後回しで構わない。とまぁ、以上が概要だ。何か質問があれば、どうぞ」
ぼくが答えられる範囲の質問でありますように。いつだって質問を受けるときは、心の中でそう願っている。
[Side:ロッキー]
「思ったよりすごい話だった」
「そうか?」
まさか。
まさか痛みすら味覚の一部にしてしまうなんて思わなかった。地球人は怖い。こんなに水にあふれたぶよぶよが、それも火傷するリスクまで負って痛みに耐えて食事をする場合があるなんて。
「辛党の存在を教えなくて良かった」
「辛党とは、質問?」
「口腔粘膜の火傷を恐れずに大量のカプサイシンを摂食する嗜好のある地球人のことだよ」
「恐怖」
きみがそんな命知らずではなくてよかった。ほんとうに。
そんな事を考えていると、彼の口から意味の無い音が洩れた。あくびと呼ばれるものだ。
「眠い、質問?」
「少し夜更かしをしたものだからね」
「きみは寝る、ぼくは見守る」
「そりゃあいい!きっと今夜は熟睡だ」
二回り小さくなり、一回り大きくなったグレースが笑う。
……たまには彼の眠りも見守りに来た方が良いだろうか?困ったことにきみってやつは、何かあるとすぐ自分の睡眠時間を削るものだから……。