「ふふ、私みたいな変人をそんなイベントに参加させようなんて考える奇特な人物が、そういるわけないだろう?」
それなりに盛り上がりを見せる学園のハロウィンイベントを横目に、参加しないのかとカフェが問えば至極もっともな回答が返ってくる。と、いうよりも自らを変人だと自覚しているのであれば、常識人に近づけるように少しはまともな生活を送ることを考慮に入れればいいのに、と思う。だが、それで自らを矯正しないからこそ、彼女はアグネスタキオンとして存在できているのだろう、ともカフェは考える。
「そもそも、君は仮装しているじゃないか。こんなところで日陰者の過ごし方をしていないで、折角の行事を楽しんできたらいいだろう?」
「…仮装といっても、黒い三角帽子を頂いただけです。お菓子の準備もしていませんし、それにこういった雰囲気はあまり得意じゃないので…」
「ははは、気が合うなぁ!」
そう笑いながら、タキオンは今日も薬品を遊ばせる。袖の中に隠したままの掌で器用に試験管を手にして、もう片手に持った試験管の中身を入れる。ぼん、と小さく破裂の音が響いて黒い煙がもうもうと溢れるのを満足したような表情で眺める超高速の探究者に、漆黒の摩天楼は溜息を漏らす。
大体予想はしていたが、このマッドサイエンティストはイベント事が行われていようと通常運転のようだ。今日も今日とて、お菓子を欲しがる子供の顔よりも机の上に並んだ薬品に笑顔を向けている。作っているのは新しいサプリメントか、それともまたトレーナーを光らせる謎の薬品か。生憎、薬物に関して微塵も知識のないカフェにそれは分からない。
実験に集中、というか夢中になっている白い背中に、ふとカフェに悪戯心が芽生えた。普段から散々に振り回されているのだ、こういうときくらい自分が振り回す側に回っても許されるだろう。そう意を決して、黒い魔女帽子を深めに被るとカフェは静かにタキオンへと近づいた。背後まで近づいても気付いた様子のないタキオンを後ろから抱きしめる。急な反応に驚いたのだろう、僅かに机の上に薬品を零した少女が焦ったように布巾で机を綺麗にするのを眺めながら、カフェは特段気にすることもなく耳元で囁いた。
「トリック・オア・トリート…です、タキオンさん」
そう言えば、耳元で囁かれるのは耳が敏感な彼女にとっては好ましくなかったなと、反省しながらも、カフェは抱きしめる力を弱めず、むしろ僅かにぎゅ、と力を込めた。
「ははは、情熱的だねぁ、カフェ。だけど生憎、トリートに渡せるようなお菓子はないんだよ、すまない」
手にしていた試験管を試験管立てに戻して、タキオンは彼女に謝罪を告げる。
「…それなら、トリックですね?」
「…はぁ。あんまり、無茶というか無理な要望は控えてくれよ。せめて、私が普段治験を頼んでる薬と同じくらいので頼むよ」
「…そんな、物騒な真似しませんよ?…こっちを向いてください」
「随分言うじゃないか。これでも安全性はしっかり確認したうえで治験を頼んでいるんだ。物騒っていうのはもっとこ、ぅ、んぅ…!?」
キャスター椅子の上部分を回転させて向きを変えるタキオンの頬に手を添えて、カフェは無防備な研究少女の唇に自身のそれを重ねた。舌も重ねない、本当に唇を触れ合わせただけに過ぎないそれでも、カフェの心臓の鼓動を突き動かし、どくどくと血液を何倍もの速度で全身に送り出す。
突然の出来事に呆然としているタキオンを尻目に、顔を真っ赤にしたカフェは深く帽子を被って赤く染まった顔を隠そうとする。しかし、見上げているタキオンからはカフェの赤く染まった耳や頬がはっきりと見える。
「カフェ…、これは」
「…それ、では。失礼します…!」
恥ずかしさで燃え上がりそうな頬を掌で隠すように添えて、部屋を早足で後にしようとするカフェの腕を慌てたようにタキオンが掴む。
「…っ、は、なしてっ、っ…!」
抗議しようと振り向いたカフェの唇を今度はタキオンが奪う番だった。自らより僅かに小さなカフェの身体を抱きしめて、彼女の柔らかい唇を自らのそれで柔らかく食む。その刺激に目を瞑ったのを狙ったように舌先でカフェの唇をノックする。それに驚いて薄く開いた隙間に舌をねじ込んだ。口内を逃げ回る前に素早くカフェの小さな舌を絡み取り、くちゅりくちゅり、と淫靡な音を響かせながら重ね合う。
そもまま部屋に置かれたソファに崩れるようにして倒れこむ。瞳を潤ませながら、こちらを見上げてくるカフェの様子に興奮を煽られて、タキオンは白衣を煩わしそうに脱ぎ捨てて床に放り投げた。
「っ、タキオン、さん…」
「あれだけやって、やり逃げは卑怯じゃあないかい?今度はこちらの番だ、カフェ」
僅かに切れた呼吸を零しながらタキオンはカフェの耳元で囁いた。
「トリック・オア・トリート、だ」