楽しいかどうかは、分からない。
でも、話すのは多分楽しい。
―――私たちは、これからどうなるんだろう。
「じゃああれは?がっこう、ってやつ」
「学校かぁ…、学校って言っても【先生】とか【生徒】とかあるらしいからなあ」
この前に映画を見てからだろうか。ユーはあれ以来平行宇宙というか、もし私達がこんな旅をする必要がない生き方をしていたら、という話をすることが増えた。今みたいに、こういう可能性だと私達はどんなふうに生きるのか、なんて具合だ。
「【先生】ってあれでしょ?おじいさんみたいに教える人。じゃあさー、ちーちゃんは私の先生になったりするの?」
「いや…、年も近いし先生にはなんないだろ。…多分」
「えー、なんでなれないの?」
…確か、前にも学校の話はしたはずなんだけどな。相変わらず、食べ物とか自分の興味のある事以外に関してはもの覚えが悪い。今に始まったことではないのだけれども。
「それで、大人になって【教員免許】ってやつを貰わないと先生になれないから、【生徒】である子供は先生になれないんだって」
「ふーん、何か面倒くさいね」
「まぁ、間違ったことを教えると色々危ないんでしょ、多分。それに、大人になってから通う学校もあったらしいし…」
「えー、何で大人になっても勉強するの?」
でも、正直に言えば、この話題を楽しみにしている自分もいる。
何処に行っても雪と瓦礫しかない代り映えのない世界では、話題にできるようなものはそうそう見つからない。最近は神様の像とかカメラとかユーも興味を持つものも見つけられたが、話のネタに困ってたのも事実だった。本で知ったことを思いつくままに話してたこともあったけど、ユーは覚えるのが苦手だからそこが少し不満だったりする。けれど、こういう風な話題であれば私も話していて楽しいし、喋ったぞ!って感じがする。
「えぇ~、学校終わってからも勉強しないとだめなの?いやだ~」
「そう言って面倒くさがってると、廊下?…教室の外?に立たされることもあるって」
「いやぁ、平和な世界ってのも大変なんだねぇ」
「そういう話でいいのなのかな…」
何より、「何それ」からの「ふーん」が何時もの調子なユーが、こんな風に楽しそうに聞いてくるのが嬉しくて堪らない。だから、私はユーにこういう風に聞かれたらなるべく多くのことを話すようにしている。
…雪の降る、風も冷たい、無機質なこの世界で、私は結構心が折れそうになっている。ケッテンクラートは何時動かなくなるかもわからないし、食料が無くなる前に一番上に辿り着ける保証もない。もっと言えば、一番上に何があるのかもわからないし、もしかしたら上に昇っているつもりで本当は下に向かっているのかもしれない。…流石にそれはない、と信じたい。でも、私達が生きている“今”は、そんな不確かで何も約束されてない、いつ崩れるかわからない積み石みたいなものだ。生きる意味なんて本当は何も無いのかもしれない。けれど、
「うーん、どうにか勉強せずに大人になれないものか…」
「勉強できないやつには仕事も食料もなかった、みたいだぞー」
「うーん…。仕事は別にいいとして、食料もないのか…」
けれど、そんな不確かな世界できっと、ユーだけは確かなままでいてくれるんだと思う。
そんな、しんみりした気持ちを抱えて、私はケッテンクラートのスピードを速めた。
***
最近ちーちゃんの眉間が平らなことが増えたのは、気のせいじゃないと信じたい。他にも、いつもより寝付きがよくなった気もする。普段から寝る癖が付いてる私と比べるのはあれだが、気付いたら寝てた、なんてことおじいさんの家を出てから見たことが無かったから。こういうのは何と呼ぶんだったか、確か腕の力が抜けたとかだった気がする。なんにせよ、ちーちゃんの苦しさ、というか悩みは前よりも小さくなった、はずだ。
「んぅ、ぅい…」
「おぉ、起きない」
頬を軽くつねっても少し身じろぎしただけ。旅を始めたばかりの頃は私の寝言で起きたくらいだったそうだ。それが本当か嘘かは分らないけど多分本当なんだと思う。普段から怒りっぽいし、ちーちゃんは色々気にしすぎるのだ。
そう、ちーちゃんは気にしすぎ。生きる意味とか、正直何の役に立つのか分からないことなんかも考えるし、変に進んだ先に何があるのか警戒してしょっちゅう不安になる。そんな風に考えても頭が痛くなるだけなんだから、無駄に頭を使わないほうが楽なのに。
「うい、うい」
「ん…、ん~…」
私よりもがさがさと荒れた頬をつつきながら、でも、そんな風に考えられるちーちゃんが少し羨ましい、なんてらしくない考えを抱いてしまう。もういつからだったかなんて覚えてないけれど、私は未来とか少しも考える気が無くなってしまったから。
より正確に言うなら、私は今にしか興味なんてなかった。昔のことを考えるのは正直苦しい。気付いたら家族なんていなかったし、おじいさんとも離れ離れになった。カナザワやイシイと出会って、みたいないい思い出もあったけど、旅で出会った多くのことは寒くてひもじくて痛くて、そんな思い出ばかりだった。
未来は、もっと考えたくなかった。いつかこの旅が終わって、それから私達がどうなるかなんて考えられないしそうしたいとも思わない。もしかしたら明日細い橋を渡ることになってその途中に落っこちて死ぬかもしれないし、建物が倒れるのに巻き込まれて潰されるかもしれない。旅立つ前は、そんな風に明日のことを考えて何度眠れなかい夜を過ごしただろうか。だから、正直「もしも」の話をするのも好きじゃない。ただ、ちーちゃんが楽しそうに話してくれるから私もそれをしてるだけだ。
あぁ、それで思い出した。まだ私がこんなに馬鹿じゃなかった頃、ちーちゃんによく怒られたっけ、『そんなにメソメソするな!』って。
実際、ちーちゃんは強い。そう思う。
あの頃から、明日何が起こるかを考えても私みたいに泣くことなんてなかった。旅をするようになって怖がっていることに変わりは無い、ってことにやっと気付いたけど、それでもちーちゃんはちゃんと前を向いて未来に何があるのかを考えられる。私みたいに、未来に勝手に絶望して考えることを止めることをしなかったし、その為に必要な知識を覚える努力をしていた。私はできなかった。何かを知るたびに、生きることが嫌になったり余計に色々考えて泣きそうになるから。それをできるちーちゃんは凄い。
「んぐ…。ゆ、ゆー…?」
「ぅお、…と」
つつきすぎたのか、眉間に皺が戻り始めたから慌てて頬に添えていた手を離した。毛布をどかさないようにもしたから、きっと…こっけ?に見えただろう。まぁ、いいか。
でも、そんなちーちゃんだから私は時々不安になる。いつかそうやって未来を見ることに疲れ果ててしまったとき、私はきっと何もできない。それに、もしも旅が終わってその後も生き残れたとしてもいつまで一緒にいられるんだろう。ろくに頭の使えない私は、いつかちーちゃんに見捨てられるんじゃないだろうか。いつか来るかもしれない「もしも」が本当に来た時に、私はきっとそれについていけることは無い。そう怯えて、恐れて、それでも私は未来に目を向けられないでいる。
「…ねぇ、ちーちゃん。」
当然返事はない。私は、静かな寝息を立てるちーちゃんが起きないように慎重に覆い被さる。隙間風に歪んだ表情も直ぐに戻って、また等間隔の呼吸に戻った。かさかさの唇も、一向に消えない隈も、それこそ普段の荒っぽい言葉遣いも、昔から変わらない手を出す癖だって、私は手放せないでいて、これからもずっと手放したくないと思うのだろう。
いつだってそう、馬鹿になってからは特にそう。前に進むことも未来を見ることも、後ろを向くことも過去を思い出すことも出来なかった私は、
「私は、今しかいらないんだよ」
彼女にしがみついたまま、ここにしかいられないままでいる。
少女終末旅行、今でも好きな作品です。
可愛くて、切なくて、暖かい。
…そんな作品を汚してるんじゃないか、と不安でたまりません。
弁明をさせていただくならば、少女終末旅行のアンソロジーのつくみずさん本人の書き下ろし作品でユーリが呟いた台詞がこの作品の根底にあります。
作中ではかなりぼんやりと直感的に生きているように見えるユーリは、実は色々考えていて結構繊細な面があるのではないかと考えました。反対に、チトは色々勉強したり先のこと考えたり、精神的には(ユーリと比較して)かなり前向きなんじゃないかと思った次第です。