時は昔、鈴掛という兵士がいた。調岩笠という者を上官にもつ、至って平凡な一般の兵士であった。
彼は好奇心が強く、強烈な知りたがりで、噂好きだった。当然、都で起きたかぐや姫とやらにまつわる噂も知っており、それで仲間と談笑していた時である。上官の岩笠が、帝から勅命を受けたらしい。明日には出発すると意気込んでいる。
仲間の一人が勅命の内容を問う。岩笠は不死の薬を焼きに駿河の山行くのだ、と淡白に答えた。鈴掛は興奮した。噂で聞いていた物の実物が見られるとは、もしそれが本物なら、あわよくば───
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駿河の山の麓まで行った時だった。その時はもう夜も遅かったから一度野宿して明日登ろうという運びになる。夜番が必要となり、鈴掛はそれを率先して引き受けた。ある狙いがあったからである。
皆が寝静まった頃、鈴掛は密かに不死の薬を少量掴み取り、自らの口中に入れた。興奮と期待で味はわからなかった。視線を感じたような気がしたが、気にならなかった。次の夜番を起こしてそそくさと眠った。
鈴掛はどうしても知りたいことがある。かぐや姫は何処へ行ったのか、だ。いや、実はこっそり月との合戦に参加していたので彼女が月の使者と共に"月"に帰った事は知っている。問題はその月とやらがどこか皆目わからん事である。その事に疑問を持ったと同時に、"月"に行ってみたいとも思った。
だがそのためには必要な技能がある。月の使者共のように空を飛ばないといけないのだ。しかし今の人間にはとても不可能である。
そこで鈴掛は考えた。今の人々には不可能かもしれない。だが未来の人々ならどうか?鈴掛は平民の出にしては珍しく、字が読め、想像力が豊かで物作りや先見に天性のものがあったりと、要約すれば天才だった。故に未来の事が想像出来て、そこに可能性を見出したのである。
長生きすれば良い物も思いつくだろうと、そこで欲しくなったのが不死の薬だ。かぐや姫から帝に贈られたというそれは、帝にとっては価値がなかったが、鈴掛からしてみれば垂涎ものである。
だがしかし、元々は帝の物で分けてくれといって本当に分けてくれることもあるまいと、少し諦めていた。
しかし!状況は変わった!上官の岩笠にくだんの勅命が来たのである。
かくして鈴掛は行動に移したのだ。
翌朝、登山は予定通り進められ、予定通り山頂に到達し、予定通り不死の薬は焼かれた。ぼうぼうと煙があがり、立ち昇っていく。─────
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あれから何事もなく20年ほどが経った。体調、周りの環境、世間。特に体はすこぶる好調だった。いや好調すぎた。かつての仲間は皆体の限界に悲鳴をあげ、姿も随分老けた。自身はどうだろうか。かつてと変わらぬ姿形、体力、体調。確実にあの薬のおかげである。
ただ一つ困ったことがあり、周りからの奇異の視線を受けるようになった。当然である。さらに奴は禁術をつかったのではないか、妖なのではないかなどと当たらずとも遠からずな偏見を言い始めた者もいた。
さすがに精神的に厳しくなり、鈴掛は上官の調岩笠に相談をした。岩笠は親身になって聞いてくれた。話が終わった後、岩笠に解決策を尋ねると彼としては冗談混じりに「老いているように見せかけるために化粧をしてみてはどうか。」と言った。鈴掛には天啓が降りたようだった。
岩笠は彼の興奮した様子に困惑したが、嬉しそうだったのでそっと仕事に行かせた。
翌日それは決行された。いきなり老けると逆に怪しまれるので、ほんの少し老けたように化粧をした。皆の視線は変わらなかった。
次の日、昨日よりは少し老けたように見せた。やはり視線は変わらなかった。
次の日も同じようにした。その次の日も。またその次の日も。
それを続けた時間が1年をこえた辺りで、奇異の視線は止んだ。見た目は実年齢相当のものになり、仲間からはなんか老けた?と言われたりしたが以前のような怪異と触れるような扱いはされていない。つまりは、作戦は成功したのである。
そこから3年が経った。同期は次、また次と引退または辞職しており、くだんの件でお世話になった岩笠も近々引退するらしい。寂しくなったので、もうほとんど使っていない給与を使用して、菓子と酒を買って岩笠の家に向かった。
岩笠は快く受け入れてくれた。家に上がっで話し始めた時はしんみりした引退に関する話をしていたが、岩笠が鈴掛の持って来た酒を一杯煽ってから流れが変わった。二人はくだらない思い出や与太話に花を咲かせ、飲み明かした。
空も微妙に明るくなって来て、そろそろお開きの雰囲気のときだった。
「一つ質問したい事がある。鈴掛、お前、あの時、あー、あの不死の薬焼きにいった時だ。あの夜お前不老不死の薬飲んでたよな。なんでだ?」
鈴掛は岩笠の言葉をしばらく咀嚼した後、とんでもなく当惑した。あまりの衝撃に呆然としていると
「なんであん時不老不死の薬飲んだんだ。不老不死になんでなりたかったんだ?」
と畳みかけられたので鈴掛は動揺が極まり挙動不審となった。
「いや別に今更捕まえようってわけじゃねぇ。元々焼く予定のモン食われたり飲まれたりしてもわざわざ捕まえようとも思わねぇ。」
圧倒的に狼狽する鈴掛の様子を見かねて岩笠が害意がない事を説明した。
「で、では何故その様な事訊くのですか。」
震える声で鈴掛は問うた。岩笠は少し考えてから答えた。
「単純に俺が、おまえが不老不死になった理由を知りたいだけだ。ただ良からぬ事を考えているならば話は別だ。...しかしだなぁ、何か企んでる様子もないしなぁ。おまえずっと空見てたもんなぁ。」
鈴掛は確かにかぐや姫の一件から四六時中空を見上げてげていた。
近所の小僧から天と交信しているなどと揶揄われていた事をふいに思い出した。鈴掛は顔が少し熱くなったように感じた。
「話が少し逸れたな。で結局何がしたいんだ。」
特に迷いもなく鈴掛は答えた。
「"月"に行きたいんです。」
今度は岩笠が当惑する番であった。
「...正気か?...いやそもそもその願いと不老不死とはなんの関係がある?」
「今の人々では月に行くなど夢のまた夢、しかし...遥か未来ならば?」
鈴掛は興奮した、無邪気な子供のようだった。少なくとも岩笠はそう感じた。
「それで不老不死を、か。ちなみに月へ行く理由は?」
少し間があった。
「かぐや姫っていたじゃないですか。彼女が何処へ行ったのか、一目見たいと思いまして。」
「...物好きだなぁ。いくら気になったってわざわざ見に行く奴も珍しいわ。」
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お開きとなり帰路に着いた鈴掛は、あの話をした事を後悔とも満足とも言えない感情で思い直していた。しかし不思議と悔いはない。─────────────────────────
あれから3カ月が経った。この3カ月間で鈴掛の同期は完全に居なくなった。そして引退した岩笠から連絡がきた。
文には『明日の早朝に役所に来い。色々話がある。』とある。
翌日、鈴掛は急ぎ足で向かい、役所の戸を開けた。
役人に案内されて奥に行くと、岩笠といい服を着た体細めの初老の役人が居た。
「単刀直入に問う。貴様は不老不死か?」「えっ、はい。」
唐突な質問にしどろもどろに答えた。位が高そうな人なので無礼の無いように気をつけ始めた。
「人違いでは無いな?岩笠よ。」 「間違いなくコイツですよ。お付きの方。」
お付きの方とやらは封筒を取り出し鈴掛に渡して来た。
「それは帝の私物だ、丁重に扱え。帝からは『その中にある手紙をかぐや姫にわたせ』との勅命だ。」
「今しれっと言いましたけど、えっと、帝...?」
「いかにも、帝の物である。」
当然動揺した鈴掛は即座に岩笠に視線を向けた。岩笠は愉快そうな顔をしていた。鈴掛は少し殺意を抱いた。
「...これって帝が生きていらっしゃる間に渡さないといけないとかそうゆう条件とかってあります?あったら大分辛いんですが。」
「...帝は今朝崩御された。」
鈴掛はさらに動揺した。となりの岩笠も動揺している。
「帝は遺言に『この手紙を不老不死の者に送り、かぐや姫に渡せと言う勅命を出せ。私は今病に倒れ、恐らくもう亡くなるだろうが、手紙は残る。なんとしてでも彼女にこの手紙を渡さないときっと私は成仏できない。』と。」
いよいよ手紙を届けない訳にもいかなくなった。勅命だからというのもあるが、遂行しないと帝に呪われるかもしれないというのが鈴掛の恐怖を煽った。
仕事を終えた御付きの人は役所を後にし、部屋には岩笠と鈴掛だけが残った。
早速鈴掛は不老不死の件を問い詰めた。岩笠の言い訳した。
「いや何、おまえのことを噂していたらなんの偶然か帝の耳に入らしてな、それで問い詰められておまえのことを話したらこうなった。すまんな。」
鈴掛は殺意が結構湧いた。鈴掛が不満気に岩笠を凝視していると、彼は詫びとでも言うかのように一枚の紙を鈴掛に渡した。詳しくみると土地の相続届けであった。
何やら都の方へ隠居するから税のかかる土地はいらないので譲渡する、ということらしい。鈴掛からすれば願ってもない事である。土地と田さえあれば最低限生活できるし、兵士を続けなくてもよい。
もはや水とそこらの雑草を煮た物でも生きていける体になった鈴掛は、生きていくだけなら田も土地もいらない。しかししばらくは兵士を辞める口実にするため、それらを貰い受けることにした。───────
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30年の時が経った。いよいよ身分を誤魔化すことが難しくなってきたので土地を国に返した。
30年の間色々空を飛ぶ方法を試した。鳥の翼のような物を付けて高所から飛んでみたり、本当に誰も使っていなかった投石機を改造して跳んでみたりしたが、大怪我をするばかりであった。傷はすぐ治るから問題ないが、痛いものは痛い。
30年間で生まれた失敗物と家と土地と田にさよならをして、鈴掛は浮浪人と化した。
ここから鈴掛は大分頑張る事となる。
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