あれから300年ほどが経過した。鈴掛は今対馬に居た。─────
駿河から西に歩き始めてから3年、鈴掛は野盗や野良犬に襲われまくり、かなり疲弊していた。そいつらに負けても死ぬことはない、いや殺されるには殺されるが死にはしない。問題は物資がほぼ剥ぎ取られたことである。
服は引き剥がされ、食料や飲み物、予備の衣類などを入れていた風呂敷はそれもろとも霧散した。最終的に野盗に捕まり、そのまま奴隷として連れていかれそうだったので元兵士の意地でなんとか数人切り伏せ、逃げた。残ったのは短刀一本と体にまとわりつく布切れとなんとか取り返した封筒だけだった。
どうしようもないので一度駿河に帰った。街の隅っこで野宿している時に冷静に考えた結果、フラフラと歩浪するのではなく、目的地を決めてしまうのがいいと結論付けた。ルートを決めさえすればある程度は野盗は警戒できる。
では何処へ行くか。自身の小目標は空を飛ぶこと。空を飛ぶ方法はとても思いつかないが、いつか思いつくかもしれない。そのためには沢山知識を付け、考え続ける必要がある。
情報や知識は多い方がいい。一見関係のなさそうな知識でもあとで役立つかもしれない。よって第一条件は情報と知識の集まる場所。
そして一人で考えるよりは複数人で思考した方がより良い物を出せる。こんな気狂いの空を飛びたいなどという虚言に付き合ってくれる奴はいないだろう。ただ知識を借りるだけなら出来る。知識人は存外知恵を気軽に分けてくれる人が多い。
気軽に話しかけられる知識人というと商人である。商人の中でも優秀な部類である海外と貿易している商人が好ましい。よって第二条件は海外と日本の窓口に位置する場所。
するともはや一択である。太宰府の方だ。つまりは九州、西日本の重要拠点である。あちらでは外交、貿易が盛んだし、国内外から情報や知恵が集まる場所だ。まさに条件に合致する最高の地域、鈴掛の中では行くことは確定した。後は準備を整えるだけである。
そこから30年、都でギリギリ生きていた岩笠との縁をフル活用し、居候をしながらもらった食料を布職人に売り捌き、布商人になる地盤を作った。商人になる理由は色々あるが、九州の方で貿易する時便利だからというのが1番の理由である。
かくして寿命で大往生した岩笠を尻目に良質な布を携えて九州を出発した。家と鈴掛の商売の利益は岩笠の息子に渡した。
30年前、野盗や野良犬に襲われまくった事を考慮し、山などにはあまり近寄らず海からのルートで行く事にした。こんなこともあろうかと普段物資を船で運んでいる船頭の方々に普段から食料を分け全力で媚びていたので、ご好意で博多まで物資運搬ついでに送ってもらえることになった。鈴掛はもう腹が減らないので作った米や食べ物をめっちゃ保存しておいた過去の自分に感謝した。───────
想像していたよりも船酔いに悩まされながら数週間経って博多に着いた。鈴掛は運んでくれた船頭と商人に感謝しながら九州の地を踏んだ。
そこからはあまり苦労せずに事が進んだ。送ってくれた商人が博多の現地の商人に話を通していたらしく、すぐに仲良くなって色々と教えてくれた。現地の商人たちは若干上から目線だったが、鈴掛があまりに素直に話を聞くので、気に入ったらしい。
初日から飲みの席に連れていかれた。飲んでいくうちに鈴掛と現地の商人はすっかり打ち解け、いい布職人を紹介してくれた。後ついでに寝床まで用意してくれた。大分狭いが、あるだけいい。
鈴掛もまた彼らのことを気に入り、博多の貿易所の掃除や船の整備など雑用を自らして信用を得ることを優先した。結果はそれは功を奏し博多の商人の信用を得ることに成功した。次に外国の語を覚えることに注力した。仲良くなった通訳の人に唐や渤海国の言語を教えてもらった。そのうち通訳ができるほどに上達した。この間わずか3ヶ月ほどであった。
満を持して貿易を始めた鈴掛はそれはもう商売が上手くいった。通訳兼商人として頭角を表し始めた鈴掛は以前九州まで運んでもらった商人と協力して都の方に輸出品を送りまくり大きな利益を上げた。
いつしか鈴掛は博多の商人の中でも大きな存在へとなっていった。それでも雑用は続け、他人への気遣いも忘れないので人望も大変あった。
ある時とある商人がこう提案した。鈴掛をトップとして、市のようなものを立ち上げてみてはどうかと。鈴掛は芳しい反応を見せなかったが、他の商人はほぼほぼ賛成し、しぶしぶ太宰府に許可を取りに行った。太宰府も鈴掛同様反応はあまり良くなかったが、鈴掛にうまいこと言いくるめられた。
そして鈴掛は博多商人を率いる者になった。頂点としての素質が鈴掛にはあった。
後からほかの地域も疑似市をつくったが、鈴掛はそれすら手八丁口八丁によって吸収合併し、やがて鈴掛の疑似市は商業という一点において九州を統一した。この間なんと僅か2ヶ月である。
僅か2ヶ月で九州の商業か統一されるという異常事態に太宰府は困惑した。鈴掛の疑似市が力を持ちすぎるのを恐れた太宰府は鈴掛に取り潰しを命じに行くが、鈴掛はこれを予期して九州の農民に食料支援をし、農民を味方に付けた。民衆や商人からの圧倒的な圧力によって逆に追い返された太宰府はしょうがないので疑似市から一部物品を徴収して、若干力を削ぐことに成功した。
その後も50年ほど鈴掛の九州天下は続いた。商人たちは全く老ける様子のない鈴掛に困惑したが、『よほど長生きするのだろう、ずっと彼が率いてくれるなら安心である。』と大半が好意的に捉えた。
鈴掛天下60年目、大陸の方では唐が滅んだ。代わりに宋という国が出来たらしく、そこと貿易を開始した。この時宋銭という貨幣が一部入ってきた。
鈴掛はこれに早期に目をつけ、宋銭を利用した貨幣経済を一部実施した。これもまた上手くいき、しばらく経って宋銭による貨幣取引は九州に普及した。
70年経った辺りで鈴掛は気づいた。商売を楽しみすぎて本来の目的を普通に忘れかけていたことに。目的を思い出し、商会長の地位を組織の二番手に押し付け引退した。
多くの者はそれを惜しんだが、まあ年だろうし仕方ない、と快く送り出した。
それから鈴掛は対馬に移り、誰もいない所で隠居しながら時たま正体を隠して貿易所に行ったり、ヘンテコなカラクリを作って空を飛ぼうとして失敗したり、刀伊とかいう海賊が侵攻してきたので全力で抵抗して何回か死んだりなど色々あった。
そして時代は鎌倉、鈴掛は対馬で空を飛ぼうと四苦八苦していた。何度も空を飛ぼうとして作ったカラクリたちはいずれも出力が足りない。もっと力があれば空の向こうへ行けるのではないか、などと考えていた時、小茂田浜の方に夥しい数の船が浮かんでいることに気付いた。少なくとも700艘はあるように見える。
ちょっと前に宋とは別に元という国が現れ、その元と幕府の交渉が破綻したらしいので、それが原因か。だとしたらマズイ。明らかに侵略の体をしている。
急いで山を下り港に行くと破壊は既に始まっていた。村は大惨事で島民は捕虜になっていたり凄惨な死に様を迎えている。生き残りの兵士たちが元軍に対し応戦しているが全滅するのも時間の問題であろう。どれだけ少なく見積もっても上陸している敵兵は1,000人ほどで勝ちの目などない。
一度対馬から脱出した方がいいだろうと、鈴掛は港へと駆けた。しかし港に小舟が一つもない。恐らく元軍と戦った兵士の一部が状況を知らせるために乗って行ったのだろう。鈴掛は窮地に立たされた。
ひとまず元軍に見つかったら終わりなので山に建てた小屋に引きこもった。さすがに元軍も森には入っていかないはずだ。
実際元軍は森に入って来ずに一晩が明けた。どうやら一難去ったらしい。港には幾つかの元の小舟が残っているが、大軍は去った。たぶんあの船は補給船だろうか。
ひとまずこっそり船に居た元軍を皆殺しにし船を奪った。何回か死んだが蘇り殺しきった。一つの小舟と元軍の軍服を盗りそのまま博多へと向かった。
壱岐が地獄絵図になっているのを横目に博多に到達し、すでに陣地を構え始めている鎌倉武士たちに加入。
翌日早速元軍が来たので迎撃が開始された。
迎撃は上手くいき、捕虜ごと弓で撃ち抜いたりしながら元軍を後退させていくことになる。
そしていよいよ鳥貝潟にて鈴掛にとっての転換点が訪れた。
元軍が何が投げてきた。投げられたのは丸い石のようなものだった。それが爆裂し破片が弾け飛んだ。
鈴掛の頭に火花が散った。これでは?もしやあの武器に使われているものを解明し利用すればものすごい勢いで私もあの破片のように空を飛べるのでは?陳腐な発想ではあったが新しい発見でもあった。
そこからの鈴掛の行動はいつも通り早かった。物陰に隠れ、ついさっき盗った元軍の服を着て泳いで大型船に乗り込んだ。腕を先んじて切り落としておく事で負傷兵として逃げてきた感を出し兵士に化ける事に成功。
後は元軍の船が撤退して本国に向かうのを待つだけである。他に運び込まれた負傷兵を眺めながら、空を見た。
どうやらぐっすり寝ていたらしい。船は既に出港しており、大海原が周りにある。見たところ元軍は高麗や中国の人々が多いようだ。
元軍は対馬を経由してきたので恐らく高麗から来たものだと思われた。
船上を散策してみた。ほかの兵士に大丈夫かと心配されたが、まあ大丈夫だと高麗の言葉で返した。やっておいてよかった、外国語。
船上にはあまり物資が残っておらず、矢も数えるほどしかない。他の兵士の疲弊具合や顔色を見るに恐らく敗戦した、もしくは撃退されたのだろう。
弾ける丸い石は見つからなかった。他の兵士にそれとなく聞くと、その丸石はてつはうというらしい。なんでも火薬と呼ばれる物があの爆裂を生み出している、とのこと。
鈴掛は久方ぶりに興奮した。他の兵士から懐疑の視線で見られたのでちょっと落ち着いたが心は宴をしていた。
なんの確証もないがその火薬こそが空を飛ぶ方法の鍵になると確信していた。
船は変わらず目的地に向かっていた。
鈴掛の戦闘スタイルはSEKIROの狼くんをイメージしている。復活するところも含めて。