自分が主人公じゃないことにようやく気付いた男は、流れ着いた片田舎で魔術を教える   作:栗色cc

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第三話

シズは普段アーサーが使用している工房の机を借りて、早速杖の作成に取り掛かった。

 色々な物がごちゃごちゃしていて、どこに何があるか分からない……なんてことは無く、整然としている。

 

 まるで、掃除してまだ使っていないような綺麗さだった。

 事実アーサーは、シズ達が家に入って来て目撃した、物体を動かす魔術を使用して片付けを行っていた。

 

 アーサーが二階にいたのはシズに渡す魔術用具の準備と、作業机の掃除をしていたのだ。

 

「君が杖に刻む刻印は、光球の魔術。光源の確保が主な用途だね」

 

 光球の魔術は、魔術師の第一歩と言って良い魔術だ。

 その理由は単純。

 

「一番簡単な魔術なんだ、これは。だから魔術師が光球の魔術を使えないのは、基本的にあり得ない」

 

 アーサーの言葉を言い換えれば、光球の魔術を使えなければ魔術師にはなれないと言っているようなものだ。

 シズはごくり、と生唾を呑み込み、背筋を伸ばす。

 

 アーサーはその様子を微笑ましく思いながらも、自分も役目を果たさなくてはと彼女と同じように姿勢を正す。

 

「一般的に、魔術の刻印は三種類に分けられる」

 

 アーサーはシズの横でペンを持ち、すらすらと紙に書いていく。

 教本が間に合わなかったので、手書きだ。

 

「一つ目、外殻印。これは魔術の形を決めるもので、他の刻印を囲うように刻印の最も外側にある」

 

 光球では、円形。

 

「二つ目、属性印。魔術の属性を決めるんだ。火とか、水とか、風とかね」

 

 光球では、名の通り光の属性印である。

 

「最後三つ目、術核印。威力、密度、大きさ、動き……といったような魔術の内容を決めるもので、一番難解で、多様性がある。例えば、標的に向かって飛来するだとか、留まるだとか…」

 

 しかし、光球では覚えるのは一つだけ。

 

「光球の魔術は全部一つずつ、計三個の刻印を使うんだ。三つくらいなら、刻印を覚えるのも簡単だろう?」

 

 シズはようやく気付いた。

 アーサーが紙に書いた刻印はすべて、光球に必要な刻印だったことに。

 

 シズは食い入るようにアーサーの書いた紙を眺め、目を離して頭の中で思い出し、また書いた紙を眺め、また目を離して……という動作を繰り返し行う。

 別に今覚える必要は無いのだが、とアーサーは苦笑するが今の内に覚えておいて損は無いので止めはしなかった。

 

 彼女を待っている間、アーサーは一階でお茶を淹れてくる。

 わざわざ動かずとも二階から魔術を使って持ってこさせる方法もあったのだが、アーサーはシズが覚えている間暇だったので。

 

「覚えたかい?」

 

 ちょうど、アーサーが戻って来た時だった。

 シズは勢いよく顔を上げ、目を閉じて数秒。満足げな笑みを浮かべていた。

 

「なんとか。あ、ありがとうございます」

 

 アーサーはお盆からお茶を渡す。

 暖かいお茶を飲んだシズは、ほう、と息を吐いた。

 

 ようやく、緊張がほぐれてきたのかもしれない。

 

「さて、じゃあ次の段階だ。刻印に移ろう」

 

 次の段階とアーサーは言うものの、普通に最終段階である。

 

「でも、私……彫刻とかしたこと無いですけど」

 

 刻印と聞いて、杖を彫るイメージでも湧いたのかシズは不安げに聞いてくる。

 

「はは、彫刻はしないから安心して。大昔の時代に彫刻は終わって、現代はもっと簡単になったんだ」

 

 微笑みながらアーサーは、シズの木かごから一枚の紙を取り出す。

 とても薄くて、少し透けている。

 

「この薄紙は、通称水写紙(みずうつし)。水に浸すことで、他の媒体に紙に書いた内容を写すことができるんだ」

「これに書いて、杖に写すんですね?」

「正解」

 

 アーサーは紙をシズの前に出して、重りを乗せる。

 水写紙は簡単に風で飛んでしまうのだ。

 

「そしてこのペンとインクで書く」

「これも、何か特別なものなんですか?」

「ペンは高い」

「高い」

 

 これまでになく単純な答えに、シズはペンを見つめた。

 田舎民であるシズにとって、都会で育ってきたであろうアーサーの『高い』という言葉は何よりの重しとなってしまった。

 

 ――これ、どれだけ高いんだろう?

 

 戦々恐々と、シズはペンに触れる事をためらった。

 

「それで、インクだけどね。これは特別の方。このインクじゃなければ、杖には刻印として刻まれない」

 

 アーサーはシズがずっとペンに目を向けている事に首を傾げながらも、説明を続けていた。

 

「大丈夫?」

 

 一通りの説明が終わり、アーサーは覗き込むようにシズを見た。

 一気に情報を詰めてしまったことに若干の失敗を認めつつ、もし彼女の理解が追いついていないようだったら、もっと小分けにして説明しようかと反省する。

 

 シズは話は聞いていた。

 理解もしていたのだ。

 

 だが、あまりにもペンに視線を奪われすぎていた。

 余りにも凝視しすぎてペン先が金で出来ていることや、シズの知るペンとは形状自体が少し違うことにすら気づくことができてしまっていた。

 

「あば、あばばばばばばばばばばばばばばばばばば」

「し、シズ!?どうしたんだい!?えちょ、どうしたんだい本当に!?」

 

 落ち着くのに、お茶を三杯ほど。

 ようやく落ち着いたシズに、アーサーは安心した様子を見せる。

 

 理由の分からない錯乱ほど、怖いものは無いのだから。

 

 

「じゃあ、やってみよう。配置や、刻印の数や大きさも私が指定するから、その通りに書いてみて」

「は、はい」

 

 そうして、刻印を刻むシズの挑戦がスタートした。

 

 

 

「ぜ……ぜんっぜん、出来ない……!?」

 

 刻印を描き始めてから三日後、ようやくシズはアーサーの課した試験の難易度を知る。

 

「出来る気がしない……出来そうな少しの気配も……無い」

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