自分が主人公じゃないことにようやく気付いた男は、流れ着いた片田舎で魔術を教える   作:栗色cc

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第四話

 シズが魔術を学び始めてから二週間半が経った。

 まだ、魔術は使えていない。

 

「よし、出来た……!」

 

 シズは目敏く刻印をひとつずつ確認していって、配置や数、向きなどが間違っていないことを確認する。

 震える手で水写紙を水に浸して、杖に巻き付けた。

 

 転写が完了するまで大体数十秒。

 その間ずっとそわそわと、シズは浮足立つ様子で待っている。

 

「アーサー先生、どう思いますか?」

 

 自然とアーサーの事を先生と呼んでいるシズ。

 アーサーと出会って二週間半、シズはようやく緊張が解けて自然体で彼と話せるようになった。

 

 シズが緊張していたのは、アーサーが魔術師であることと、教えを乞う人間であること。

 そして外の世界からやって来た都会の人だったから。雰囲気からして、村娘の自分とは全く違うとシズは思っていた。

 

 でも慣れればアーサーは案外普通で、優しい。

 農業の手伝いをして、筋肉痛で動けなくなったり。子供たちにせがまれて遊び、へとへとになったり。美味しいものを食べて、顔をほころばせたり。

 

 彼だって村娘のシズと同じ人間で、過度に緊張する必要はない。

 魔術師とか、都会の人だとか、別に関係なかったのだ。

 

 シズはそんな当たり前のことを理解して、アーサーに対して過度な緊張をすることはなくなった。

 こうして助言を貰おうとするくらいには。

 

「うーん、そうだな……」

 

 アーサーは緊張が無くなったシズの事を喜ばしく思いながらも、シズが水写紙を巻き付けた杖を見る。

 巻き付けた状態でわかるのか、とシズは首を傾げるが恐らく分かっているのだろう。

 

 光球の魔術はシンプルな刻印で、空白も多いから外からでも見やすいのだ。

 アーサーは目を細めて、ふんふん、と目敏く全体を事細やかに観察する。

 

「……これは。いや、結果発表を見てから言おうかな?」

 

 アーサーからの言葉で、シズは気落ちする。

 その言葉は間違えていると言っているようなものだった。

 

 アーサーも言ってから気付いたようで、シズから目を逸らして苦笑を浮かべている。

 

「ごめん」

「い、いえ。私が悪いんです……」

「で、でも!ちゃんと上手くなっているから!ほら、この外殻印とか綺麗に書けてる!外殻印はもう完成といって良い精度だよ!」

 

 アーサーは必死になって励ますが、さほど効果は無い。

 

「あ、転写が終わったようだ」

 

 ぺりぺり、とシズは無言で水写紙を杖から剥がす。

 綺麗に黒のインクが転写してあることを確認して、すう、と息を軽く吸った。

 

「行きます」

 

 シズは背筋を正し、杖を軽く握る。軽く、ペンのような触り心地だ。

 手首を動かして空中に円を描いた。

 

「……………何も起こらない」

 

 やっぱり、とシズは落胆の息を吐く。

 杖を作業机に置いて、頭を抱えた。

 

「あああああああああああああああああああああああ………できなあああい。過去一番の自信はあったのにぃ」

 

 机に額をぶつけてほんのりと赤くさせながらも、シズは嘆き続ける。

 

「はは、試行錯誤も魔術師の常だからね」

 

 アーサーが紅茶を勧めながら、杖を一振り。魔術でくしゃくしゃになった水写紙を開き、通常のインクを使ってシズが描いた刻印を復元させる。

 

「じゃあ、反省会をしようか」

 

 試行の次は反省。

 試しては少しずつ直していくしか方法は無い。

 

「外殻印を描くのは、もう大丈夫。綺麗な円を作り出すことができるようになっているね」

「手首をこう、軽く回す感じでやったんです」

「良いね、自分だけの描きやすさを見つけるのは大事なことだよ」

 

 アーサーの指が、外殻印の内側に滑っていく。

 属性印だ。

 

「属性印も良くできている……と言いたいけど」

「駄目なんですね」

「駄目なんです。ほらここ、属性印の位置が均等じゃない」

 

 光球の魔術において、属性印の数は五つ。

 外殻印の円に沿って、五つの属性印を均等に並べなければならない。少しでもずれてしまうと破裂……つまり魔術は発動しない。

 

「それと、術核印だ。固定の術核印が歪んでいる」

「う、う……」

 

 パン、と大きく手を叩きアーサーは重苦しい雰囲気を晴らす。

 シズの頭を慰めるように撫でながら、微笑みを浮かべて言った。

 

「大丈夫、上手くなってる。最初の頃は、すべての刻印が歪んでミミズが走ったようだったのに、今では遠目からだとちゃんとした刻印に見えるから」

「う、うう……それ慰めてます?」

「え、慰めてるけど」

 

 シズは呻きながら、机から起き上がる。

 緩慢な動作だ。それほど今回の刻印には自信があったのだろう。

 

「少し、外で頭を冷やしてきます」

「……遠いところに行っちゃだめだよ?獣が出るから」

「分かってますよ、私、ここの生まれなんですよ?」

 

 シズと共に作業部屋を出たアーサーは、家から出ていく彼女を見送る。

 

「大丈夫かな」

 

 アーサーはシズを心配する。

 苛立っている、とまではいかないが相当にストレスが溜まっている様子だった。

 

 自信作が何度も無意味になるところを見て、疲れてしまったのかもしれない。

 

「まあここのところ、ずっと魔術を勉強してたし。息抜きも必要か」

 

 

 誰かが乱暴にアーサーの家の扉を叩いてきたのは、それから一時間後の事だった。

 

 

 ◆◇◆

 

「ああ、もう。あと期限まで半分も無いのに」

 

 アーサーから言い渡された試験。

 

 一カ月以内に魔術を使う事。

 シズの頭にはずっと残りの日数がチラついていた。

 

 焦りは着実に、シズの頭を支配している。

 もし、一カ月までに魔術を使えなければアーサーから魔術は教えてもらえない。

 

 そうなればまた、()()()だ。

 

「どうしよう、何がいけなかった?もっと、正確、正確に書かなくちゃ」

 

 ぶつぶつと呟きながら、シズは村を散歩していると。

 

「ふぎゃ!?」

「あ、すまん」

 

 シズの顔面に、ボールが飛んできた。

 クリーンヒット。シズは悲鳴を上げてその場にうずくまる。

 

 鼻血は出ていないが、つんとした痛みにシズは涙目になった。

 

「あれ、シズ?珍しいな」

「ジャン……何するの!」

「わざとじゃないって。蹴ったボールがたまたまお前の顔に直撃しちゃっただけだ。まじでごめん」

 

 ジャンはシズと同年代の子供であり、昔は一緒に遊んだりしていた。

 今はもう、一緒に遊ぶことは珍しくなったが。

 

 男子と女子では、好む遊びが違うのだ。

 

「今は、魔術の勉強をしてるんだってな」

「うん」

「魔術か~やっぱり炎で敵を焼き払うとかか?雷を落としたりするんだろうな~。シズもできるのか?」

「出来るわけないでしょ……」

 

 シズは呆れたように言った。

 そんな芸当はおろか、まず魔術すら使えていないのだから。

 

「今日は魔術の勉強は休みなのか?」

「休みじゃないけど……頭をすっきりさせたかったから。少し行き詰まっちゃってて」

「ふーん」

 

 あ、と名案でも見つけたようにジャンはボールを抱えて笑う。

 

「じゃあ、一緒にやろうぜ。ストレス発散になるぜ?」

「遠慮す――まあ、良いよ」

「お、良いね!」

 

 ジャンは友人に声をかけつつ、シズを輪に入れる。

 ルールは単純で、手を使わず足でコートの両端にある籠にボールを入れれば勝ちだ。

 

 シズは当初断るつもりだったが、実際ストレス発散に運動は適切だと感じて了承した。

 別に、シズはこの遊びが好きなわけではなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 体力だってあるわけではないし、上手くも無い。

 すぐに汗をかいて、バテてしまう。

 

「何、やってるんだろう私」

「…………………………」

 

 ジャンがシズを何とも言えない表情で見ていた。

 だが彼の足元にボールがやって来た途端そちらに目を移して、足を大きく上げる。

 

「シュートぉ!アンドゴールぅ!」

 

 

 雄たけびをあげながら、ジャンは喜びの舞を披露する。

 どうしてかシズに見せつけていた。

 

 

 だが、シズが見ていたのは全く別のもので。

 

 

「あれは……!?」

 

 シズの視界の先で、子供が柵を越えて、森へと足を踏み入れようとしているのを見た。何かを追いかけていたように見える。

 まだ子供と言って良いシズよりも、一回りは下の子供。

 

 シズは考えるよりも先に、走っていた。

 

「ジャン達はすぐに大人たちに……アーサー先生に知らせて!私はあの子を追う!」

「おい、待てシズ!あの子って……!?」

 

 シズは、夜の森に駆けていく。

 獣が出る危険な森に。

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