自分が主人公じゃないことにようやく気付いた男は、流れ着いた片田舎で魔術を教える 作:栗色cc
シズが魔術を学び始めてから二週間半が経った。
まだ、魔術は使えていない。
「よし、出来た……!」
シズは目敏く刻印をひとつずつ確認していって、配置や数、向きなどが間違っていないことを確認する。
震える手で水写紙を水に浸して、杖に巻き付けた。
転写が完了するまで大体数十秒。
その間ずっとそわそわと、シズは浮足立つ様子で待っている。
「アーサー先生、どう思いますか?」
自然とアーサーの事を先生と呼んでいるシズ。
アーサーと出会って二週間半、シズはようやく緊張が解けて自然体で彼と話せるようになった。
シズが緊張していたのは、アーサーが魔術師であることと、教えを乞う人間であること。
そして外の世界からやって来た都会の人だったから。雰囲気からして、村娘の自分とは全く違うとシズは思っていた。
でも慣れればアーサーは案外普通で、優しい。
農業の手伝いをして、筋肉痛で動けなくなったり。子供たちにせがまれて遊び、へとへとになったり。美味しいものを食べて、顔をほころばせたり。
彼だって村娘のシズと同じ人間で、過度に緊張する必要はない。
魔術師とか、都会の人だとか、別に関係なかったのだ。
シズはそんな当たり前のことを理解して、アーサーに対して過度な緊張をすることはなくなった。
こうして助言を貰おうとするくらいには。
「うーん、そうだな……」
アーサーは緊張が無くなったシズの事を喜ばしく思いながらも、シズが水写紙を巻き付けた杖を見る。
巻き付けた状態でわかるのか、とシズは首を傾げるが恐らく分かっているのだろう。
光球の魔術はシンプルな刻印で、空白も多いから外からでも見やすいのだ。
アーサーは目を細めて、ふんふん、と目敏く全体を事細やかに観察する。
「……これは。いや、結果発表を見てから言おうかな?」
アーサーからの言葉で、シズは気落ちする。
その言葉は間違えていると言っているようなものだった。
アーサーも言ってから気付いたようで、シズから目を逸らして苦笑を浮かべている。
「ごめん」
「い、いえ。私が悪いんです……」
「で、でも!ちゃんと上手くなっているから!ほら、この外殻印とか綺麗に書けてる!外殻印はもう完成といって良い精度だよ!」
アーサーは必死になって励ますが、さほど効果は無い。
「あ、転写が終わったようだ」
ぺりぺり、とシズは無言で水写紙を杖から剥がす。
綺麗に黒のインクが転写してあることを確認して、すう、と息を軽く吸った。
「行きます」
シズは背筋を正し、杖を軽く握る。軽く、ペンのような触り心地だ。
手首を動かして空中に円を描いた。
「……………何も起こらない」
やっぱり、とシズは落胆の息を吐く。
杖を作業机に置いて、頭を抱えた。
「あああああああああああああああああああああああ………できなあああい。過去一番の自信はあったのにぃ」
机に額をぶつけてほんのりと赤くさせながらも、シズは嘆き続ける。
「はは、試行錯誤も魔術師の常だからね」
アーサーが紅茶を勧めながら、杖を一振り。魔術でくしゃくしゃになった水写紙を開き、通常のインクを使ってシズが描いた刻印を復元させる。
「じゃあ、反省会をしようか」
試行の次は反省。
試しては少しずつ直していくしか方法は無い。
「外殻印を描くのは、もう大丈夫。綺麗な円を作り出すことができるようになっているね」
「手首をこう、軽く回す感じでやったんです」
「良いね、自分だけの描きやすさを見つけるのは大事なことだよ」
アーサーの指が、外殻印の内側に滑っていく。
属性印だ。
「属性印も良くできている……と言いたいけど」
「駄目なんですね」
「駄目なんです。ほらここ、属性印の位置が均等じゃない」
光球の魔術において、属性印の数は五つ。
外殻印の円に沿って、五つの属性印を均等に並べなければならない。少しでもずれてしまうと破裂……つまり魔術は発動しない。
「それと、術核印だ。固定の術核印が歪んでいる」
「う、う……」
パン、と大きく手を叩きアーサーは重苦しい雰囲気を晴らす。
シズの頭を慰めるように撫でながら、微笑みを浮かべて言った。
「大丈夫、上手くなってる。最初の頃は、すべての刻印が歪んでミミズが走ったようだったのに、今では遠目からだとちゃんとした刻印に見えるから」
「う、うう……それ慰めてます?」
「え、慰めてるけど」
シズは呻きながら、机から起き上がる。
緩慢な動作だ。それほど今回の刻印には自信があったのだろう。
「少し、外で頭を冷やしてきます」
「……遠いところに行っちゃだめだよ?獣が出るから」
「分かってますよ、私、ここの生まれなんですよ?」
シズと共に作業部屋を出たアーサーは、家から出ていく彼女を見送る。
「大丈夫かな」
アーサーはシズを心配する。
苛立っている、とまではいかないが相当にストレスが溜まっている様子だった。
自信作が何度も無意味になるところを見て、疲れてしまったのかもしれない。
「まあここのところ、ずっと魔術を勉強してたし。息抜きも必要か」
誰かが乱暴にアーサーの家の扉を叩いてきたのは、それから一時間後の事だった。
◆◇◆
「ああ、もう。あと期限まで半分も無いのに」
アーサーから言い渡された試験。
一カ月以内に魔術を使う事。
シズの頭にはずっと残りの日数がチラついていた。
焦りは着実に、シズの頭を支配している。
もし、一カ月までに魔術を使えなければアーサーから魔術は教えてもらえない。
そうなればまた、
「どうしよう、何がいけなかった?もっと、正確、正確に書かなくちゃ」
ぶつぶつと呟きながら、シズは村を散歩していると。
「ふぎゃ!?」
「あ、すまん」
シズの顔面に、ボールが飛んできた。
クリーンヒット。シズは悲鳴を上げてその場にうずくまる。
鼻血は出ていないが、つんとした痛みにシズは涙目になった。
「あれ、シズ?珍しいな」
「ジャン……何するの!」
「わざとじゃないって。蹴ったボールがたまたまお前の顔に直撃しちゃっただけだ。まじでごめん」
ジャンはシズと同年代の子供であり、昔は一緒に遊んだりしていた。
今はもう、一緒に遊ぶことは珍しくなったが。
男子と女子では、好む遊びが違うのだ。
「今は、魔術の勉強をしてるんだってな」
「うん」
「魔術か~やっぱり炎で敵を焼き払うとかか?雷を落としたりするんだろうな~。シズもできるのか?」
「出来るわけないでしょ……」
シズは呆れたように言った。
そんな芸当はおろか、まず魔術すら使えていないのだから。
「今日は魔術の勉強は休みなのか?」
「休みじゃないけど……頭をすっきりさせたかったから。少し行き詰まっちゃってて」
「ふーん」
あ、と名案でも見つけたようにジャンはボールを抱えて笑う。
「じゃあ、一緒にやろうぜ。ストレス発散になるぜ?」
「遠慮す――まあ、良いよ」
「お、良いね!」
ジャンは友人に声をかけつつ、シズを輪に入れる。
ルールは単純で、手を使わず足でコートの両端にある籠にボールを入れれば勝ちだ。
シズは当初断るつもりだったが、実際ストレス発散に運動は適切だと感じて了承した。
別に、シズはこの遊びが好きなわけではなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
体力だってあるわけではないし、上手くも無い。
すぐに汗をかいて、バテてしまう。
「何、やってるんだろう私」
「…………………………」
ジャンがシズを何とも言えない表情で見ていた。
だが彼の足元にボールがやって来た途端そちらに目を移して、足を大きく上げる。
「シュートぉ!アンドゴールぅ!」
雄たけびをあげながら、ジャンは喜びの舞を披露する。
どうしてかシズに見せつけていた。
だが、シズが見ていたのは全く別のもので。
「あれは……!?」
シズの視界の先で、子供が柵を越えて、森へと足を踏み入れようとしているのを見た。何かを追いかけていたように見える。
まだ子供と言って良いシズよりも、一回りは下の子供。
シズは考えるよりも先に、走っていた。
「ジャン達はすぐに大人たちに……アーサー先生に知らせて!私はあの子を追う!」
「おい、待てシズ!あの子って……!?」
シズは、夜の森に駆けていく。
獣が出る危険な森に。