落ちこぼれ魔法少女と魔力ゼロの俺~世界屈指の魔力を持つ少女を制御できるのは俺だけだった~   作:青井風太

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門の向こう側

やがて、汽車はゆっくりと速度を落とし始めた。

 

長く続いた草原の先に、石造りのホームが見えてくる。

 

見上げれば、空を横切るように巨大な建造物――いや、“学園”が広がっていた。

 

塔がいくつも突き出し、空中回廊のようなものがそれらを繋いでいる。

 

まるで、街そのものが一つの学び舎になっているかのようだった。

 

「……すげぇ」

 

思わず漏れた声に、答える様に車内アナウンスが繰り返し鳴った。

 

「ルミネス魔法学園、ルミネス魔法学園」

 

やがて汽車は、静かな振動と共に完全に停止した。

 

乗客たちがぞろぞろと降りていく中、俺たちもホームへと足を踏み出す。

 

その瞬間――

 

ざわり、と。

 

周囲の空気がわずかに揺れた気がした。

 

視線だ。

 

行き交う生徒たちの何人かが、こちら――正確には“俺”を見ている。

 

(……なんだ?)

 

理由は分からない。

 

だが、明らかに場違いな感覚だけは、はっきりとあった。

 

そんな違和感を振り払うように歩き出した、その時だった。

 

「では、ひとまずここで別れるとしよう」

 

頭の上から、聞き慣れた声が落ちてきた。

 

「はい、ありがとうございました」

 

樋川が素直に頭を下げる。

 

だが、俺は思わず足を止めた。

 

「え?ばぁちゃんも一緒に行かないのか?」

 

そう問いかけると、ババ様は軽く尻尾を揺らしながら答えた。

 

「ワシのこの姿は、あくまで遠隔操作をしておるだけに過ぎん。本体はこの学園におるしのぉ」

 

「え!?」

 

一瞬、言葉が止まる。

 

「ばぁちゃんって猫じゃ無いの!?」

 

思わず素で叫んでしまった。

 

ババ様は呆れたように目を細める。

 

「当たり前じゃ。仮の姿に決まっておろう」

 

「いや、分かんねぇよ……」

 

思わず肩を落とす。

 

そんな俺をよそに、ババ様は続けた。

 

「まぁそんな訳で、監督官もここまでじゃ。学園内ならば、そうそう問題は起きん」

 

そして一拍置き。

 

「ここからは一生徒、明日からの講義も頑張るんじゃぞ」

 

その言葉に、樋川は小さく息を吸い。

 

「……はい」

 

短く、だがしっかりと答えた。

 

ババ様は満足げに頷くと、

 

「ではの」

 

そう言って、俺の頭から軽やかに飛び降りた。

 

――が。

 

「……あっ、そうじゃった」

 

ぴたりと動きを止める。

 

振り返り、樋川へと視線を向けた。

 

「萌花、後で遥と一緒に学園長室に来るんじゃ。諸々の説明もせねばならんからの」

 

「分かりました。では後ほど」

 

「うむ」

 

短いやり取りが終わった次の瞬間――

 

ババ様の姿は、ふっと光に溶けるように消えた。

 

跡には、何も残らない。

 

「……マジで消えた」

 

俺はその光景を前にぽつりと呟いた。

 

さっきまで当たり前のようにいた存在が、居なくなった。

 

それだけで、妙な心細さが胸の奥に残った。

 

だが。

 

「行くよ、赤城君」

 

樋川の声に顔を上げる。

 

彼女は既に前を向いていた。

 

「学園長室に行く前に、少し寄る所があるの」

 

「寄る所?」

 

「ええ。知り合いのお店」

 

そう言って歩き出す背中に俺は。

 

「りょーかい」

 

と、軽く返事をしてついて行った

 

巨大な学園都市の中へと、足を踏み入れながら。

 

(……ここが、俺のこれからかぁ)

 

胸の奥に、小さな不安と――

 

それ以上の、妙な高揚感が渦巻いていた。

 

 

「ここよ」

 

店の前で足を止めた。

 

「何だここ?」

 

入ったこともないはずなのに、妙に既視感のある外観だったが。

 

その正体は、樋川の一言ですぐに分かった。

 

「酒場よ」

 

西部劇やアニメで見たような外観。

 

なるほど、と納得しかけて――

 

「酒場って……樋川、まだ十五時くらいだぞ?」

 

ポケットから取り出した圏外状態のスマホはまだ、昼過ぎの時間を指していた。

 

「ば、バカ!飲みにきたんじゃないわよ!」

「それに未成年の飲酒は犯罪!日本と同じよ!」

 

「お、おう……」

 

勢いに押され、思わず頷く。

 

その時だった。

 

「店の前で騒ぐな――」

 

低く通る声。

 

振り向くと、筋骨隆々の男が、いかにもな木目調の両開き扉から軋む音を立て、姿を現した。

 

そして、顔馴染みを見つけた瞬間――

 

「おぉ、萌花じゃねぇか」

 

「お久しぶりです、ヨモおじさん」

 

男――ヨモは目を細め、懐かしそうに笑った。

 

「おめぇ、マリィ・アンソワーズ様と人間界に行けるって、はしゃいでたろ?もう帰ってきたのか?」

 

「は、はしゃいでなんて……!」

 

言い返しかけて、樋川は少しだけ視線を逸らす。

 

「……はい。ちょっとトラブルがありまして」

 

(ばぁちゃん同伴って、言ったらダメなんじゃないのか、樋川さん?)

 

俺は内心で首を傾げたが――

二人の空気を見て、それ以上は口を挟まなかった。

 

「もう帰ってきたってことは……昇格試験、ダメだったのか?」

 

「はい……」

 

少しだけ沈んだ声。

 

だがヨモは、そんな樋川の頭を大きな掌で軽くぽんっと叩いた。

 

「まぁいい。無事に帰ってきたなら、それで十分だ」

 

そして、少しだけ真面目な声になる。

 

「人生諦めなきゃな、チャンスはいくらでも巡ってくる。そのチャンスに気付けるかどうかは萌花次第だが、今回学んだ事は次に活かせばいい。そうだろ?」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「まぁ、俺は魔法の事なんて全然わかんねぇけどな」

 

ガハハハっと豪快に笑い、場の空気と樋川の表情をやわらげたヨモは。

 

俺へと視線を向けた。

 

「……ところで、その坊主は?見ない顔だが」

 

「あ、赤城遥です」

 

思わず背筋が伸びる。

 

「遥だな。よろしくな」

 

男はニッと笑う。

 

「俺はヨモ・ウッドベック。ヨモでも何でも好きに呼んでくれ」

 

そう言って、大きな手を差し出してきた。

 

俺もそれに応じて手を握る――が。

 

「……っとと?」

 

一瞬、ヨモさんの眉がわずかに動いた。

 

「なんだ……今、魔力が……?」

 

「あ、すみません!まだ調整が上手くできなくて……」

 

「調整?」

 

横から樋川が補足する。

 

「赤城君は、他人の魔力を吸収できるんです」

 

「吸収だぁ?」

 

ヨモの表情が一気に変わった。

 

「おいおい、大丈夫なのかそれ!?拒否反応とか出てねぇだろうな!」

 

「気分悪いならすぐ医者に連れて行くぞ!?」

 

「だ、大丈夫です、大丈夫です」

 

落ち着く様にと、両手でジェスチャーを行うと、樋川が静かに続けた。

 

「赤城君には魔力がありませんから」

 

「魔力がねぇ……?」

 

一瞬の間が空いた。

 

そして――

 

「……まさか、ノクスか?」

 

「はい。彼が今回の派遣中止の原因でもありまして」

 

「原因って言い方やめてくれません!?ちょっと傷つくんですけど!」

 

俺のツッコミにヨモは少し笑っていた。

 

だがすぐに、興味深そうに俺を見る。

 

「しっかし不思議だなぁ。魔力がねぇのに魔法を視認できてるなんて……」

 

顎に手を当てながら俺を見ているヨモに一つの――っと言うより前々からの疑問がわいた。

 

「前から気になっていたんだけど、その”ノクス”って何なんだ?」

 

俺が口を挟むと、樋川が簡潔に答える。

 

「……人間界の人の呼び方よ。こっちではそう呼ぶの」

 

「へぇ……漫画とかで見るやつ、実際にあるんだな」

 

「……意外と冷静だな、お前」

 

ヨモは少しだけ感心したように呟いた。

 

そして、腕を組んで一つ頷く。

 

「まぁ……大魔女様が決めた事なら問題ねぇか」

 

ちらりと俺を見る。

 

「それに、見た感じ悪い奴でもなさそうだ」

 

そう言って、再び手を差し出した。

 

「改めてよろしくな、遥」

 

「はい、こちらこそ」

 

今度は吸収しない様に気を付けつつ、しっかりと握り返す。

 

「腹減ったらいつでも来い。多少は安くしてやる」

 

「無一文ですけどね」

 

「ははっ、そりゃ困ったな。ツケにしといてやるよ」

 

最後に軽く手を振るヨモに背を向け、俺たちはその場を後にした。

 

 

酒場を後にして、しばらく歩いた先――

 

やがて、巨大な門が視界に入ってきた。

 

石造りの重厚な門。

その向こうには、いくつもの建物が立ち並んでいるのが見える。

 

「ここが……学園か」

 

思わず呟く。

 

門をくぐった、その瞬間だった。

 

――空気が変わった。

 

街の賑やかな雰囲気とはまた違った、空気感。

 

視界の先では、ローブ姿の生徒たちが行き交い、

奥の通路から、箒で校内を飛び回る生徒が2名飛び出してきた。

 

そして――

 

「コラァ!!"廊下を飛ぶな"っていつも言ってるだろ!」

 

おそらく教師であろう者が全力疾走の後、地上から怒号を飛ばしていた。

 

「……す、すげぇな」

 

思わず声が漏れた。

 

まさに――ファンタジーだ。

 

そんな中――

 

「……なぁ、アイツ」

 

「見ない顔ね……」

 

「編入生……?いやでも……」

 

すれ違う生徒たちの視線が、ちらちらとこちらに向けられる。

 

(……またか?)

 

露骨ではないが、確かに感じる違和感。

 

「行くよ?」

 

横を歩く樋川が、小さく言った。

 

俺は歩きながら、校内の至る所を見渡した。

 

空中に浮いた本。

 

講義中の教室。

 

中庭で空を飛ぶ生徒たち。

 

――やがて、ひときわ大きな建物の前に辿り着いた。

 

「ここが学園長室よ」

 

樋川が足を止める。

 

重厚な扉。

 

明らかに“偉い人の部屋”って雰囲気だ。

 

そう言えば――っとそこでふと疑問に思った事が。

 

「なぁ樋川」

 

「なに?」

 

「学園長って、どんな人なんだ?」

 

その問いに、樋川はあっさりと答えた。

 

「どんなって……ババ様よ」

 

「……え?」

 

思考が一瞬止まった。

 

俺の頭の中では今、あの猫の姿で立派な椅子に座っている光景が浮かんでいる。

 

だが――同時に、別の可能性がよぎった。

 

年齢お年寄り。

だが、見た目は超美人。

 

漫画やアニメでよく見た光景だ。

 

猫の姿は仮で、本体は別にあるならば、十分にある可能性だ。

 

俺はごくりと唾を飲み込む。

 

威厳ある喋り方は猫フォルム限定で、本当の声は綺麗な――

 

いや、むしろその方がしっくりくる。

 

ロリババア系!?

 

うん、これだ……

 

俺が一人で問題解決したその時。

 

「……何考えてるの?」

 

隣から樋川の鋭い声と視線が飛んできた。

 

「いや、なんでもない」

 

その視線ごと誤魔化す様に咳払いを行なった俺に、樋川は小さくため息をつき、扉の前に立ち。

 

ノックを3回行った樋川は。

 

「高等部一年、樋川萌花です。」

 

その言葉に続き。

 

「失礼します」

 

その一言で、扉は触れずとも開いた。

 

さて……どっちだ

 

猫か、美人か。

 

ほんの少しの期待を胸に――

俺は、学園長室へと足を踏み入れた。

 




読んで頂きありがとうございました。
次回は18:00頃を予定しています。
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