落ちこぼれ魔法少女と魔力ゼロの俺~世界屈指の魔力を持つ少女を制御できるのは俺だけだった~   作:青井風太

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扉の先で

重厚な扉の向こう――

 

そこに広がっていたのは、想像よりもずっと静かな空間だった。

 

高い天井。壁一面の書架。整然と並ぶ魔導書の数々。

そして部屋の奥には、重厚な机と、その向こうに置かれた大きな椅子。

そこにいたのは、ひとりの人物だった。

 

窓側へ体を向け、背もたれには長い白髪がかかっている。

 

どこか威厳を感じさせる背中。

 

そして――

 

「思っていたより、早かったのぉ」

 

その声と共に、椅子をクルッと回し、その人物はこちらに向いた。

 

「……」

 

正直、白髪の時点で八割くらい諦めていた。

だが、もしかしたら――

 

そんな期待は、シワの入った顔を見た瞬間に消え失せ――

俺の思考は、止まった。

 

次の瞬間。

 

「年寄りじゃねぇーか!」

 

俺は膝から崩れ落ちた。

 

ゴンッ!!

 

「痛ぁ!」

 

即座に、頭に衝撃が走った。

 

振り向くと、樋川が無言で拳を震わせていた。

 

「失礼でしょ!!」

 

痛みの発生源は樋川だった。

 

「ごごごごめんなさい、ババ様!!」

「私が後で言い聞かせますから!」

 

そのツッコミと共に俺の頭を押さえ付ける樋川は、慌てた声色で深く謝罪をした。

 

「だって……イメージが……」

 

「それ以上何か言ったら、ぶっ飛ばすわよ!」

 

「はい……すみません」

 

俺は殴られた箇所を押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

思わず視線を向けると、老婆は、ふっと小さく笑った。

 

「ハッハッハッ、相変わらずじゃのぉ、遥は」

 

その声は、聞き覚えのある声だった。

 

「……あれ?」

 

俺は目を細める。

 

この喋り方、この雰囲気――

 

「これが、ワシの本体じゃ」

 

「マジか……」

 

思わず力なく呟いた。

 

「ワシの……猫の姿は、あくまで遠隔操作。こちらが本来の姿じゃ」

 

「いや……分かるか、そんなの……」

 

俺の軽いツッコミの後。

 

「まぁ、それはさておき」

 

っと、話を切り替えたババ様……いや、学園長は、背もたれにもたれ掛かり。

 

「改めてようこそ、ルミネス魔法学園へ」

「ワシがこの学園の学園長、マリィ・アンソワーズじゃ」

 

両手を組み、頬杖を付いたババ様はフッ微笑み続けた。

 

「歓迎するぞ、赤城遥」

 

「ど、どうも」

 

まだ若干納得していないまま、軽く頭を下げる。

 

その横で、樋川も姿勢を正した。

 

「さて――」

 

ババ様はゆっくりとこちらを見渡す。

 

「ここが、魔法を学ぶ場……学園じゃ」

 

改めて告げられるその言葉に、ほんの少しだけ実感が湧く。

 

ここが――俺の新しい居場所。

 

「とはいえ、堅苦しく考える必要はない」

 

続けて、穏やかな声で言う。

 

「基本的に学園内は安全じゃ。結界もあるしの」

 

「なるほど……」

 

なんとなく頷いた。

 

確かに、ここに来るまでの騒動と比べれば、落ち着いている気はする。

 

「ただし、ここでは“学ぶ意思”が全てじゃ」

 

その言葉に、少しだけ空気が締まった。

 

「意思?」

 

俺は復唱した。

 

「この学園には様々な生徒がおる」

 

ババ様は指をカウントする様に、一本ずつ上げた。

 

「魔物と戦う知識や技術を求める者、生活で扱う魔法の応用を学ぶ者、仕事に使える魔法を学ぶ者」

 

ババ様は続けた。

 

「まぁ要するに、自分の学びたい分野を自ら決めて学びに行く訳じゃ」

 

「……大学の講義みたいな感じか」

 

「そんな感じじゃな」

 

なるほど、と納得する。

 

決められた授業じゃなく、自分で選ぶスタイルか。

 

授業制度について理解出来た所で、一つ疑問が湧いた。

 

「樋川は?」

 

俺は隣に視線を向けた。

 

「どんなの取ってんの?」

 

「私は……戦闘関係。魔法基礎学とか……魔力制御学……後は、魔法戦闘学とか」

 

少しだけ言いづらそうに樋川は答えた。

 

「なるほどね」

 

正直何を取れば良いかなんて、まるでわからない。

 

そもそも魔力のない俺って、講義に参加して良いのか?

 

そんな疑問と共に樋川の回答に軽く返事をした時。

 

ババ様が、ふとこちらを見た。

 

「あぁ、そうじゃ」

 

その口はゆっくりと開いた。

 

「遥よ」

 

「ん?」

 

「以前、“補佐係”として同行させるとは言ったがな――」

 

ババ様はまた、頬杖を突いた。

 

「お主が望むならば、客人として迎えることも可能じゃぞ」

 

「客人?」

 

「学ばず、ここで過ごすだけでも構わんということじゃ。街の外に出る事は基本的に叶わんが……」

 

その言葉に、少しだけ考える。

 

……確かに、選択肢としてはアリだ。

 

魔法も使えない俺が、無理に学ぶ必要はない。

 

普通に勉強は嫌いだし。

 

でも――

 

「いや、良いよ」

 

すぐに首を振った。

 

「せっかく来たんだ」

 

思わず少し笑ってしまった。

 

「妄想していた魔法界……それに魔法学園だぜ?」

 

肩をすくめる。

 

「客人とか、勿体無さすぎるよ」

 

そして、少しだけ真面目に続けた。

 

「それに、勉強は嫌いだけど、どんな授業なのか普通に気になるしな」

 

半分冗談をこめながら、俺は横を向き、言った。

 

「それに、俺が居ないと、樋川が困るだろ?」

 

「こ、困らない!」

 

間髪入れずに返ってきた。

 

顔を真っ赤にして否定する樋川を見て、思わず笑う。

 

「はいはい」

 

「笑うな!」

 

そんなやり取りを見ていたババ様が、小さく頷いた。

 

「良くわかった」

 

そして呆れた声で。

 

「まずは仲良くなるところから、じゃな」

 

その言葉に、樋川は少しだけむくれた表情を見せたが、何も言わなかった。

 

「まぁ良い」

 

ババ様が軽く手を振る。

 

「遥がその気なら――」

 

そこで、ふと視線を扉へ向けた。

 

「おっ、丁度良いところに来たの」

 

コンコンコン、っとノック音の後に声がした。

 

「魔法基礎学教授、レガリア・グランツです」

 

「入りなさい」

 

淡々としたやり取りの後、扉は開いた。

 

入ってきたのは、眼鏡をかけた一人の男性。

 

無駄のない動き。

 

整った服装。

 

そして何より――

 

部屋の空気が、わずかに引き締まった。

 

「失礼します」

 

低く、落ち着いた声。

 

男は一礼すると、こちらへと視線を向けた。

 

その目は、冷静で――

 

どこか厳しさを含んでいる様だ。

 

「紹介しよう」

 

ババ様が告げた。

 

「魔法基礎学を担当しておるグランツ先生じゃ」

 

男は静かに眼鏡を整えた。

 

「素人が魔法を学ぶのならば、グランツ先生程の適任はおらん」

 

「勿体なきお言葉です」

 

男――グランツ先生は言葉と共に一礼をしたのだが。

 

「しかし」

 

グランツ先生は樋川へと視線を向けた。

 

「……3年間基礎を教えても、結果の出ていない者もいますが」

 

「……っ」

 

樋川の肩が、わずかに揺れた。

 

「まぁまぁ、言うてやるな」

 

ババ様が軽く笑う。

 

「成長は人それぞれじゃ。それに萌花は体質の問題もあるしの」

 

ババ様が軽く制する。

 

だが、男は表情を変えない。

 

「……学園長は少し樋川君に甘いと思いますがね」

 

「耳が痛いわい」

 

苦笑するババ様。

 

そして男は、今度は俺を見る。

 

「――君がノクス……赤城遥か」

 

名前を呼ばれた途端、自然と背筋が伸びた。

 

「学園長……いや、大魔女様のお決めになられた事だ」

 

「故に、私は君を生徒として認めよう」

 

少しだけ安心しかけた、その直後。

 

「たが――」

 

視線が鋭くなる。

 

「私はまだ、君を信用してはいない」

 

「……っ」

 

空気が、重くなる。

 

だが男は構わず続けた。

 

「私の専攻は魔法基礎学」

 

「教わりたいのであれば履修すればいい」

 

再度メガネを整えた先生は。

 

「ただし、ノクスだからといって、特別扱いはしないがね」

 

静かに言い切った。

 

――厳しい。

 

この先生に会う言葉はこれだ。

 

だが、不思議と嫌味は感じなかった。

 

「まぁ、その辺りも含めてじゃな」

 

ババ様が軽く場を戻す。

 

「講義は明日からじゃ」

 

「寮についても後で案内させよう」

 

「今日はゆっくり休むと良い」

 

そう言って、こちらを見る。

 

「さて――」

 

「学園生活の再開……いや、始まりじゃな」

 

その言葉に。

 

俺は小さく息を吐いた。

 

(……魔法学園、か)

 

不安もある。

 

分からないことだらけだ。

 

でも――

 

それ以上に。

 

(ちょっとワクワクしてる)

 

そんな感情が、確かにあった。

 

 

「失礼します」

 

萌花の言葉と共に、遥と萌花の二人は学園長室を後にした。

 

そして、重厚な扉が、静かに閉まる。

 

その音が完全に消えた後――

 

部屋には、わずかな静寂が残った。

 

ババ様は椅子に深く腰掛けたまま、閉じられた扉へと視線を向ける。

 

「……行ったか」

 

ぽつりと、呟く。

 

その言葉に応えるように、室内に残っていた、グランツ先生が口を開いた。

 

「えぇ」

 

低く落ち着いた声。

 

その言葉にババ様は問いた。

 

「……お主から見て、遥はどうじゃ?」

 

ほんのわずかな間の後、先生は答える。

 

「――典型的なノクスでしょうか」

 

「ほう?」

 

「魔法に対する憧れは強い。ですが……」

 

一拍置いた後、先生は続けた。

 

「その危険性については、まだ理解していないように見受けられます」

 

静かな分析に感情は無い。

 

ただ、事実を述べているだけの声音だった。

 

「なるほどの」

 

ババ様は小さく頷く。

 

そして、口元にわずかな笑みを浮かべた。

 

「ならば尚更、お主が適任じゃろう」

 

「……相変わらず、無茶を仰る」

 

ほんの僅かに、息を吐く。

 

「樋川君の件と言い、随分と私に押し付けている様に感じますが?」

 

「ハッハッハッ」

 

楽しげな笑い声が響いた。

 

「信頼しておる証じゃよ」

 

「……そういう事にしておきますよ」

 

短く返し、教授は一度視線を落とした。

 

そして、ふと思い出したように口を開く。

 

「それと――樋川君ですが」

 

「うむ」

 

「先程のあの表情」

 

ほんのわずかに、目を細める。

 

「……初めて見ました」

 

その言葉に、ババ様は目を閉じる。

 

ゆっくりと、息を吐いた。

 

「そうじゃな……」

 

静かな声。

 

「ワシも、久しく見ておらん気がするのぉ」

 

ほんの一瞬の沈黙。

 

「やはり……人間界に行かせたのは正解でしたね。流石は大魔女様です」

 

教授はシンプルに尊敬の声でそう言った。

 

それに対し、ババ様はゆっくりと頷いた。

 

「うむ……」

 

短い肯定。

 

だが、その声には確かな実感がこもっていた。

 

「少しは、変われたようじゃ」

 

そして――

 

「やはり、甘いですね……」

 

間髪入れずに返される一言。

 

「うっ……」

 

今度はババ様が言葉に詰まる番だった。

 

その様子を見て、教授は小さく息を吐く。

 

だがその口元は、ほんの僅かにだけ――

 

緩んでいた。




読んで頂きありがとうございました。
また次回も読んで頂けますと嬉しいです。
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