落ちこぼれ魔法少女と魔力ゼロの俺~世界屈指の魔力を持つ少女を制御できるのは俺だけだった~   作:青井風太

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決闘

屋内演習場――学園内でも最大規模を誇るその施設は、すでにざわめきに満ちていた。

 

観客席はおよそ七割ほどが埋まっている。

 

物珍しいノクスを一目見ようと――

あるいは、笑いものにしようと。

 

そんな思惑が、空気の端々に滲んでいた。

 

やがて。

 

場内に、よく通る女性の声が響く。

 

「さぁ、お待たせしました――!」

 

弾けるような声音で彼女は続けた。

 

「ルミナス魔法学園、教師、生徒の皆様!本日の決闘を開始します!」

 

ざわめきが一段、熱を帯びる。

 

「実況は私、高等部二年、ミコラ・アーベンと!」

 

ミコラはくるりと体を横に向け、振った。

 

「……同じく二年、新谷ヒスカがお送りします……」

 

気だるげな声が、温度差を作った。

 

「テンション低っ!?今から盛り上がるとこなんだけど!?」

 

「アンタが勝手に盛り上がってるだけでしょ……」

 

早速の小競り合いに、観客席から小さな笑いが漏れる。

 

笑いの中ミコラは軽く咳払いを一つ。

 

「ではまず、今回の決闘の申請者から紹介しましょう!」

 

指を高く掲げ、声を張り上げた。

 

「入学初日に喧嘩を売ってきたノクスに――現実を見せるのは誰か!?」

 

「魔法少女か!?魔法師か!?いいや違う!!」

 

「いや違わないでしょ、アルヴェインも魔法少女なんだから」

 

「ヒスカちゃん、今いいところだから!」

 

無理やり押し切るように、ミコラは声を張る。

 

「かの名家、アルヴェイン家の末妹――!」

 

「エルミナ・アルヴェイン!!」

 

その声と共に重厚な扉が、ゆっくりと開いた。

 

姿を現したのは、金髪の少女。

 

ざわめきが、歓声へと変わる。

 

彼女はそれを当然のように受け流し。

 

興味なさげに、さらりと髪をかき上げた。

 

歓声は次第に止み、次のアナウンスを皆が待つ。

 

「さぁ続きまして対するは――!」

 

ミコラが声を張る。

 

「魔力総量は怪物級!……しかし制御不能!」

 

「実戦成績は振るわず!果たして今回はどうなるのか!?」

 

少し間を置いて、続けた。

 

「学園の落ちこぼれが――ノクスを連れて登場だ!!」

 

――その頃。

 

舞台へと続く通路にもそのアナウンスは届いていた。

 

通路に響く足音は一つ。

 

声は二つ。

 

怒りと焦りの声。

 

隣を歩く樋川が、ちらりとこちらを見る。

 

「へ、変な所触ったらぶっ飛ばすからね!」

 

「その緊張感は相手に向けろよ……」

 

呆れた声で返す。

 

――俺は。

 

樋川の肩の上に乗っていた。

 

「魔法少女見習い・樋川萌花&赤城遥!!」

 

そのコールと同時に、光の中へ踏み出す。

 

「え?」

 

アナウンスの間の抜けた声が響き。

観客席の空気も、明確に揺れた。

 

「あれ?落ちこぼれだけ?」

「逃げたのか?」

「いや待て、肩に何かいるぞ!」

 

ひそひそと、その声は次第に大きく広がっていく。

 

「何アレ……タヌキ?」

「いやでも、めちゃくちゃ二足歩行で腕組んでないか?」

「じゃあアレは何だよ……」

 

疑問と違和感。

 

そして、わずかな嘲笑。

 

そのすべてが混ざり合う。

 

そんな中。

 

アルヴェインが、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。

 

「……ノクスは?」

 

わずかに眉をひそめる。

 

「もしかして――逃げましたの?」

 

その問いに。

 

「逃げてねぇ!」

 

声が響く。

 

アルヴェインの視線が、樋川へと向く。

 

「今の声……どこから……」

 

そして――気づく。

 

「え?」

 

目線が下がる。

 

樋川の肩。

 

そこにいる、小さな存在と目が合った。

 

「そ、そのタヌキがノクス……なの?」

 

一瞬の沈黙。

 

そして――

 

「どうだ!凄いだろ、俺の変身魔法!!」

 

堂々と言い切る――が。

 

「凄いのはババ様の魔道具でしょ!」

 

即座に樋川のツッコミが飛んだ。

そして。

 

ざわめきが、さらに大きくなる。

 

「変身魔法……?」

「は?ノクスに魔法なんて使えんのか?」

「意味わかんねぇ……」

 

観客の困惑は収まらない。

 

だが――

 

その中で。

 

樋川だけが、小さく息を飲んでいた。

 

(……本当に、これでいいの?)

 

胸の奥に残る、不安。

 

拭いきれない現実。

 

その感情が、静かに顔を出す。

 

――二日前。

 

 

「片手を空けたい?」

 

ババ様が、ゆっくりと復唱した。

 

「うん。樋川、俺と手繋ぐの恥ずかしいみたいでさ」

 

「そ、そんなこと言ってないでしょ!?」

 

即座に噛みつく樋川の顔はほんのり赤い。

 

――が、すぐに表情を引き締めた。

 

「……で、でも、実際問題」

 

少しだけ視線を逸らしながらも、はっきりと言う。

 

「戦闘中に片手が塞がるのは、やっぱり動きづらくて……」

 

言葉を選ぶように続ける。

 

「回避の時とか、その……赤城君をいちいち抱えることになったら」

 

ほんの一瞬、間を置いて。

 

「被弾率も上がると思いまして」

 

「お荷物みたいに言わないでくれる!?」

 

間髪入れずにツッコむ。

 

「こ、効率の話だよ!?」

 

「今の言い方は完全にそうだっただろ!」

 

ジーッと、樋川を細めで見つめると、目線は別方向へと逸らされた。

 

そのやり取りを、ババ様は静かに見ていたが――

 

「……なるほどの」

 

小さく頷いた。

 

「要するに――」

 

「手を繋がなくても、魔力を受け取れる方法があればいい。と、言うことじゃな」

 

一瞬の沈黙。

 

ババ様は、ふむと小さく頷いた。

 

「なるほどの。要件は分かった」

 

「すみません……」

 

少し頭を下げた樋川は。

 

「謝る必要はない」

 

あっさりと返された。

 

「戦う上での工夫は当然のことじゃ」

 

そう言って、ババ様はくるりと背を向ける。

 

部屋の奥。

 

ガラス張りの棚の前まで歩いていった。

 

「……確か、この辺りに――」

 

指先でいくつかの魔道具をずらし。

 

やがて、一つを取り出す。

 

「これが使えるじゃろう」

 

手にしていたのは――

一つのブレスレット。

 

黒を基調とした、腕時計ほどの大きさ。

 

中央には繊細な紋様。

 

菊のようにも見える意匠の上に、刻まれた“M”の文字。

 

それを見た瞬間。

 

樋川の目がわずかに見開かれた。

 

「そ、それって……」

 

「うむ」

 

ババ様は軽く頷き。

 

次の瞬間、俺に向かって放り投げた。

 

「ほれ、遥。つけてみい」

 

「ちょっ!?」

 

慌てて両手で受け止める。

 

危なっかしくも、なんとか落とさずに済んだ。

 

「……なにこれ、腕輪?」

 

じっと見つめながら問うと。

 

「変身魔法を組み込んだ魔道具じゃ」

 

――その一言で。

 

心臓が、ドクンと跳ねた。

 

胸の奥に火がついたみたいに、熱が広がる。

 

「へ、変身魔法!?それに魔道具!?」

 

思わず声が上ずる。

 

「魔道具は汽車で見たでしょうが……」

 

樋川の冷静なツッコミが入るが、耳に入ってこない。

 

「変身って……あの変身!?」

 

「どの変身を想定しておるのかは知らんが、まぁ概ね合っておる」

 

ババ様は淡々と答える。

 

「使い方は簡単じゃ。腕に装着して――」

 

指先でくいっと示す。

 

「何でもいい。好きな動物を思い浮かべてみるんじゃ」

 

「何でもって……何でも?」

 

「うむ、何でもじゃ」

 

即答。

 

「ただしまぁそうじゃな……」

 

少しだけ考える素振りを見せ、

 

「萌花の肩に乗る程度の大きさにしておけ」

 

「わ、私のですか!?」

 

「当たり前じゃろ」

 

ババ様は呆れたように言い切る。

 

「接触せねば遥の魔法は使えん。

何を今更驚いておる」

 

「いや、その……」

 

言い返せない樋川。

 

その横で、俺は腕輪を見つめながら考えていた。

 

猫……は、ばぁちゃんと被るな

 

犬……は、なんだか大型犬になりそうだし……

 

変身……変身か……

 

頭の中でイメージを転がす。

 

その時。

 

「あっ」

 

ふと、浮かんだ。

 

妙にしっくりくる形。

 

これなら動きやすいし、邪魔にもならない。

 

何より――

 

「ちょっと面白そうだな」

 

小さく呟き、腕輪を装着する。

 

そして、イメージを固めた次の瞬間。

 

視界が、白く染まった。

 

煙のような光が身体を包み込み。

 

輪郭が溶ける。

 

重さが変わる。

 

感覚が、縮む。

 

次の瞬間には――

 

地面が、やけに近かった。

 

「……お?」

 

見上げる。

 

そこには、樋川の姿。

 

さらにその向こうに、ババ様。

 

「うむ、上手くいったの」

 

満足げな声。

 

一方で。

 

「……本当にこれでいいの?」

 

樋川の、なんとも言えない表情。

 

俺はその場で、ぽんっと腹を叩いた。

 

丸く膨らんだ感触。

 

しっくりくるフォルム。

 

「問題なし!!」

 

 

そして、現実に意識が戻る。

 

その瞬間、鋭い声が飛んだ。

 

「マリィ・アンソワーズ様の……魔道具……?」

 

その一言で、空気が変わった。

 

アルヴェインの視線が、まっすぐに――俺の左手首へと突き刺さる。

 

そして。

 

「――その魔道具……!」

 

声が、わずかに上ずった。

 

「それに、そのマーク……!」

 

一歩、踏み出す。

 

さっきまでの余裕は消え、明らかに“食いついている”。

 

「あなた……それ、どこで手に入れましたの!?」

 

「どこって……ばぁちゃんがくれた」

 

「貸・し・て、くださったの!」

 

横から即座に訂正が飛ぶ。

 

その勢いに少しだけ押されながらも、肩をすくめる。

 

「……で、これがどうかしたのかよ?」

 

アルヴェインは、ほんの一瞬だけ言葉を詰まらせた後――

 

信じられないものを見るような目で言い放つ。

 

「あなた……それがどれほどの価値か、分かっていませんの?」

 

「知らんわ」

 

即答だった。

 

その言葉にアルヴェインのこめかみがぴくりと揺れる。

 

「最低でも白金貨百枚……!」

 

言葉に、わずかな熱が乗る。

 

「ノクス如きが触れていい代物ではありませんわよ!」

 

軽く流して、横を見る。

 

「なぁ、樋川。それってどれくらい?」

 

振られた樋川は、少しだけ考えてから口を開いた。

 

「……日本円で言うなら」

 

「白金貨一枚で、大体百万円くらい」

 

「ちなみに金貨は一枚一万円くらい」

 

一瞬で頭は真っ白になった。

 

――イチマイヒャクマンエン?

 

――ソレガヒャクマイ?

 

頭の中で計算が走る。

 

そして。

 

「い、一億!!?」

 

声が震えた。

 

「俺、今一億円ぶら下げてんの!?」

 

「生々しい言い方やめなさい!」

 

即座にツッコミが入る。

 

だが、それでも動揺は隠せない。

 

しかし、そんなタイミングで。

 

「あのー……そろそろ続けてもいいですかね?お三方?」

 

アナウンス席から、やや引き気味の声が飛んできた。

 

視線がそちらへ向く。

 

ミコラが、苦笑いを浮かべている。

 

「し、失礼しましたわ」

 

アルヴェインが一歩下がり、軽く咳払いをする。

 

「進行をお願いします。アーベン先輩」

 

「はいはーい、それでは気を取り直して!」

 

ミコラがパン、と手を叩いた。

 

「勝敗はシンプル!相手を戦闘不能、もしくは降参させた方の勝利です!」

 

会場の上空に、淡く光る膜が展開されていく。

 

「観客席への結界も展開完了!安全対策バッチリです!」

 

その横で。

 

「……保健のウィンリー先生も待機済み」

 

ヒスカが気怠そうに続ける。

 

「怪我しても先生が治してくれるから大丈夫……でも殺すのはダメ……」

 

「はぁ……早く終わって……帰りたい……」

 

机に突っ伏すようにして、完全にやる気がない。

 

その温度差に、再び小さな笑いが起きる。

 

――そして。

 

静かに、空気が戻る。

 

アルヴェインがこちらを見た。

 

さっきまでの動揺は消えている。

 

代わりにあるのは――確信と、余裕。

 

「……その魔道具」

 

ゆっくりと口を開く。

 

「決闘の後に、借り受ける項目を追加しておきましょうか」

 

「ノクスの下僕に命じることは、いくらでもありますもの」

 

鼻で笑う。

 

それに対して。

 

「はっ」

 

俺も笑った。

 

「お前こそ謝罪文、ちゃんと用意してんだろうな?」

 

空気が、ぴんと張る。

 

その横で。

 

樋川が、ゆっくりと杖を抜いた。

 

震えは――まだ、消えていない。

 

それでも。

 

しっかりと構える。

 

対するアルヴェインは、動かない。

 

ただ、立ち。

 

一瞬の静寂が流れる。

 

そして。

 

「それでは――」

 

ミコラが、息を吸い。

 

「決闘――開始!!」

 

その声と同時に。

 

空気が弾けた。




読んで頂きありがとうございました。
ようやく戦い始めました。
次回も読んで頂けますと嬉しいです。
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