落ちこぼれ魔法少女と魔力ゼロの俺~世界屈指の魔力を持つ少女を制御できるのは俺だけだった~   作:青井風太

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エルミナ・アルヴェイン

食器が触れ合う、乾いた音だけが静かに響いていた。

 

長いテーブルの上には、見目麗しく整えられた料理が並んでいる。

だが、その場に満ちている空気は、温かさとは程遠い。

 

ただ、冷たい。

 

「あー……なんと言ったかな、例の……」

 

不惑を過ぎた男が、ナイフを持つ手で宙を軽くなぞる。

思い出そうとする仕草。だが、その声音に滲むのは関心ではなく、ただの確認作業のような軽さだった。

 

視線だけが、右斜め前へと向けられる。

 

「樋川萌花ですよ、父さん」

 

即座に答えたのは、金髪の青年だった。

 

食事の手を止めることもなく、淡々と続ける。

 

「初等部に入学したばかりですが……すでに学園中で噂になっています」

 

「あぁ、それだそれだ」

 

男は軽く頷き、どこか楽しげに口元を緩めた。

 

「とんでもない魔力量なんだってな?」

 

「えぇ。高等部にも話が上がるほどには」

 

青年の斜め前。

エルミナの正面に座る女性が、穏やかな口調で答える。

 

「そりゃあ大したもんだなぁ」

 

感心したように言いながら――

 

その視線が、ゆっくりと横へ流れた。

 

「それに比べて……」

 

言葉が、途切れる。

 

テーブルの端。

 

そこに座る少女へと、視線が落ちた。

 

金髪の少女――エルミナは、俯いたまま何も言わない。

 

カトラリーを持つ手も、止まっていた。

 

「はぁ……」

 

わざとらしく落とされた深いため息。

 

それだけで、場の温度が一段、下がる。

 

誰もフォローしない。

誰も否定しない。

 

ただ――それが当然であるかのように、食事は何事もなかったかのように続いていく。

 

エルミナは、顔を上げない。

 

上げられない。

 

その沈黙の中で。

 

自分だけが、この場に不要な存在であるかのような感覚だけが、静かに、確実に積もっていった。

 

 

名家――アルヴェイン家の末妹。

 

誇らしいはずのその肩書きは、いつからか。

私にとっては、ただの重圧でしかなくなっていた。

 

 

ある日の、授業の合間。

 

「ねぇねぇ、アルヴェインさん!」

 

明るい声に顔を上げる。

 

初等部の頃。話しかけてきたのは、同じクラスの女生徒だった。

その周りにも、同じように興味を向ける二人の少女がいる。

 

「エリオットさんとエレナさん、魔導大会で一位と二位だったんでしょ!?」

 

無邪気な声から出た、誇らしいはずの話題。

 

――私の、兄と姉の話。

 

年に一度開かれる魔導大会。

その頂点に立った双子の兄姉。

 

当然、知っている。

 

つい先日、盛大な祝いの席が設けられたばかりだ。

 

「えぇ……まぁ……」

 

私は、ほんのわずかに視線を逸らした。

 

次に続く言葉が、分かっていたから。

 

「なんでも上級生相手でも、ほとんど一撃で勝ったって!」

 

「決勝はお兄さんが勝ったんだよね!?」

 

「やっぱりすごいよね、“アルヴェイン家の魔法”!」

 

眩しいものを見るような純粋な尊敬の目が私を見つめた。

 

そして――

 

「アルヴェインさんも、そのうち使えるようになるんでしょ?」

 

「いいなぁ……」

 

「っ……」

 

胸が、締め付けられる。

 

その言葉に悪意はない。

 

ただ純粋に羨んでいるだけだと、分かっている。

 

分かっているのに――

 

苦しい。

 

「ありがとう……兄さんと姉さんにも伝えておくわ」

 

それ以上続けさせないように、強引に話を切る。

 

笑顔を作る余裕はなかった。

 

私には――使えない。

 

生まれ持った魔力量は、平均程度。

アルヴェイン家特有の魔法を扱うには、あまりにも足りなかった。

 

だから――

 

「ねぇ見てよ、あの落ちこぼれ。またノート書いてる」

 

ひそひそと、背後で声がする。

 

「どんなに魔力あっても、扱えなきゃ意味ないのにねー」

 

「“魔法の使い方”を書いてるらしいよ、あのノート」

 

「笑える〜。的当てすらまともにできないくせに」

 

嫌でも、耳に入ってくる。

 

……だから。

 

羨ましかった。

 

お父様に褒められている、あの子が。

 

樋川萌花が。

 

「アルヴェインさんもそう思うでしょ?」

 

不意に、話を振られ、私に視線が集まった。

 

逃げ場はない。

 

その時の私は――

 

「うん……」

 

小さく、そう返すことしかできなかった。

 

思ってもいない言葉。

 

ただ、場に合わせるだけの返事。

 

それしかできなかった。

 

 

そして、ある日。

 

「やった……できた!」

 

屋外演習場。

 

思わず声が漏れる。

 

理由は単純だった。

 

杖を使わずに――魔法の制御に成功したから。

 

周りの生徒たちは皆、杖を振っている。

 

その中で。

 

私だけが、素手で魔法を制御できた。

 

胸の奥が、熱くなる。

 

これで――

 

これで、ようやく。

 

私も、認めてもらえる。

 

そう、思った。

 

だが。

 

「だから何だ?」

 

家に戻り、父に報告し、返ってきた言葉は――それだった。

 

「私は忙しいんだ。その程度のことで、いちいち報告するな」

 

視線すら向けない。

 

ただ、切り捨てるような声音。

 

「……ごめんなさい」

 

それしか言えなかった。

 

踵を返し、部屋を出ようとした――その時。

 

「落ちこぼれが……」

 

背後から、吐き捨てるような声。

 

「はぁ……あの子が私の娘ならば……」

 

――まただ。

 

足が止まる。

 

また。

 

また、あの名前。

 

また――樋川萌花。

 

何かあれば、比較される。

 

何かあれば、引き合いに出される。

 

また。

また。

何度も、何度も。

 

胸の奥で、何かが軋む。

 

才能がある人間が、嫌いだ。

 

生まれながらに持っている力を、当然のように振るう人間が。

 

努力なんて関係ないと、突きつけてくる存在が。

 

私の努力も、時間も、すべてを――

 

無意味にする存在が。

 

「……落ちこぼれ」

 

その言葉が、頭の中で反響する。

 

 

そして――ある日の授業前。

 

「わ、私だって……頑張って……」

 

弱々しい声。

 

視線の先には、囲まれている少女――樋川萌花。

 

「意味ないって言ってんの!」

 

「見てるだけでイライラすんのよ!」

 

容赦のない言葉が、彼女に向けられている。

 

「ねぇ、アルヴェインさん」

 

また、振られ視線が集まる。

 

逃げ場は――ない。

 

けれど。

 

その日、私は初めて。

 

自分の意志で、口を開いた。

 

「えぇ……」

 

ほんの一瞬、言葉が詰まる。

 

それでも。

 

はっきりと、言い切った。

 

「落ちこぼれは――何をしても、落ちこぼれですわ」

 

その言葉は。

 

誰よりも強く――

 

自分自身に、突き刺さっていた。




読んで頂きありがとうございました。
また次回も見てもらえると嬉しいです。
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