落ちこぼれ魔法少女と魔力ゼロの俺~世界屈指の魔力を持つ少女を制御できるのは俺だけだった~ 作:青井風太
アルヴェインの両手が、ゆっくりと前に突き出される。
その動きには、先ほどまでの苛立ちとは違う――どこか研ぎ澄まされた静けさがあった。
そして、唇が動き始めた。
――集え、幻想の光。
――混ざれ、光炎の如く。
「……え、詠唱!?」
実況の、ミコラの声が裏返った。
「一年で……信じられない……!」
先程まで冷静だったヒスカすらも、隣で目を見開いていた。
「二年でもまともに扱える人が少ない詠唱を……独学で……?」
ざわめきが一気に広がる。
だが、その中心で。
俺は別の違和感を感じていた。
詠唱……やっぱり、詠唱ってあるのか……
い、いやいや、今は感心している場合じゃない!
目の前のアルヴェイン。
その空気が――さっきまでと違う。
何かは分からない。
うまく言語化できない。
だが確かに、“何か”が変わっている。
アルヴェインは、そのまま詠唱を完成させた。
――我が意志と共に、焼き払え!
「リビュオン・イグニス!!」
放たれたのは光。
だが、その周囲には螺旋状に渦巻く炎がまとわり、空気を裂く音と共に迫って来てる。
思わず目を細めそうになる熱。
見た目もそうだが、明らかに先程までとは違うその魔法に、一歩、後ずさる。
いや、関係ない。
俺は迫り来る光炎を右手を突き出した。
「吸収しちまえば――詠唱だろうが関係ない!」
その言葉に、アルヴェインが、フッと鼻で笑った。
その視線の奥で。
樋川が、必死に何かを叫んでいるのが見えた。
「違う!赤城君、避けて!!」
「え?――」
次の瞬間には光が、掌に触れていた。
それはさき程までと同じように。
輪郭が崩れ、粒子へと分解され――
右手へと、吸い込まれていく。
「よし――」
そう確信した、直後。
吸収しきったはずの“残滓”が。
再び、光を、炎を取り戻した。
「――は?」
一瞬の空白。
次の瞬間。
ズバンッ!!
衝撃が、身体を貫いた。
「ブヘッ!!」
呼吸は潰れ、そのまま身体が宙を舞う。
背中から闘技場の壁へ叩きつけられ、鈍い音が響く。
そして肺の空気が、強制的に吐き出された。
「がっ……!」
視界が、揺れる。
地面に崩れ落ちながら、かろうじて顔を上げる。
「……はぁ……はぁ……」
荒い呼吸のまま、俺は混乱する頭を回した。
「なんだ……今の……」
確かに、吸収した。
その感触はあった。
「……吸収した……はずだ……」
その呟きにアルヴェインが、静かに口を開いた。
「あなたが吸収したのは“私の魔力”だけ」
アルヴェインの言葉は不敵な笑みのまま続いた。
「やはり、詠唱で混ぜた“自然魔力”は、吸収できないようね」
「自然……魔力……?」
聞き慣れない言葉に、思考が止まる。
アルヴェインは、その様子を見下ろしながら。
「流石に威力は落ちた様だけれど、何も理解できていないからそうなりますのよ」
言葉がただ、突き刺さる。
「はぁ……はぁ……」
瞬間、アルヴェインは肩を上下させた。
「流石に魔力を使いすぎましたわ……でも」
その視線は遥を経由して樋川にも向けられた。
「あなたがいなければ、樋川さんは、今まで通りの魔法の制御もできない、ただの"落ちこぼれ"」
そして、再び遥へ。
「あなた自身も、単体では何もできない」
「つまり――」
一歩、踏み出す。
「終わりですわ」
冷たく、言い切る。
「そこで這いつくばって、見ていなさい。この決闘が終わる所を」
その言葉と共に、アルヴェインはわずかに目を細める。
胸の奥に、ようやく訪れた安堵。
(これで……私は……)
(もう、あんな視線は――)
――その瞬間だった。
「今だ、樋川!!」
地に伏していたはずの遥の声が、鋭く響いた。
「っ!?」
反射的に振り向く。
そこにいたのは――
杖を構えた、樋川の姿。
その先端には、かすかに揺れる光が集まっていた。
「リビュオン・レイ!」
放たれる三度目の光。
その光は細く弱い。だが――
確かに、まっすぐと、こちらへ向かってくる。
「なっ……!」
一瞬、理解が遅れる。
「なんで……ノクスはそこに!」
だが、その戸惑いは刹那。
「くっ……!」
即座に思考を切り替える。
アルヴェインもまた、右手を突き出した。
「リビュオン・レイ!」
光が放たれる。
二つの光線が、空中で激突した。
バチィッ――!!
火花のように魔力が弾け、衝突点が激しく揺らぐ。
「まさか……」
アルヴェインの目が細められる。
「一人で魔法を放ってくるなんて……」
だが、すぐに冷静さを取り戻す。
「ですが……樋川さん一人で制御できる魔力量など、たかが知れていますわ」
押し返すように、最後のトドメを刺すかの様に、魔力を強め始める。
「この魔法の威力がその証拠――やはりあなた一人では、相手になりませんわ!」
「くっ……!」
樋川の光が、じわじわと押し戻されていく。
最初こそ拮抗していた均衡が、ゆっくりと崩れ始めていた。
空間を満たす圧力が、明確に傾いていく。
土埃が、まだゆっくりと舞っていた。
視界の端で、徐々に、樋川まで魔法が迫っている。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
樋川の呼吸が、限界に近づいていた。
片膝をつき、杖を握る手が小刻みに震え始める。
肩が大きく上下し、劣勢なのは誰がどう見ても明らかだった。
「このままじゃ……」
絞り出すような声。
その瞬間だった。
「諦めるな!」
土を蹴る音が、戦場に響いた。
「――っ!?」
観客がざわめく。
魔法を受け、吹き飛ばされたはずのノクス――遥が、再び走り出していた。
その走る姿は、さっきまでの小さな容姿ではない。
腕輪は外され、元の姿へと戻っている。
人型に戻った事により、大きくなった一歩で、一気に距離を詰めていく。
「なっ……」
アルヴェインの目が見開かれる。
「威力が落ちてたとはいえ、直撃したはず……ただのノクスが…‥なぜまだ動けるの!?」
理解が追いつかず、魔法の押し合いに手一杯なアルヴェインの横を走り抜ける。
「お前こそ何も理解できてねぇんだよ!根性で、ノクスは動けんだよ!!」
遥は、そのまま樋川の元へ滑り込むように辿り着く。
「このままじゃ……!」
樋川の声は震えていた。
魔法の衝突点は、もう五メートルほど先まで迫っていた。
だが――
「吸収していた魔力、全部流すぞ!」
短く、遥は意思を伝えた。
「このまま押し切るんだ!」
「そんなの……!」
樋川が目を見開く。
「コントロールできるわけ――」
「できる!!」
「根拠は!?」
「知らん!俺の感だ!」
「こんな時に……何適当な……事……」
遥は片膝を支えていた樋川の手を握り、告げた。
「最初に“狙えた”場所は覚えてるだろ?」
「……っ」
「そこに流せばいい。そこを“通り道”にするんだ!」
理屈としては荒い。
だが――
戦闘の中で積み重ねた“感覚”に基づいた言葉だった。
それに――
「それに、2人なら何とかなるだろ!」
苦笑する。
しかし樋川は答えた。
「……うん」
小さく、しかし確かに頷いた。
その手を――遥が強く握った。
瞬間。
吸収していた魔力が、一気に流れ込む。
「――っ!!」
樋川の身体が跳ねる。
だが、崩れない。
歯を食いしばり、踏みとどまる。
「いくぞ!!」
「うん!!」
二人の声が重なった。
「「リビュオン・ブースト!!」」
次の瞬間――
光が、爆発した。
細かった光線が、一気に膨れ上がる。
奔流となり、一直線にアルヴェインへと迫る。
「なっ――!?」
押される。
アルヴェインの放った光が、目に見えて削られていく。
「そんな……!」
歯を食いしばる。
押し返そうとする。だが――
「ぐっ……!」
踏ん張る足が、わずかに沈む。
「あなたにだけは……負けるわけには――」
踏ん張るアルヴェインの脳裏に言葉がよぎった。
負ける……?
その言葉が、ただ、頭の中を走った。
――また。
しかし。
一瞬、魔力が揺れた、その僅かな乱れを――
光は見逃さなかった。
一気に、飲み込む様に光はアルヴェインに届いた。
「――――っ!!」
轟音。
爆ぜる光。
衝撃が地面を揺らし、砂埃が高く舞い上がる。
そして。
静寂が訪れた。
◇
土煙が、ゆっくりと晴れていく。
その中心で。
アルヴェインは、地面に倒れていた。
身体は動かない。
だが――
かすれ行く意識の中。
息を切らしながらも、立っている樋川の姿。
そして、その隣に立つノクス。
その目の前の二人が――
少し輝いて……見えた。
次第に意識は遠くなり――ゆっくりと、アルヴェインは目を閉じた。
◇
「……決着!!」
実況の声が、場内に響き渡った。
「勝者――樋川萌花!!」
その声がもたらした一瞬の静寂は、瞬時に爆発した。
「うおおおおお!!」
「ま、マジかよ……!」
「あの落ちこぼれが……」
歓喜、困惑、興奮。
様々な声が入り混じる。
「なんと!!あの樋川が!!アルヴェイン家相手に初白星!!」
実況の声を聞き、ようやく実感がわいた樋川が、ぽつりと呟く。
「やっ……やった……」
まだ、どこか現実感のない表情のまま体を横に向けた。
「赤城君……私……」
「……おう」
遥は、短く答えた。
そして、グッと。
拳を突き出した。
「やったな」
っと、一声と笑顔を添えて。
それを見た樋川も手を上げかけたのだが――
「……や、やらないわよ」
くるりと背を向けた。
「浮かれてるみたいじゃない」
「なんでだよ!?」
即座にツッコミが飛ぶ。
そのまま、樋川は、実況と歓声を耳にしながら、歩き出す。
「まぁ、いっか」
遥から見えたその背中は、いつも通り――
でも、ほんの少しだけ、軽かった。
見えない角度で樋川は胸に、そっと拳を当てる。
「……やった」
小さく、確かに。
初勝利を噛みしめていた。
読んで頂きありがとうございました。
次回で一旦一区切りとなります。
また次回も読んで頂けますと嬉しいです。