落ちこぼれ魔法少女と魔力ゼロの俺~世界屈指の魔力を持つ少女を制御できるのは俺だけだった~ 作:青井風太
白い天井が、ゆっくりと視界に戻ってくる。
薬品の匂い。
静かな空気。
そして――かすかに感じる、人の気配。
「……ん」
まぶたが重い。
それでも、アルヴェインはゆっくりと目を開いた。
ぼやけていた視界が、少しずつ焦点を結ぶ。
その先に――
見慣れた制服姿の彼女がいた。
「あっ、起きたよ赤城君」
樋川はアルヴェインと目が合うと、振り返り、その名前を呼んだ。
「おっ、やっとか」
軽い返事のまま、足音がこちらのベッドまで近付いてくる。
そのやり取りに引かれるように、アルヴェインはゆっくりと上体を起こした。
そして――
真正面にいた少女と、再び目が合った。
「……」
ほんの一瞬の沈黙。その後にアルヴェインの唇が、少し開いた。
「……見舞いにしては、ずいぶん賑やかですわね」
静かな声音だが、視線をわずかに伏せ。
「それとも――」
自嘲気味に、続けた。
「……笑いに来ましたの?」
「え?」
樋川が、戸惑ったように声を漏らした。
「散々“落ちこぼれ”呼ばわりしていた相手に負けた――」
アルヴェインは、フッと小さく笑う。
それは他人に向けたものではなく。
自分自身を嘲るような笑みだった。
「こんな、みっともない私を」
布団を握る手は緩く,ほんの少しだけ皺が寄っていた。
「……本当の落ちこぼれは、私だったようですわね」
その言葉に、今度ははっきりと声が返った。
「違うよ!」
迷いのない樋川の否定にアルヴェインが顔を上げた。
「落ちこぼれなんかじゃないよ」
「……え?」
ただまっすぐに、見つめる樋川と目が合い、困惑気味にアルヴェインは呟いた。
「全方位の攻撃も、槍のコントロールも、箒の制御だって。全部私なんかじゃ真似できない、アルヴェインさんの凄い技術でしょ?」
樋川は真っ直ぐ視線を逸らさずに続けた。
「才能だけじゃない、努力したからでしょ?だから――アルヴェインさんは、落ちこぼれなんかじゃないよ」
嫌な思いをしたことは一度や二度じゃない。
何度もしてきた。
それでも、この尊敬の思いは樋川の本心だった。
それに――
「散々アルヴェインさんの魔法にやられた私が保証する……なんて……」
実体験付きだ。
頬を掻き、自虐混じりの言葉にただアルヴェインの目が、わずかに揺れた。
「――樋川さん……」
自然と、口が開く。
言葉を選ぶ余裕もないまま。
「……ごめんなさい」
静かに。
アルヴェインはただ、自分の胸の内を言葉にした。
「今まで……その……あなたを貶めて、自分を強く見せたいだけの……恥ずかしい人間でしたわ。ごめんなさい。」
そして、まっすぐに樋川を見つめた。
「許してもらえるとは思っていないけれど……私の本心ですわ」
深く……言葉と共に樋川へ体を曲げた。
「い、いいよいいよ!」
その言葉と行動に、樋川は直ぐに手を振った。
「元はと言えば赤城君が喧嘩売るから!」
「なんで俺に振るんだよ!?」
間髪入れずにツッコミが入る。
だが、樋川は無視したまま続けた。
「それに……私も、自分がダメだって思っていたし」
小さく息を吐く。
そして、顔を上げる。
「だからさ」
少しだけ緊張したように。
けれど、確かに前を向いて。
「今度、魔法制御のコツ……教えてくれない?」
その言葉を聞いたアルヴェインは――
ふっと、柔らかく笑った。
「もちろんですわ」
そして、少しだけ言い淀む。
「……それと」
「次からは"エルミナ"と、呼んでもらえると……嬉しいですわ」
ほんの少しだけ、頬が緩む。
「うん!」
ぱっと明るい笑顔のまま、樋川も答える。
「じゃあ――萌花って呼んで!」
差し出される手を一瞬だけ見つめてから、アルヴェイン――いや、エルミナは、その手を取った。
しっかりと、握り返す。
その光景を、少し離れた場所から見ていた遥は――
我慢できなかった。
「なぁなぁ!」
ぐいっとエルミナまで距離を詰める。
「さっきのアレ!詠唱だよな!?」
「ひゃっ!?」
突然の接近に、エルミナが思わず声を上げた。
そんな声などお構いなく、遥は続ける。
「詠唱文って自分で考えてんの!?それとも型があんの!?あと文節ってどう区切って――」
まさにオタクとも言えるその物言いに圧倒されるエルミナに変わり、静止を行う者がいた。
「いでででででっ!!」
樋川が、遥の耳を容赦なく引っ張った。
「もう!今起きたばかりなのに、何してんのよ!」
「わ、分かった!分かったから離せぇ!!」
そのまま引きずられていく遥。
バタバタと騒がしい音が、医務室に広がる。
その様子を見て。
エルミナは、ぽつりと小さく息を吐いた。
そして――
ほんの少しだけ、笑った。
◇
翌日。
昼休憩前の講義が終わると同時に、教室は一気にざわめき出した。
昼ご飯の話題や、次の授業への愚痴が、あちこちから飛び交う。
その生徒達を遠目に、遥達も移動の準備をしていた。
「いやぁ、それにしても――まさかあのアルヴェインに勝つとはなぁ」
レンが、感心半分、呆れ半分といった顔で息を吐く。
「あの時はマジでヒヤヒヤしたぜ?アルヴェインに喧嘩ふっかける奴なんて、ほとんどいねぇぞ?ましてや入学初日のノクスがさぁ」
「ホントだよ!」
樋川がすぐに食いついた。
「今度からはもうちょっと考えて行動してよね!」
「なんで俺が責められる流れなんだよ……」
納得いかない、といった様子で遥が肩を落とす。
その様子に、レンが小さく笑った。
「まぁでも結果オーライだな。勝ったんだしな」
「……それは、そうだけど」
樋川は、ほんの少しだけ視線を逸らす。
そして――
「あっ」
何かを思い出したように、顔を上げた。
「どうした?」
「私、グランツ先生に呼ばれてたんだった!」
「お、おい昼ご飯は!?」
「2人で食べといて!」
そう言って慌ただしく教科書などを鞄に詰めた樋川は教室を後にしようと前扉までの階段を駆け降りて行った。
「ちぇー、花がねぇなぁ」
「やかましいわ!」
そんなやり取りをしている時だった。
「ねぇアンタ、何調子に乗ってんの?」
樋川の進んだ先で聞こえた、あの日と同じ声。
視線を前扉の方へ送ると、案の定、樋川を馬鹿にしていたいじめっ子2人が進路を塞いでいた。
「一回。それもマグレでアルヴェインさんに勝っただけで浮かれてさ、落ちこぼれが何調子乗ってんのよ!」
「それそれ〜、相変わらずって言うか、ウザいっていうか〜」
あの日と変わらない光景。
「あいつら、また――」
遥が割って入る為に、一歩踏み出そうとしたその時。
目の前に、進路を塞ぐ為の手が出て来た。
「まぁ待てよ」
フッと笑いながら、その手を出してきたのはレンだった。
その視線は、真っ直ぐ樋川たちへ向けられていた
「ねぇ、アルヴェインさんも調子に乗ってると思わない?一回だけのまぐれでさぁ」
いじめっ子のひとりが、いつもの調子でエルミナに声を投げた。
それまで席に座っていたエルミナが、静かに立ち上がる。
その動きに、ほんのわずかに空気が変わった気がした。
だが――
「私、そういう格好の悪いことは、もうやめましたの」
「……え?」
拍子抜けしたような声が漏れる。
嘲るはずだった言葉は続かず、二人の表情が固まる。
エルミナはそのまま、ゆっくりと二人へ歩み寄った。
「相手を認められないのは……まだ未熟な証ですもの。私も、そうでしたから」
穏やかな声音だった。
責めるでもなく、見下すでもなく――ただ、自分に言い聞かせるようなそんな言葉だった。
そのまま二人の間をすり抜けると、樋川の前で足を止める。
「行きましょ、萌花」
エルミナはふわりと微笑み続けた。
「本日、購買限定十食のサンドイッチを手に入れましたの。一緒に食べましょ」
「えっと……私、グランツ先生に呼ばれて――」
少し困ったように答える樋川。
だが、エルミナは気にした様子もなく、すっとその手を取った。
「冷めてしまってはもったいないですもの。先にお昼ご飯ですわ」
「ちょ、ちょっとエルミナさん――」
半ば引っ張られるようにして、樋川が教室の外へと連れて行かれる。
「俺の出る幕は無かったな」
その背中を見送りながら、遥はフッと微笑んだ。
一章完。と言う事で、ここまで読んで頂いた方ありがとうございました。
執筆速度の都合上、少しだけ投稿頻度が落ちますが、また呼んでもらえると嬉しいです。