落ちこぼれ魔法少女と魔力ゼロの俺~世界屈指の魔力を持つ少女を制御できるのは俺だけだった~ 作:青井風太
「ひとまずこれでよし……っと」
夜が明け、村人を解放した遥達は村の中心の広場にいた。
椅子に座る遥へそう告げたのは、村で医者を務める五十代ほどの男だった。
右手全体に包帯を巻き終えた事を確認した遥は口を開いた。
「おっちゃん、ありがとう」
「礼を言うのはこっちさ……」
医療具を片付けながら、村医者は首を横に振り、続けた。
「村を救ってくれてありがとう……君達への感謝はこんな応急処置じゃ足りないくらいさ」
ニコッと微笑むその表情を前にした遥は村を見渡すように視線を移動した。
「でも……家が何軒も壊されちまったし……」
ハイン。いや主にフォルガリオンの攻撃で、家が数件破壊され、木片となっていた。
自分を責めるようにそう告げた遥だったが、一歩前に出た村長のダロンは、そっと遥の肩に手を置いた。
「家ならまた建て直せば良い……村人が犠牲にならなかった、それだけで十分すぎますよ」
「ダロンのじぃちゃん……」
「改めて礼を言わせたくだされ、お三方。村を救ってくださり、ありがとうございます」
深々と頭を下げたダロンを見た遥は頭を掻きながら微笑んだ。
「お、おう――」
村長から送られた深いお礼に少し調子を崩しながらも、普段通りに右手で親指を立てようとした時だった。
「いっ!!」
右腕に痛みが走り、上げた手を遥は直ぐにおろした。
「こらこら、恩人とは言えダメだぞ!」
その様子を見ていた村医者は直ぐ指摘し、続けた。
「さっきも言った通り、私がしたのは応急処置……こんな内側からズタズタになってる怪我なんて初めてだよ」
そのまま顎に手を当て、遥を見据えた。
「どんな攻撃を受けたのかはわからないが、学園の先生に診てもらうまでは安静に――な」
「す、すんません……」
その言葉に少し肩を落とした遥の後ろで、顔を伏せた樋川には誰も気付いてはいなかった。
◇
村の損壊状況の確認も終わり、夜の襲撃によって心身共に疲弊していた村人達は、一度解散となった。
広場に残るのは村長のダロンと遥達だけ。
そんな時だった。
遠方から蹄の音が聞こえてくる。
車輪の回る音に混じり、二つの足音が規則正しく近付いてきていた。
「この音……もしかして」
遥の後ろで樋川が呟く。
その言葉に応えるように、エルミナは空を見上げた。
「えぇ、魔法省の方々ですわね」
視線の先には、こちらへ向かって飛行してくる二つの影。
黒いローブを纏った魔法士達が箒に乗り、朝焼けの空を駆けていた。
やがて二人は馬車より先に地面へ降り立つ。
到着するなり周囲へ視線を巡らせ、現場の状況確認を始めた。
先に口を開いたのは二十代後半から三十代ほどの男だった。
「魔法省に連絡を受けて来たのだが……これは?」
辺りを見回しながら漏らしたその声には、隠しきれない驚きが混じっている。
一方、隣に立つ三角帽の女性は早口に質問を投げかけた。
「どうしてフォルガリオンがここに? 犠牲者は? 誰が倒し――」
「待て待てケレン。一度に聞き過ぎだ」
「アンタがのんびりしてるからでしょ」
呆れたように肩を竦める女性――ケレン。
男は苦笑しながら一歩前へ出る。
「到着が遅れて申し訳ありません。私は魔法省所属の魔導士、岡谷・テレスと申します」
「あっ、クォーター」
「こらっ、静かにしなさい!」
テレスの名字に反応した遥の腕を、エルミナが軽く叩いた。
しかし本人は気にした様子もない。
「こちらはケレン・カベック。それとあと二名、馬車でこちらへ向かっています」
そう説明してからダロンへ向き直った。
「貴方が村長でしょうか?」
「えぇ、ローダン村のダロンと申します」
ダロンは一礼する。
「魔物と犯人でしたら、こちらの魔法少女の方々が既に対処してくださいました」
「魔法少女が?」
テレスの眉が僅かに動く。
「いやしかし、報告ではフォルガリオンが出現したと……」
「そんな事まで分かるのか」
感心したように呟いた遥へ、樋川が補足した。
「中位クラスになると、適当な人員を送っても意味ないからね。観測班が魔力反応を確認してから派遣するの」
「へぇ……」
遥が頷く横で、エルミナが一歩前へ出た。
「魔法少女のエルミナ・アルヴェインです。村周辺の調査任務で訪れておりましたので、私達で対処させていただきました」
その名を聞いたテレスは一瞬考え込む。
「アルヴェイン……アルヴェイン……」
やがて何かを思い出したように顔を上げた。
「君がエリオットとエレナの妹か!」
「は、はい……兄と姉がお世話になっております」
「なるほど。噂通りの活躍だな。アルヴェイン家ならフォルガリオンを倒していても不思議じゃない」
「あ……いえ、フォルガリオンを倒したのは私では――」
否定しようとしたエルミナだったが、その言葉は途中で止まった。
「隊長……いや、お父上は元気かな?」
「っ……」
一瞬だけ視線を逸らす。
「はい……私は寮生活ですので……元気だと聞いております」
それはどこか歯切れの悪い返答だった。
そんな空気を察したのか、ケレンが横から割って入る。
「はいはい、その辺の世間話は後にして」
そしてエルミナへ視線を向けた。
「首謀者は?捕まえたんでしょ?」
「あっ、はい。あちらに――」
エルミナが指差した先には、木へ縛り付けられたハインの姿があった。
「クソっ、この縄外しやがれ!!」
拘束されたまま必死にもがくハインへ一瞥を向けると、ケレンは興味を失ったようにエルミナへ視線を戻した。
「アレが首謀者?ただの一般人じゃない」
「はい……ただ、こんな物を持っていまして」
エルミナは手にしていた爪の魔導具を差し出した。
だが、それを見た途端、ハインは再び激しく暴れ始める。
「か、返せ!ソレは俺のモンだ!」
「何コレ?こんな魔導具、見た事ないわね」
ハインの叫びなど聞こえていないかのように、ケレンは爪を眺めた。
横から覗き込んだテレスも首を傾げる。
「うーん……風の魔法を込めた爪にも見えるが、どこか違うな」
魔導具を持ち上げたテレスは、そのままハインの前へ歩み寄った。
腰を落とし、目線を合わせる。
「なぁ君。これはどこで手に入れたんだ?」
「俺の魔導具だ!!返せ!!俺のだ!!」
「うーん、こりゃダメだな」
テレスは苦笑しながら立ち上がった。
まともな会話にならない事は誰の目にも明らかだった。
「ひとまず、この男は魔法省で預かろう。事情も聞かなきゃならないしね」
そう言って魔導具を軽く掲げる。
「この魔導具も証拠品として回収させてもらうが、問題ないかな?」
「はい、もちろんですわ」
エルミナは迷うことなく頷いた。
「協力感謝するよ」
柔らかな笑みを浮かべるテレスへ、遥が一歩前へ出る。
「なぁ、テレスさん」
「うん?君は?」
「あっ、えっと……赤城遥っす」
「"魔法士見習い"を付けなさい……」
横からエルミナがボソッと補足する様に呟いた。
「どっちでもいいだろ、そんな事……」
遥は即座にツッコミを返した。
「って、そうじゃなくて!」
「ん?」
テレスは首を傾げる。
「この村にさ、警備の魔法使いとかって配備できないの?」
「え?」
予想外の質問だったのか、テレスは目を瞬かせた。
「いやほら。今回はダロンのじぃちゃんが魔物の動きに違和感を覚えたから、エルミナに依頼をしたわけで」
遥は周囲へ視線を向ける。
壊れた家々。
未だ残る戦いの爪痕。
そして、それでも笑顔を見せる村人達。
「もし、じぃちゃんが依頼していなかったら大変な事になってただろ?」
「だからさ。魔法使いの人が一人でもいれば、みんなもっと安心できるんじゃないかと思って」
テレスは少しだけ目を丸くした。
だが、その前に。
「ちょ、ちょっと赤城遥!」
慌てた様子で前に出たのはエルミナだった。
「申し訳ありません!彼はまだ何も知らなくて!」
「エ、エルミナ?」
「魔法省の人員配置に口を挟むとは何事ですか!そんな軽々しく依頼なんて――」
「いや、別に怒ってないよ」
テレスは苦笑した。
「むしろ村の事を考えてるんだろ?」
「それは……そうですが……」
エルミナは気まずそうに口を閉じる。
テレスは村を見回した。
壊れた家。
疲れ切った村人達。
そして静かに言う。
「遥君……君の気持ちはよく分かる」
だが、その表情は少し曇った。
「ただね。魔法使いは不足しているんだ」
「やっぱ難しいか……」
「うん、常駐は難しい」
そう言ってから、テレスは続ける。
「でも定期巡回のルートには組み込めると思う」
「本当か!?」
「上に申請は必要だけどね」
そう笑ったテレスは、ダロンへ向き直った。
「今回の件も含めて報告しておきます」
「あぁ……ありがとうございます……!」
ダロンは目元を潤ませながら深く頭を下げた。
その姿には、村を守れた安堵と感謝が滲んでいた。
やがて、遠くから近づいていた馬車も広場へ到着する。
拘束されたハインは抵抗する間もなく檻へ押し込まれた。
「では、我々はこれで失礼します」
テレスはそう言って一礼する。
「はい。道中、お気をつけください」
ダロンも頭を下げて見送った。
テレスは馬車へ向かう前に、今度は遥たちへ目を向ける。
「魔法少女に、魔法士見習い。それでいてこの成果か」
感心したように笑うと、続けた。
「いつか一緒に働ける日を楽しみにしているよ。三人とも」
「「はい!」」
エルミナと樋川が声を揃える。
その横で遥は去っていく馬車を眺めながら、小さく呟いた。
「いい兄ちゃんだったなぁ」
その言葉に、樋川は小さく肩を竦める。
「赤城君も少しは見習ったら?」
「比較対象が強すぎるわ!!」
そんな他愛のないやり取りを交わしながら、三人もまた帰還の準備を始めるのだった。
◇
「では、私達もこれで失礼しますわ」
広場に集まった村人達とダロンの前で、エルミナは一礼した。
「依頼内容だけでなく、巡回の打診まで行っていただき、本当にありがとうございました」
ダロンの礼に続くように、村人達も次々と頭を下げる。
「魔法少女として当然のことですわ。ね?」
エルミナが隣の樋川へ顔を向ける。
「うん」
樋川は短く頷いた。
「おう。また、じぃちゃん家の飯を食いに来るよ。見回りもついでにな」
「なんでご飯が優先なのよ」
樋川に肘で小突かれた遥を見て、村人達から笑い声が上がった。
「えぇ、いつでも来てくだされ。歓迎しますよ、遥君」
「おう!」
その様子を見ていたエルミナは、樋川へ向き直る。
「では萌花、帰りも赤城遥をお願い致します」
箒を手にしたままそう告げたのだが――
「えっと、その……箒が焼けちゃって……」
樋川が困ったように持ち上げたのは、もはや箒とは呼べない代物だった。
残っているのは持ち手だけ。
ただの木の棒である。
「それは……困りますわね……」
エルミナが眉をひそめたその時だった。
「良ければ馬車をお貸ししますよ」
口を挟んだのはダロンだった。
「距離はありますが、駅までご一緒しますよ?」
「いえ、それは流石にご迷惑かと……」
申し訳なさそうに断ろうとしたエルミナへ、遥が首を傾げながら言った。
「三ケツ……じゃなくて三人乗りすれば良いじゃん」
「ダメですわ!!」
突然の大声に遥の肩が跳ねる。
「箒飛行法第八条!『箒で一度に搭乗できるのは二名まで』ですわ!」
「んな真面目な……」
「ルールはルールです!私の目が黒いうちは法律違反なんてさせませんわよ!」
胸を張るエルミナに、遥は呆れたように肩を竦めた。
「じゃあどうすんだよ。ダロンのおっちゃんに迷惑かけんのか?」
「ぐぬぬぬぬ……」
反論できず、エルミナは唸る。
「そう言えば私が折れると思って……」
「ちょっと、どうして喧嘩してるのよ」
見かねた樋川が二人の間へ割って入った。
その時だった。
「あっ」
何かを思いついたように声を上げた遥が、腕にはめていた変身の魔法具を起動する。
次の瞬間、遥の体はみるみる縮み、いつものタヌキの姿へと変わった。
「え?」
「は?」
エルミナと樋川が揃って首を傾げる。
だが遥はそのまま軽やかに跳び上がり、樋川の肩へ乗った。
そして胸を張る。
「どうだ。これで二人と一匹だぜ」
「ぐぬぬぬぬぬ!!」
得意げな遥とは対照的に、エルミナは納得のいかない表情で唸った。
だが数秒後、その理屈に穴が無いことを理解してしまう。
そして観念したようにため息を吐くと、ダロンへ向き直った。
「あの、ダロンさん……」
「はい?」
「三人乗りは見なかったことに……できませんか?」
その言葉にダロンは目を丸くした。
そして次の瞬間には、大きな笑い声を上げる。
「はっはっはっ! 私達が見たのは、村を救ってくださった英雄達だけですよ」
「すみません……」
エルミナは額に手を当てた。
「はははっ、決まりだな」
遥が楽しそうに笑った瞬間――
「笑ってるんじゃありませんわ!!」
ゴツン。
小さな拳がタヌキの頭へ落ちる。
「いてっ!」
情けない悲鳴が広場に響き、村人達は再び笑い声を上げた。
そして二人と一匹は飛び立った。
眼下では村人達が何度も手を振っている。
それに応えるように遥達も手を振り返しながら、学園へ向け空を駆けた。
長い夜を越えたローダン村に、ようやく穏やかな朝の空気が戻っていた。
――締まらない最後?
まぁ、良いじゃねぇか。
誰も死ななかったんだし、初任務としては上出来だったろ?
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報告書
ローダン村にて拘束された容疑者の護送任務にあたっていた岡谷・テレス隊長率いるテレス班四名について、ローダン村より数十キロ離れた森林地帯にて遺体を確認。
現場には大破した護送馬車が残されており、周辺にて広範囲にわたる焼損痕を確認。
何者かによる襲撃を受けたものと推定される。
なお、容疑者および押収した魔導具は現場から消失しており、犯人は現在も逃走中。
引き続き調査を継続し、進展があり次第報告する。
以上。
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読んで頂きありがとうございました。
また見に来てもらえると嬉しいです。