世界最強級の魔力を持つ魔法少女と、魔力ゼロの俺 ~彼女を補佐できるのは俺だけだった~   作:青井風太

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一触即発

迫る拳を前に、避けられない。

そう思う瞬間も無いほどに拳は繰り出された。

 

――ドォンッ!!

 

鈍い衝撃が講義室を揺らした。

 

机の上に積まれていた教科書やノートが宙へ舞い、生徒達から悲鳴にも似た声が上がる。

 

「うわっ!」

 

「きゃあっ!」

 

舞い上がった紙がゆっくりと床へ舞い落ちる。その中で、エドワードだけが静かに口を開いた。

 

「……グランツ」

 

その目は僅かに細くなる。

 

「貴様、この私とやる気か?」

 

遥の目の前には、一人の男。

グランツが立っていた。

 

エドワードの拳は、グランツの右手によって受け止められている。

 

そしてもう一方の手には、いつ抜いたのかも分からない短剣。

 

その切っ先は、エドワードの喉元へ静かに添えられていた。

 

「ええ……」

 

グランツはエドワードを見据えた。

 

「理由はどうあれ、私の生徒に手を出すのならば……」

 

刃先が静かに光を返す。

 

「貴方でも、誰であろうとも……容赦はしません」

 

グランツを見下ろすエドワードは、顔を近付ける。

 

「お前が、この私に勝てるとでも?」

 

「どうでしょう。しかし、貴方を相手に手を抜くつもりはありません」

 

しばし、視線が交錯する。

張り詰めた空気に、誰一人息を呑んだまま動けない。

 

やがて――

 

「……くだらん」

 

先に口を開いたのはエドワードだった。

 

「安心しろ。今日はお前と拳を交えるために来たわけではない」

 

そう言うと、喉元の短剣など意にも介さず、エドワードは拳を収めた。

 

「私の目的は一つだ」

 

視線はエルミナへ。

しかし名前は呼ばないままだった。

 

「行くぞ」

 

歩き出そうとしたところで、ふと。

その視線は遥を見据えた。

 

「……グランツ」

 

「なんでしょう」

 

「生徒の口の利き方くらいは教えておけ」

 

吐き捨てるようにそう言い残し、歩みを再開した。

 

その一言に、遥の眉がぴくりと動いた。

 

「……なぁ、グランツ先生」

 

静まり返った講義室に、遥の声だけが響いた。

 

「なんだ、赤城遥」

 

「卒業生にも……学園の決闘制度って使えるのか?」

 

その問いに、教室中の視線が一斉に遥へ集まる。

 

瞬間。

エドワードの歩みが止まった。

 

そして、グランツは遥を見つめたまま、静かに答えた。

 

「使える。卒業生も学園の規則の対象だ。決闘の申請も、賭けの成立も可能だ」

 

「ただし――」

 

「受けるかどうかは相手次第……か」

 

遥は最後まで聞かずに頷き、身体をエドワードの方へと向けた。

 

「なぁおっさん。俺と決闘しようぜ」

 

その一言が来る事は予め予見していたのだろうが、いざ言われるとなると、エドワードの拳は、怒りで小刻みに震えた。

 

そして講義室はどよめいた。

 

「貴様……そこまで私に殺されたいか」

 

「いや、単なる賭けだ。俺が勝ったら、エルミナを学園に残してもらう。許嫁も無しだ」

 

エドワードは振り返ると、小さく鼻で笑う。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

吐き捨てるように言った。

 

「私が貴様のようなノクスの挑発に付き合う理由がどこにある」

 

「いい加減に現実を見ろ」

 

冷たい視線が遥へ向けられた。

 

「これは我が家の問題だ。部外者が口を挟むな」

 

その言葉を聞いた遥は、一歩前へ出た。

 

「部外者?」

 

「そうだ」

 

「だったらエルミナ本人はどうなんだよ」

 

遥はエルミナを見る。

父親ではない。

グランツでもない。

 

真っ直ぐ、彼女だけを見た。

 

「エルミナ」

 

名前を呼ばれた少女の肩が、小さく震えた。

 

「お前はどうしたい」

 

「……」

 

「このまま、親の言いなりでいいのか?」

「魔法は?学園は?樋川は?」

「全部諦められるのか」

 

エルミナは俯いたまま唇を噛む。

 

言葉が出ない。

けれど、その肩だけが震えていた。

 

遥はさらに一歩近付く。

 

「いいのか?」

 

その長い沈黙を破ったエルミナは、小さく告げた。

 

「……いや、です」

 

その誰にも届かないほど弱い声は、確かに遥には届いていた。

 

「もっと……」

 

涙がぽたりと床へ落ちる。

 

「もっと魔法を学びたいです……」

 

嗚咽混じりに続ける。

 

「せっかく……お友達になれた皆さんと……」

「萌花とも……別れたくありません……」

 

教室は静まり返っていた。

その言葉を笑う者は誰もいない。

 

遥は優しく笑った。

 

「心配すんな。一人で戦えなんて言わねぇ」

 

エルミナはゆっくりと顔を上げる。

 

涙で滲んだ瞳が遥を映していた。

 

震える手が、おそるおそる遥へ伸びる。

その手は遥の手をそっと掴んだ。

 

「赤城遥……」

 

消え入りそうな声で続けた。

 

「私に……勇気をくださいますか?」

 

「おう、任せとけ」

 

迷いのない返事といつもの様に親指を立てる遥の片方の手をエルミナはぎゅっと握り、父へ向き直った。

 

「私は――」

 

震えていた声が、少しずつ力を帯びていく。

 

「私、エルミナ・アルヴェインは」

「卒業生、エドワード・アルヴェインへ決闘を申し込みますわ!!」

 

教室中が息を呑む。

 

「私が勝利した際は……学園への在学を認めてください……」

 

エドワードは数秒、黙って娘を見つめ、そして鼻で笑う。

 

「……勝手に盛り上がるな、馬鹿馬鹿しい」

「親の言う事は絶対だ」

 

一歩。また一歩と階段状の講義室を下りながら、エドワードは娘を、遥を見据えた。

 

「今更反抗期か?そのノクスに触発され、私に敵うと勘違いをしたのか?」

 

ギシリと床を踏み締める音が、静まり返った講義室に響く。

 

「そもそも、私にその決闘を受ける義務がどこにある?」

 

「――あるぞ」

 

低く響いた声が教室の空気を変えた。

 

その声に振り返った生徒達がざわめく。

 

「が、学園長!?」

 

「ババ様!?」

 

「ばぁちゃん?」

 

後ろ手を組み、歩いてくる老婆を見たエドワードの表情が初めて揺らいだ。

 

「……学園長」

 

「自主退学は保護者だけでは決められん」

 

ババ様は穏やかな口調で続けた。

 

「親と子、双方の合意があって初めて成立すると、学園の情報を安易に外へ漏らさぬために、お主ら卒業生も学んだ規則じゃ。忘れたか?」

 

その目は穏やかなままだが、真っ直ぐとエドワードを見据えていた。

 

「くっ……」

 

「どうする、エドワード。その小僧達の決闘を受けぬと言うなら」

 

ババ様は組み手を解き、告げた。

 

「代わりにワシがお主へ申し込もう。もちろん――決闘は今すぐにじゃ」

 

「……なっ」

 

その言葉に教室中が再びざわつく。

 

「ワシが勝った場合の条件も同じじゃ。エルミナの在学を認めてもらう」

 

頬に伝う汗を拭う事なく、やがてエドワードは深く息を吐いた。

 

「……いいでしょう」

 

その目は遥を射抜く。

 

「そのくだらん挑発に乗ってやりますよ――ただし!」

 

冷たい眼差しは、遥を捉えた。

 

「私が勝った際は、小僧。貴様にも、私にはむかった報いを受けてもらう」

 

「望むところだ」

 

ババ様は二人の間へゆっくりと歩み出ると、教室を見渡し、小さく頷いた。

 

「両者の意思は確認した」

 

そしてエルミナとエドワードを交互に見据える。

 

「学園長、マリー・アンソワーズの名において、この決闘を正式に承諾する」

 

その宣言に、教室中が息を呑んだ。

 

「決闘日時は二週間後」

「場所は第一演習場」

「それまでの間、決闘当事者同士の接触を一切禁ずる」

 

静かに告げながら、最後にエドワードへ視線を向ける。

 

「良いな?エドワード」

 

「……構いません」

 

次にエルミナと遥の方へ体を向けた。

 

「二人もよいな?」

 

「あぁ……」

 

「は、はい」

 

ぎこちない返事を最後に、教室を震わせた一触即発の空気は、ひとまず終息を迎えた。




読んで頂きありがとうございました。
また次回も見てもらえると嬉しいです。
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