デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

10 / 19
注意:最初のアスタリスクに囲まれている部分はほぼ説明部分であり、おまけに魔煌線が情報空間になっている云々以降の説明は全て捏造です。
   ネタ拾いの必要が無ければ飛ばしていただいても大丈夫です。


ウォームアップ・エクササイズ……霊脳空間(オリジナル)

************

 

 これから先に進む前に、少しばかり聖域都市そのものについて基本的な説明が必要だ。

 

 聖域都市群は都市そのものを構成する構造と同じ、十の星円(セフィラ)として整列している。

 

 ただし、その十番目は【マルクト・ビーコン】と呼ばれる発信装置のみがただ地表に打ち立てられただけだ。これは十番目の聖域をマルクトの大地そのものと定義する事で、聖域都市を星全体に拡がる巨大な星樹印の一部と見做して術式の強度を挙げるためである。

 この星樹印を描くため九つの聖域都市とマルクト・ビーコンは22の小径(パス)によって結ばれているが、この小径は魔煌線(レイライン)という魔煌の運河でもある。

 船を浮かべるような深さこそないが、この魔煌線の上を往復し物資の輸送を担う巨大ゴーレム【ゴライアス級】は、【聖域転移陣(テレポーター)】に手の届かない一般市民にとっては、他都市へと移動するためのほぼ唯一の手段と言えるだろう。

 

 そして魔煌線にはゴライアス級の軌道(レール)以外にもう一つ、9つの聖域都市で共有する情報空間の回路にして回線としての役割がある。

 

 《通信》に代表される魔術系統〈感応の門〉による遠距離通信は本来距離を無制限に超越するが、常時強力な魔煌汚染が起きている野外を挟むとなるとどうしても安定性が落ちる。また《通信》の術式はリアルタイムでの一対一の通信には向くが、まとまった情報の送受信や複数人での会議形式には向いていない。

 何より、誰もが常時参照できるように情報を不動産的に固定して掲示することは不可能である。聖域都市間の移動が難しい分、情報の迅速な共有は聖域都市に閉じこめられて生きる人類にとっては極めて重要だった。これは限定的な《通信》を可能にするMa-GEAR【M-Phone】の爆発的な普及によっても後押しされることになる。

 人の行き来に距離的な制限がかかる問題は、いつでもアクセス出来る情報が高速で往来することによってのみ慰められたのだ。

 そのための広域・大容量の情報通信のために、元々ゴライアス級の運用のために計画されていた魔煌線には機能が追加されることになり、同時に魔煌線からゴライアス級に供給される魔煌の出力を向上させることにも繋がった。

 

 だが魔煌線を形成する魔煌が一体どのように捻出されているかを知っている人間は、聖域都市の中でも半数に満たないであろう。

 

 まず最初に誰もが魔貨(マジカ)を通じた魔煌税を思い浮かべるが、これは間違いだ。魔貨に充填できる魔煌は量に限りがある上に高品質であり、これはより高度な術式に利用する目的で徴収されている。

 中でも筆頭として掲げられるのが、聖域都市を魔煌汚染から守る【広域魔術結界(ウォール)】の維持である。

 が、少しばかり現代社会に詳しい人間ならこの聖域管理局の発表があくまでお題目であることは理解しているだろう。間違いなく広域魔術結界にも利用はされている。だが全てではない。

 

 残りはどうなるか。この余剰資源こそが学会に所属する魔術師達の利権であり、特権であった。魔術師にとって無尽蔵の魔煌こそが自由を保障するものに他ならない。

 であればこそ、奪い合うべきトロフィーに使う金塊を身内以外のために浪費する事は拒否された。そもそも魔煌線に必要な魔煌は魔貨ほど純度と濃度の高いものではない。もっと薄く、荒いもので構わないのだ。石像を掘るための大理石を砕いて玉砂利に使うのは許されがたい浪費である。

 

 そこで学会は考え、試し、そしてついに編み出した。

 都市の社会活動そのものを、粗製の魔煌に変換する構造を。

 

 その根幹を担うのは広域魔術結界そのものだ。どれだけの規模を為そうと魔術的に限定された空間である以上、結界内部で起こる事象を記録する効果を付け足す事はそれほど難しいことではない。絶対的な特権の保持者により敷かれる監視機構が、特権側を害することは本来有り得ないことも計画を後押しする。

 この監視情報は情報空間上にいわば蜃気楼の町並みとその営みを再現する。幻影の都市は表向きは通信と広報のための自由空間として、裏では都市の治安維持と特権階級に有害な存在を見つけ出すための隠し鏡(マジックミラー)として機能する。

 そうして膨大な記録情報が聖域都市というハードウェアの中に溜め込まれていく。

 ここで重要なのは、情報の監視・再現・蓄積が全て魔術によって為されている事だ。〈大地の門〉や〈創造の門〉のように物質化してしまえば難しいが、情報空間そのものが魔煌で構成されている以上、空間内の情報は励起した魔煌の波――すなわち、エネルギーだ。

 後は不要な情報を圧搾して、変換して、より単純なエネルギーに変えて抽出する濾過装置を仕込むだけでいい。 

 この情報還元・魔煌抽出機能を備えた情報空間は、〈感応の門〉と〈霊能の門〉の二大情報魔術系に寄って成立することから霊脳空間(サイコスペース)と名付けられた。

 そして霊脳空間の構造図式は縦に並ぶ五段階の層で表現される事から、五海層(ファイブスタックス)と呼称されることになる。

 

 第一層、可視化され現実に上書き(オーバーライド)された幻影によるタグとコメントの満艦飾、絢爛なるコマーシャルテクスチャの洪水――幻海(ミラージュ)

 

 第二層、現実と重ねられた影の都市にして幻海の下地(したじ)、全ての存在に寄り添ってそびえる黒き情報構造体の群れ、霊脳潜行者達の主戦場――影海(ダンスカー)

 

 第三層、都市の全ての記録を時間という縦軸に重ね続ける積層構造、愚者にとっては全てを有しながら何も無い、変化し続ける情報の砂嵐――虚海(アカサ)

 

 第四層、都市の情報からIDタグによって収集した命の軌跡だけを集めた深海、人間の生死を観測しその行方を演算する魂の仮想航路、星々の回廊――導海(プレセペ)

 

 そして第五層、全ての情報を最小単位の魔煌に分解し還元する人工の地脈、ゴライアス級の(ガイド)にして(ファウンテン)たる魔煌線(レイライン)の源流、全てを融かして還す白芒――忘海(レテー)

 

 あるいは巨大な浄水装置の如きこの構造によって、市民の生活そのものは今日も収集され、記録され、分解され、還元され続けている――。

 

************

 

 マンションの部屋、ビュティの目の前で、コネットが準備を進めている。

 正面に設置されたのは艶のない一抱えほどの大きさをした黒一色の立方体。潜行用に特化した魔算機――サイデッキに、全身の複数箇所と伸ばしたコードを繋ぐ。ソケットは体に巧妙に隠されているが、生身に直接物理結線埋設(ハードワイアード)したものではないのは、さほど詳しくないビュティにもすぐ分かった。

 だからこそ、目の前の絶世の美女にしか見えないコネットが全身をMa-GEARに置換したフルモーグである事が信じられなかった。モーグの多くは自らのMa-GEARを隠さない。強力なMa-GEARを使用できる事は魔力容量(スロット)の大きさを誇示し、聖域都市におけるステータスとして機能するからだ。これほど人体に見せかける必要が、ビュティには思いつかない。

 コードを一通り繋ぎ終えたコネットはゆったりと体が埋もれるような椅子に腰掛け、頭部にクリスタル製のアクセサリーにも見えるものを装着してから、もたれかかるように寝そべった。

 アクセサリーの正体はティアラと呼ばれる前頭部に装着するヘッドセット。普通の霊脳潜行者が使用するのはサイデッキの他にはこのMa-GEARだけだ。霊脳空間でだけ機能する限定的な〈霊能の門〉第八階梯、《霊体化》を可能とする魔術装置。

 ティアラと繋がるコードはサイデッキともう一つ。少し間を開けて置かれた一回り小さな椅子に腰掛けるカティアのティアラへと伸びている。カティアの役割は潜行者に同調して魔術の分割処理や情報収集、緊急離脱の支援などを担当する、コパイロットと呼ばれるサポート担当だった。

 

「なに、どうかした?」

 

 視線に気付いたコネットが、横たわったままビュティを見上げた。

 声を掛けられると思っておらず、ビュティの返事はしどろもどろになる。

 

「あ、いや、その……あんまり霊脳潜行者のこと詳しくなくって、こんなにコードいっぱい繋いでるの、初めて見たから」

「ああ……そりゃまぁ、珍しいと思うわよ」

 

 合点がいったとばかりに頷いて、コネットは自分の体を見下ろす。

 

「アタシの体は特別でね。愉快なギミックの類いは組み込まれてないけど、霊脳空間に接続する時だけ特殊なA(アウル)バッテリーとして機能する。こうやって全身を繋ぐ事で、脳の追加として情報収集や術式維持に使えるってワケ」

「すっご……でも、それならコパイロットって必要なの?」

「全く別の術式を同時起動したり、高機動中に脱出手続を準備とかまでは無理だもん。手が六本に増えたって、考える頭は一個だけってことよ」

「ま、そこのコネットは実際頭も三つ分くらいの勢いで仕事するんだけどね!」

 

 割って入るカティア。自分のティアラと目の前の補助機材――データバックアップと脱出補助を兼ねるハードウェアを浮き浮きと接続している。普段のダウナーな雰囲気はどこへやら――見るからに様子のおかしいテンション。

 装備するティアラもコネットとは違った意味で変わっている。華奢なカティアとは裏腹にサイデッキと雰囲気の近いマットブラックの樹脂性、厳ついフォルムに加え目許までをゴーグルのように完全に塞ぐ仕様。網膜投射式の幻視(ビジョン)グラスは潜行者よりも来訪者(ビジター)向けの装備であり、ティアラとくっつける意味が分からない。

 二晩寝起きを共にして大分気心が知れていただけに、カティアに心配を隠さず声をかけるビュティ。

 

「ねぇちょっと、大丈夫? 潜行前にアッパー系のドラッグ決めるタイプだったりする?」

「あっはっは、いらんいらん! 脳味噌からドッパドッパ出てる奴だけでバチコリ間に合ってるよ!」

「あー……カティアのことは気にしないでいいわよ。ダイバーズハイみたいなもんで、ちょっと人格変わって見えるけど、それで正常だから」

「えー……?」

「ハイになってても能力に影響は出ない……と言いたいところだが、好奇心に負けて寄り道する事があってな。並列潜行じゃなくて行動権の無いコパイロットにしとくのが一番なんだ」

 

 ジェットが説明を引き継ぎつつ、自分の腕から伸ばした線条をカティアのティアラに接続。途端に「おぶっ」と噴き出した後、カティアの口の端から締まりの無い笑いが垂れ流され始める。

 

「あんまり仕事(ビズ)の前に体力使われても困るんでな、ダウナー系の霊能(サイコ)ドラッグを少しだけ入れておいた。微弱のすぐ抜ける奴だから安心してくれ」

「ジェットも潜行者(ダイバー)なの?」

「いや、オレは魔術師じゃない。だけどオレのMa-GEARには独自の情報処理能力があってな。念のため命綱(ライフライン)としてバックアップに回る。合図があり次第二人の意識を無理矢理こっちに引っ張り上げるんだ。……ま、出番はないはずだけどな」

 

 そう言ってギルスティンから受け取ったコーヒーを口に運ぶジェットを、ビュティは不思議な面持ちで見つめた。なおギルスティンは真の最終的なライフライン――万が一のレイダーズやそれ以外による強襲に備えて、部屋の見張りと脱出路の確保を担当している。

 ビュティはなおもジェットを見る。コネット同様、ジェットもまた自分のMa-GEARを誇示していない。ストリートに所属していた人間としては珍しいことだ。

 何より、魔術師でもないのに霊能空間に接続できるMa-GEARなどビュティは見たことも聞いたこともない。

 

「さぁて、そろ始めるわよ」

 

 物思いはコネットの鬨の声によって遮られた。声の主は一つ伸びを打ってから深く身を横たえ、何時もの不敵――悪辣一歩前の笑顔を浮かべて宣言する。

 

潜行(ダイブ)開始(スタート)

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。