デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

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ドゥーグ・フライト……霊脳空間(オリジナル)

 加速からの急激な進路変更。雲が砕けて渦巻き、引き裂かれ、高速起動で生まれた空間の間隙に流れ込んで輝く尾を引いた。

 即座に優秀な偽装迷彩を脱ぎ捨てた敵影が霊視覚内に出現。優秀であるほど迷彩は重い。コネットから見ても、敵の判断速度は悪くない。

 中型バイク一台分を内包できるサイズの、水色のクリスタルで出来たペンデュラム。面白みと無駄の無いアバター――言うなれば霊脳空間仕様の戦闘機。

 ペンデュラムの左右に青い輝きが点灯し、グライダーのような鋭角かつ半透明の膜を展開する。即座に速度が増し、コネットとの距離が明確に詰まり始めた。

 単純な翼では無い。周囲の魔煌を吸収し、圧縮して後方に噴出することで加速する、羽根にして帆にして噴射機構。コネットの見立が正しければ、おそらくは〈天空の門〉の第四階梯《旋風(ワールウィンド)》と第五階梯《風乗り(ウィンドウォーク)》を移動専用にカスタムした複合術式だろう。

 相手の方が無駄がないから抵抗が少なく、余剰がないから軽い。速度勝負では勝ち目は無い。

 そんなことは、当然コネットも分かっている。

 だからこそ、観察と判断に集中する。

 

「距離詰めてぶっ放す……と見せかけて、本命は体当たりか。いいじゃん、好きだよそういう蛮勇(ビースティ)!」

 

 コネットがここに来てアバターの背中に両翼を開く。ただしこちらは翼膜でも羽毛でもなく、樹形の翼――青白く輝く二枚の星樹印。

 

「じゃあ鬼ごっこだ、好きにしたいなら――捕まえてみな!」

 

 コネットが、二手に別れた。

 一瞬の溜めもない、翼も水滴も含めたアバターの完全な二重(デュアル)化。外見上の差は何もなく、ただその身の質量――情報量だけが綺麗に半減している。

 さらに二つの分身がそれぞれ9体ずつ(デコイ)を射出。囮はアバターに比べれば遙かに少ない質量でありながら、即座に〈幻影の門〉由来の偽装質量を身に纏う。探知系の術式でも即座の看破は困難。かつこの数、この速度。

 

五拍(ファイブカウント)

 

 ペンデュラムは即座に速度を落とし、翼を格納。代わりに小さな水晶の棘を四本繋いだ(リング)を展開する。棘が発光し、光弾の連射を開始――格闘戦(ドッグファイト)モード。

 

「――今」

 

 対してアバターと囮も乱数回避を開始。空間に星樹印負う天使が乱れ飛び、光に貫かれて砕けて落ちる。

 世界の終わりを暗示させるような宗教的とも言える戦場の光景を、コネットは落下しながら見送った。

 

「これでしばらく時間稼げるでしょ、今の内に深度下げて探査続行」

 

 カティアだけに聞こえる声で宣言し、コネットは周囲に波一つ見えないよう偽装して、雲海の中に潜行する。

 コネットは分身(アバター)を二つに分けた時点で偽装質量を身に纏っていた。質量をわざと二つに分けて見せたのは、質量が変化することを印象づけるための騙し(ブラフ)である。

 囮の射出の後、合図と共にカティアに起動させた術式でメインの分身も囮と入れ替わり、ほぼ同時に透過迷彩を起動。偽装質量のおかげでアバターは何も変わっていないように見える――いわば霊脳空間における空蝉の術。

 再びIDタグによる誘導軌道に乗ったコネットに、カティアが呆れ混じりの賞賛を贈る。

 

「いややべーって。あの速度で20機デコイ展開ってどんだけだよ」

「19体。最初に切り離した一体は人工精霊入りの自律制御アバターよ。アイツが無事な間は囮も元気に飛び続ける。ちなみに術式は連結してそれぞれ遅延起動させてるから、実質使用スロットは二つ分。展開する瞬間だけちょっと重いけど、それだけだっての」

「それだけっていう所業じゃないんだよなぁ……」

「ぐだぐだ言ってないで、とっとと仕事終わらすよ。正直、今ので時間どれくらい稼げるか見当つかないんだから」

「わぁーってますよ、っと……周辺情報に関連要素(フラグメント)を確認。近いぜ」

 

 心なしか、周囲の雲の明度が下がっているようだった。光る場所はほのかに赤く、陰る場所は灰色にくすむ。

 記録に紐付く検索鍵(キーワード)に反応して、関連情報が励起していた。

 コネットは情報の鉱脈に向かって手をかざし、求め訴える。

 

「『夢掘り機(ドリームボーラー)』、起動。サンプル採取開始」

 

 喚起(かんき)によって現れたのは、丸い鏡の裏に細長いドリルを付けたような奇妙な機械――霊脳空間でだけ形を取る、コネット自作の仮想Ma-GEARである。

 《過去視》、《幻影作成》、《思念探査》、《感覚共有》、《復元》、《導きの指》など、数々の術式を部品として組み上げ生み出された人造の雲外鏡は、IDタグの利用者を観測・記録した都市構造体の記憶を吸い上げ、人の感覚で理解できる形に再構成する。

 周囲の薄紅色の(もや)がブレード部分に渦を巻いて飲み込まれ、やがて鏡面部分に映像が浮かび上がった。

 

 ――暗い下水道の只中で運んでいたコンテナの一つを破壊し、中の魔獣を殺して解体する奇怪な風体の男達――レイダーズ。

 

 ――下水道の只中で魔獣の串焼きで食事を始める蛮族達に一通り震え上がった後、怯懦を誤魔化すように怒り、喚き散らし、指を突き付けて怒鳴る男。下水道には似付かわしくない身なりの良さ。企業魔術師(サラリーメイジ)、即ちこのIDタグの持ち主。

 

 であれば、その末路は見るまでもなく。

 

 ――向けられたノズルに、状況を理解できずに呆けたのが最後の表情。次の瞬間噴き出す炎の輝きに飲まれて、火だるま、いやもはや等身大の松明と化した男は身じろぎもせずに下水に落ちた。

 

 ――その後、多くのレイダーズは下水道の先に進み、男を焼いたクリメイター達だけが串に刺すだけ刺した残りの肉を抱えて来た道を引き返していく。

 殿の報酬、命の対価は二束三文以下。だがそれに文句を言うような臆病者は真っ先に淘汰されている。

 

「……もういいでしょ。これなら証拠として十分、ビーテール社とレイダーズの関係を立証できる。撤収しよう、コネット」

 

 カティアはここまでのハイテンションが嘘のように普段通りに戻っていた。むしろ普段以上にその声の調子は平板で、塞ぎ込んでいるようですらある。

 

「あとちょっとだけ待って……よし、OK」

「何採ってたの?」

「ほんのちょっとだけ、オマケよ。ジェットの奴が欲しがりそうだし」

 

 コネットが採取した記録情報を保存用のスロットに入れた次の瞬間。

 轟音と共にはるか後方の積乱雲が爆発、霧散する。

 現れたのは水晶のペンデュラム。翼も棘も無く、その表面はいくつも傷のような亀裂が入っている――コネットが囮に潜ませた幻影爆弾(ミラージュボム)を避けきれず、爆風の余波に殴打された結果。

 あるいはそのためか、ペンデュラムの表面にはうっすらと陽炎が立ち上っていた。

 戦闘起動で溜め込んだ熱量の排熱が間に合っていないのか、あるいは乗り手の魔術師が抑えきれずに漏らす怒気か。

 コネットの邪悪な悪戯までは関知していなかったカティアは、そんな事とは露知らずに再び調子外れに声を裏返らせる。

 

「げぇ、もう追いついたのか!? おまけになんかめっちゃ怒ってる?」

「お、予想より大分早いわね。もうちょっと余裕あるかと思ってたけど」

「暢気な事言ってる場合かよ! おいおいどーすんのこれ、緊急離脱ゥ?」

「冗談! 折角目標ゲットしたのよ、これ手放して帰るなんてないない! 迎え撃つよ、対潜行者戦闘手続、準備(カウンターダイバーシークエンス・レディ)!」

「うっへぇマジかよ!」

 

 緊急離脱は文字通り緊急時の最終手段。手荷物など持ち替える余裕は無い。

 つまり、ここまでの成果は白紙(パー)となる。

 コネットからすれば、選択肢に挙がるのはもっとずっと後。分水嶺はまだ影も見えはしない。

 

「頼むから廃棄精霊(ランゴリアーズ)ゴミ処理(ガーベージ)に来る前に済ませてくれよぉ……!」

 

 半ば諦めながら泣き言を吐きつつ、それでもコネットに魔力容量(スロット)を預けるカティア。即座に背中に一対の星樹印を展開するコネット。

 共に一触即発の臨戦状態でにらみ合うこと数フレーム。

 先に動いたのはペンデュラムだった。

 

「……ん?」

 

 ただし、コネットの想定とは逆方向に。

 

「あれ、退いてく……思いのほか諦めのいい相手だね」

 

 ペンデュラムは機首を巡らせることもせずに、そのままの姿勢で雲海の中へと消えていった。狩りを諦め茂みの奥へと引き下がる肉食獣のように。

 

「ふーん、なによ。拍子抜けじゃない、期待外れもいいとこだわ」

「何言ってんだよ、残り時間1000フレーム切ってるっての。最悪研究所が管理局から特別魔導捜査官(ブラックロッド)呼び寄せたら、一巻の終わりだぞ?」

「はぁ? アタシが管理局の番犬に負けるとでも?」

「勝って負けてもティファレトじゃあ生きていけなくなるだろって言ってんの!」

「……ちっ、分かったわよ。帰ればいいんでしょ、帰れば」

「愚痴りたいのはこっちだよ! あーもー、流石に私もそろそろテンション尽きてきたな……」

 

 ぼやくカティアを無視――といいつつ通信自体は維持したまま、コネットもまた帰路に着く。実際、入るときに開けた通路が見つかると最終手段(ジェット)の世話になりかねない。ここまで来たのが無駄骨に終わるのは、コネットとしても御免被りたい。

 その場所を離れる直前、コネットはペンデュラムの居座った場所を一瞥した。

 確かに相手は退いた。だというのに、まるでまだそこに存在の残滓が残っているような感覚が拭えない。その肉体に依らない胸苦しさを、コネットは一人小さく吐き出すしかなかった。

 

「……むかつく。なんか気持ち悪い」

 




特別魔導捜査官のルビは非公式、私の捏造にして悪戯です……一応オマージュのつもりではありますが
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