デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~ 作:椚右近
ティアラを外して息をつくコネット。
視線を巡らせば少し離れた位置で機材を並べたデスクに潜り込むように突っ伏するカティアが見える。ハイテンションを維持した代償で、ネットワークから離脱すると決まってしばらくダウンするのだ。
それでも連れて行く価値がある。今のコネットが戦闘機動に集中するには、情報処理に長ける優秀なコパイロットは必須だった。
「ひょっ!?」
突然首筋に押し当てられた冷たさに、思わぬ声が出た。
振り返って睨み付ければ、ボトル入りの冷えたミネラルウォーターをぶら下げたジェットが立っていた。顔に浮かぶ上機嫌な笑いに反感を憶えつつも、コネットはボトルを引ったくり、キャップを外して一息にあおる。冷たい液体が喉を通り腹部に雪崩れ落ちていく。乾いたスポンジに吸い込まれるように消えていく水分と冷気に集中して、気が付けば目を閉じている。
コネットは頭の奥でギリギリに引き絞られていた緊張の糸が、徐々に緩んでいくのをようやく自覚した。
ゆっくりとコネットの目が開くのを待って、ジェットはチームのリーダーとして声をかける。
「お疲れ。聞くまでも無いが、首尾は?」
「ホント、言われるまでもないって奴。焼かれる瞬間、ばっちり掘れたわ。それとオマケも」
「オマケ?」
コネットは少し勢いをつけて椅子から立ち上がると、まだ熱のこもるサイデッキから棒状の情報素子を引き抜き、ジェットに向かって放り投げた。
難なくキャッチしたジェットに向かって、少しくらいは驚けと逆に表情と感情を殺してコネットは報告する。
「レイダーズ側の動きを遡って、コンテナを運んでいった本隊の移動経路を部分的に手に入れたわ」
「ホント!?」
「うおっ!?」
果たして、ジェット以上に反応したのは部屋の隅っこで立ち上がったビュティだった。
部屋の片隅から立ち上がるなり、ジェットにかぶりつく。
「ちょっと、見せて!」
「分かった、分かったから落ち着けって!」
ジェットは手を伸ばすビュティをどうにか押し止めながら、部屋の一角にあるスタンドアローンの端末に素子を挿入。
暗号化を解除し、さらに虚海からの情報を目だけで読めるように再構築するための現像ソフトを起動する。一塊の砂に振動を与えて、特定の形を浮かび上がらせるような作業は、当然少し時間を要した。
やがて暗い平面に描かれた簡素な地図の上に、緑色の線が伸びていく動画が表示される。線は下水道とメトロの廃線を通り、8区から6区の地下を経て5区へと向かう軌道を描いて、しかし5区へと届く前にふっつりと消えた。
「うーん、惜しいな。特定するにはちょっと足りんか」
「無茶言わないでよ、あくまでオマケなんだから。あの魔術師が死んだ場面に居合わせたって
「いや、勿論お前は十分すげぇよ。ただ、絞り込むにはこれだけじゃなぁ……」
「何言ってんの、十分よ!」
難しい顔をしていたジェットを押しのけてビュティが端末の前に居座る。ジャケットの懐から取り出したのは古式ゆかしい紙の手帳――ある意味、魔術的なセキュリティは最高クラス。
慌ただしくページをめくり、本人以外には分かりづらい表のようなものを指でなぞりながら動画と見比べる。
「後ろ暗い企業は都市の結界壁付近にこっそりと倉庫を持ってるの。今回のヤマに当たる前に、出来るだけそっちも調べておいた……本当はこいつを総当たりする気だったんだけど、この移動経路と付き合わせれば……」
表と画面を行き来する視点が何往復かした後、止まった。
「ビンゴ! 5区外縁西寄り、ビーテール社が購入した大型倉庫がある。付近にはこれ一個だけよ!」
「おいおいマジかよ、そんなことってあるか?」
ビュティの歓声に最初に反応したのは、丁度補給――つまり買い出しを終えて戻ってきたばかりのギルスティンだった。ご都合主義過ぎると言わんばかりに、アイコンの両眼は?マークに変わっている。
ビュティが反論するより早く、眠たげで物憂げな声が返事を引き取った。
「……ま、ここまでの杜撰さを思えば、無きにしも非ずってとこじゃない?」
「お、起きたかカティア。大丈夫か?」
「まだちょっと頭重いけど、ギア―ズのバンドで
「プラグレッシヴ派のお前には二重の意味でハードルが高いな。元気そうで何よりだ」
ジェットはまたどこかぼんやりとした顔のカティアの前に、コネットに渡したのと同じミネラルウォーターのボトルを置いた。
その上で、ギルスティンに向かって不敵に笑ってみせる。
「連中、随分と余裕が無かったと見える。これなら現物も押さえられそうだな」
ギルスティンが壁により掛かって腕を組んだのを一先ずの納得と受け取り、ジェットはこの先の方針についてビュティに指示を飛ばした。
「ビュティ。大至急、今夜中にトリビューンに送る記事をまとめてくれ。サルベージした記録情報と合わせて出せば、少なくともビーテール社がレイダーズと接点を持った事は立証できる。明日の夕刊の
「勿論! ……と言いたいとこだけど、霊脳空間の生データ、扱った事が無いから整理の仕方が分からないの。悪いけど、手伝ってもらってもいい?」
後半やや勢いの弱まったビュティに頷き返すと、ジェットはその道の専門家達に視線を振る。
「カティア、コネット。頼めるか?」「はいはい、ここまで来たら毒も喰らわば、だねー」「めんどくさ……」「コネット、今夜はベランダで寝る?」「手伝わないとは言ってないでしょ。大家に逆らう気はないっての」「ありがとー! 愛してるわ、私のマーベリック達!」「「だーかーらー……」」
なんだかんだと姦しく端末の前に集まった三人の後ろで、ギルスティンが軽く肩を竦めて溜息を吐く。変わらぬ巨体は、しかしどこか所在なさげに縮んでいるようにも見えた。
「結局オレは今回、ほぼ運転手しかしてねぇな……」
「いやいや、レイダーズとやり合ったのを忘れるなよ。第一、お前が背中守ってくれなきゃ何処にも安心して潜れねぇ。サンキューな、ギルスティン」
ジェットの労りに対して、ギルスティンは少し間を置いてアイコンの口元をへの字に曲げて見せた。
「……まったく、今度はオレが持ってきたヤマにも付き合ってもらいますよ?」
「勿論。ただ、気を抜くにはまだ早いぞ。肉体労働チームの山場はこれからだ。やぶれかぶれの襲撃があるとすれば今夜だからな」
そう言ってジェットは記事と格闘を始めた女達へと視線を戻す。その眼差しには地下を歩いている時に似た、険しい光が宿っている。
「その上で襲撃の有無と関わらず、明日の朝一に記事を送ってすぐ倉庫に突入するぞ。ビーテールもこっちに証拠を抑えられた事は分かってる。管理局、ひいては学会に少しでも上手に言い訳するために、今頃レイダーズとの関係を出来うる限り整理、隠蔽している真っ最中のはずだ。流石に積み荷を動かす余裕も人手もないだろう。確保するなら今しかない」
「それなら今すぐ倉庫に突っ込んだ方が確実では?」
「ビュティを押さえられたら本末転倒だ。トリビューンの公式ジャーナリストの肩書きがなけりゃあ記事は出るまでに時間を要する。レイダーズも十分に問題だが、ヤバさの本丸は密輸されたフォルミカなのを忘れるな」
そこで一度言葉を切り、ジェットはギルスティンを目だけで見上げた。昔からの副官にだけ見せる、チームのトップとしての冷たい刃のような顔つきで。
そしてギルスティンは知っている。ジェットが自分のそういう冷血な一面を、誰よりも嫌っていることを。
「だからこそ企業からすれば、トリビューンに圧力をかけて記事の公表さえ遅らせれば、証拠隠滅とトカゲの尻尾切りで逃げ切れる目はあると考えるだろう。そちらに注力している間に本丸を押さえる。それで確実にチェックメイトだ。結局、最後は現物に勝る証拠はないのさ」
「やれやれ、兄貴は相変わらず人使いが荒いッスねぇ……了解です」
アイコンを普段の平坦な顔つきに戻して、壁から背中を離してきびすを返した。
ジェットも表情をいつもの穏やかで無邪気なものにして、大人しく背中を見送る。
「コーヒーを人数分淹れてきますよ。今日は長い一日になりそうだ」
「助かる、よろしくな……あ、オレのはカフェオレにしてくれる?」
「構いませんが、腹が減ったなら固形物を腹に入れた方が確実ですよ。さっきパンとハムを買ってきたので、ホットサンドでも作りますかね」
「わーい、チーズマシマシで頼むぜ!」
結論から言えばその夜、予想していた襲撃は無かった。
記事は日をまたいだ頃に9割方完成し、明朝の最終チェックを終えれば送付できる段階まで進んだ。デスクワークに従事した三人を優先的に休ませて、ジェットとギルスティンが交代で不寝番をして過ごしたが、マンションには酔っ払いの一人も寄りつかなかった。
にも関わらず、ギルスティンと交代した後の仮眠中に、ジェットはカーペットの上で跳ね起きる事になる。
夜も間もなく明ける時間帯。物音を始め、部屋に近づく気配はやはり何もない。だがジェットは顔の半分を押さえ、声を殺して自嘲した。
「くそ、やられた……だが何故、今になって、どこから漏れた?」
押さえた掌の下から漏れる朧な赤い輝きが、血の涙のように顔を伝う。
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ニムゴのオフィスにクイニーが跳び込んで来たのは、コネット達が霊脳空間から帰還してから1時間も経たないうちの事だった。
その顔は丁寧な化粧の上からでも分かるほど血の気が引き、肉感的な唇の端は苛立ちに強張ってわずかに震えている。
だがそんなクイニーにニムゴが向けた眼差しは白々とした侮蔑を隠しておらず、益々クイニーの苛立ちの火に油を注ぐ結果となった。
クイニーは己の血圧が上がる音を聞いた気がした。こんな時に見苦しさがなんだというのか。普段ならばその傲慢さすらも、
デスクにふんぞり返ったままあくまで平静な表情を崩さないニムゴに、クイニーは己がプライドを総動員して冷静さを装い、慎重に疑念をぶつけた。ここで居丈高に詰め寄ってニムゴを激昂させては、これまでのクイニーの苦労は水の泡だ。
「どうするのニムゴ。サブコン共が記録に辿り着いたそうじゃない」
「ああ、報告は読んだよ。私の使える駒としてはとっておきの
ニムゴらしからぬ、もはやしおらしくすらある敗北宣言に、努力の甲斐も無く一瞬でクイニーの堪忍袋の緒が切れた。
こんな腑抜けに入れ込んだつもりは、彼女にはさらさらないのだ。
「落ち着いてる場合なの!? そもそも幹部候補とはいえ、そこいらの社員にレイダーズを御させようなんて甘過ぎたのよ!」
「ならば誰が行く?
「それは……」
烈火の如く怒ったクイニーが、冷水を浴びせかけられたように勢いを弱める。
そもそも、ニムゴの決定に内心渋々ながらも異を唱えなかった理由が、ニムゴの指摘には詰まっていた。
表向き認めこそしないが、彼女は恐れていた。野外も、レイダーズも。都市の外というものに、近づきがたい穢れを感じていた。だからこそ野外を侵略・開拓するために魔物すら利用しようというニムゴの野心に、逆に惹かれたのだ。
だが当然、ニムゴに協力しても野外に対する恐怖と嫌悪が無くなるはずもない。それは聖域都市に生まれた人間、それも特に魔術師の階層にある者からすれば一般的な感覚――常識の範疇だと言えるだろう。
無論、その階層にはクイニーだけではなくニムゴも含まれている。
ただニムゴがクイニーと違ったことは、自分の恐怖はともかく嫌悪に関しては、強力に、明確に、自覚していたことだ。
故にニムゴには自分自身でレイダーズと交渉する気など毛頭無かった。例え絶対的な上位者からの指示に背く行為だったとしても。レイダーズの暴走と部下の死すらもある程度折り込み済みどころか、自分にそのような愚かな指示を出した側の責任だとすら考えていた。
何の疑いも無く、ごく当たり前のこととして。
故に罪悪感など、彼には微塵もあろうはずがない。
「落ち着き給え。あの副社長の趣味の悪いお遊びに付き合ってどうする」
そう言ってニムゴは眺めていたモニターを百八十度回転させ、クイニーに示す。
そこにはティファレトの拡大地図と、その上を走る赤い線が映し出されていた。
「これは……」
「言っただろう、手持ちの潜行者の中ではとっておきだと。そしてもう一つ、私の本家からも伝手を頼ってある。そちらも腕の早さと確かさは折り紙付きだ」
画面の端に記載された付帯情報を読んで呆気に取られるクイニー。
その表情を眺めて、ニムゴが満足げに嗤う。
「こちらからむざむざ
徐々に表情に笑みを取り戻すクイニーを一瞥すると、ニムゴは急に興味を無くしたように革張りの椅子を窓に向かって回転させる。続いて取り出したM-Phoneから短縮番号を呼び出し、何処かへと《通信》をかけ始めた。
「ニムゴ=ブロードだ。副社長のスケジュールを明日緊急で一つ押さえて欲しい。……ああ、例の企画の詰めだ。プレゼンの用意があると伝えてくれ」
遮光シェードの貼られた窓の向こうで、聖域の空は今日も変わらず青かった。