デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

14 / 19
ランニング・ウーマン……8区、ドゥーム・ドゥーム

 ジェットがメンバーに話を切り出したのは、ビュティが所用で席を外すのを待ってからになった。

 

「襲撃だ。ビュテイの家を見張らせておいたクランがやられた。ほぼ完全な不意打ち、プロ中のプロだ。おまけにオレのことを知ってるときた」

 

 ジェット以外のメンバーが一瞬、凍り付いたように動きを止めた。

 急に足場が高所に張り巡らされたワイヤーに変わったような緊張感の中、最初に声を発したのはギルスティンだった。声量は極めて低く落とされている。

 

「どこからビュティの情報が漏れたんですか。依頼を受けてからビュティは外に出してないし、ここに来るまでの痕跡はオレとカティアが偽装した。オレ達自身の情報も第二層まではマスク済み。第三層から特定個人の行動記録を拾おうと思ったら今回のオレ達みたいにIDタグの現物が必要でしょう。マフィアが人を動かしていない以上、企業がビュティの個人情報に辿り着くはずが無い」

「オレもそれに関しては分かっていない。だが、襲撃があったことは事実だ」

「ちょっと待って。私の方で採取しておいた情報、昨日分析にかけといた奴が仕上がってるはず」

 

 カティアが潜行(ダイブ)中接続していた端末に音も無く飛びつき、チェックを開始した。コパイロットとしての仕事の一つは潜行者の周辺環境の警戒と記録。潜行中以上にその後の調査で効果を発揮する。

 突如バネ仕掛けのようにカティアが顔を上げ、ジェットを振り返る。

 

「昨日、私らより先にオベリスクの結界から外に出た奴がいる」

「……通過タイミングは」

「相手のダイバーが退いた時とほぼ一致。サイズが小さいから、多分霊脳潜行者(サイコダイバー)自身じゃなくて人工精霊ベースの自動探査球(オートプロープ)だ。あいつ、こっちの待ち伏せの前に一仕事してたんだよ。奴が戦闘に付き合ったのは、探査球が目的の情報を採取してオベリスクの氷壁(アイス)を突破するまでの時間稼ぎだったんだ!」

 

 コネットの報告に、ジェットは胸の前で拳を打ち鳴らす代わりに、右拳を左手で掴んで潰れよとばかりに握りしめる。

 

「そういうことか、チクショウ……連中の方が一歩先んじてやがった。コネットがやったのと同じ手段だ。ギャング共との接触記録から辿って、ビュティの行動記録を入手したんだ!」

「ギャングのIDタグで潜って、接触で出来たか細い(パス)を使用して出会う前の行動まで抜き取ったってわけ? 出来なくはないけど、アタシなら絶対やりたくないレベルの手間暇ね」

 

 その道のプロであるコネットが呆れたように言った。

 ギャングのIDタグが企業に渡った経緯には、その場の誰も触れようとしなかった。おそらく、そのギャングはもう生きていないだろうことも含めて、推測するだけ無意味だからだ。

 おおむね状況を把握したジェットが、全員の顔を見渡して方針を言い渡す。

 

「ともかく、ビュティには知らせるな。焦って変に動かれるとドツボにはまる……そういやビュティは、まだ戻らないのか。何しに行ったんだ」

「いや、トイレに行くって……げ、まさか!?」

馬鹿野郎(エアヘッズ)、遅すぎるだろいくらなんでも!」

 

 部屋を飛び出すジェットとギルスティンの背中に、やや困惑気味のカティアが訴える。

 

「いや、部屋とマンションのゲートから出ようとしたら警告が出るように設定されてるから、外に出たはずは……」

 

 だが確認した状況は恐るべきものだった。

 トイレに設けられた小窓が開け放たれていた。人がくぐり抜けるにはギリギリ――成人男性なら無理なレベルの隙間。首を突き出して見ればはるか下方にマンションの裏手の細い通路と、敷地を囲う高い塀。何せカティアの部屋は地上15階だ。

 すぐさまギルスティンがリビングに戻ると、トイレの小窓と同じ方向に開いた窓から半身を乗りだし、周囲を見渡す――ヘルメットの索敵能力を最大にして。

 

「おい見ろ、向こうだ!」

 

 ギルスティンが指差した先は塀の向こう――そこには信号など無視して飛ぶような速さで道路を横断する、パーカーを着込んだ後ろ姿。

 パーカーには全員に見覚えがあった。ビュティが寝間着兼普段着に来ていたからだ。

 

「窓から壁伝いに移動して、直に外壁に飛び移った!? 無茶苦茶だ、サーカス生まれか何かかよ!」

 

 経過時間とわずかな体温の痕跡から割り出したビュティの機動にギルスティンが悪態をつく。が、ジェットはそれに構わずリビングに戻り、一瞬考え込む素振りを見せた後、カティアを振り返った。

 

「……記事は、もう送ったのか」

「朝一で完成版をチェックして、送付した。私とコネットが一緒に確認してる……」

 

 そこまで言って、何かを察したのかカティアは送信用のオンライン端末の前に移動する。この状況で放置されたコネットも親鶏を追うひよこのように着いていく――誰も何も言わないのは、ある意味彼女への信頼だ。魔術が絡まなければ何か聞いたところで『知るか馬鹿(ファックオフ)』以外が返ってくる可能性は天文学的。

 嫌な予感は当たり、カティアが青ざめた声を上げた。

 

「不味い。記事、止められてる……最後の本人認証が拒否されたままだ、このままじゃトリビューンが受け付けない!」

「ビュティ自身が認証用のパスコードをわざと間違えたとしか思えねぇ。連中、ビュティに先に知らせてたか……端末までは取りあげてなかったからな」

 

 ジェットが苦々しく唇を噛み締める。

 

「にしても流石の経歴だな。オレとしたことが、この目で見てないせいで甘く見てたぜ」

「はぁ? こんなことが出来る経歴って何よ!」

「カティアの調査結果に書いてあったろうが、【フォーギアレース】飛び入り参加優勝の最年少記録保持者って!」

「嘘でしょ、なんでそんなのが記者やってるのよ、あのレースで勝てるなら億万長者も夢じゃ無いでしょ!」

 

 フォーギアレース。8区大競技場こと【ドゥームドゥーム】――現代の闘技場における【ギアディエータ―】と並ぶ二大興業の内の一つ。

 競技内容は移動用Ma-GEARの他に武器の使用を許可した狂気の徒競走、あるいは人間戦車レース。“どのような手段を用いてでも”最初にゴールすることが勝利条件であり、敗者の規定は生死を問わず(デッドアライブ)。その強力極まりない浄化作用(カタルシス)は都市内のストレス緩和に多大な貢献をもたらし、故にその危険性をしてなお管理局からお目こぼしを与えられるほど。

 8区の貧しい若者が夢見る勝ち組(スターダム)への花道の中でも、最も華々しく最も

熾烈な白骨街道。

 そのフォーギアレースで、ビュティはたった一度ながらゴールテープを切ったことがある、そうカティアは報告していた。詳細な過程と要因は不明――つまり、半ば半信半疑ながら。

 

「……確かにそうだ。だがレーサーには常に命の危険がつきまとう。その上、一回の飛び入り優勝だけで残りの人生勝ち組になれるような代物じゃない。だから優勝賞金で機材を買い集めて、その足も売りにして記者の契約を取ったんだろう。ビュティは地下の名声じゃ無く、地上の安定を求めたってことだ」

「そんなことする奴がいるっての、この都市で?」

「ないとは言い切れない。特に自分の身が、自分一人のものじゃないならな」

「……ジェット。アンタもしかして」

 

 コネットが追及するよりも早く、ジェットはギルスティンと入れ替わりにベランダへと出ていた。

 

「詳しい話は後だ。オレは先行してビュティを追う。お前らはギルスティンのヴィークルで一緒に来い。座標はカティアの端末に送った」

「おいちょっと、待てコラーっ!」

 

 叫びを背に受けながら、ジェットがベランダの柵から飛んだ。

 手首を振り、線条を飛ばして付近のビルディングに貼り付け、ぶら下がって滑空。振り子のように遠心力で加速する。後は次々と線条をつなぎ替えることで加速を繰り返しながら移動、瞬く間にコネットの視界から消えた。

 およそ目立つことを厭わぬジェットにとって、ティファレトはまさに無機質なジャングルの如く。

 さればジェット自身を例えるならば、さながら深き森に住む(マシラ)の如し。

 

************

 

 一体どうやってここまで戻ってきたのか、ビュティは思い出せなかった。

 ただ無我夢中で、一時この場所を忘れさせてくれた暖かい秘密の隠れ家から飛び出したことだけは憶えている。

 だから思い知る。一瞬でも忘れた事自体が、きっと罪だったのだと。

 

 ティファレト8区。

 星樹印において栄光(ホド)を意味する位置にあるのは、ティファレトで最も治安の悪い貧民街。住民の殆どは他の都市からの移民や対価を支払って聖域都市の市民権を得た野外の住民――元追放者(エグザイル)達で占められている。

 ビュティの両親も元追放者だ。都市周辺に拡がる郊外(アウトスカーツ)――難民達の経済圏に生まれ、幸運にも真っ当なブローカーから市民権を買い取る事に成功して移住した。暮らしは楽では無いどころではなかったが、両親はタフで明るかった。ビュティもまた二人の血を引いたおかげかよく笑う子供だった。小さい頃から体は丈夫で、特に足の速さは年上の男子にも負けた事が無い。

 そんな家族の笑顔だけは、ビュティにとって常に変わらない人生の光だった。

 だがその両親は既にこの世にいない。生活と納税のための無理な労働が祟り、父は事故で、母は病で無くなった。

 あるいは一度だけと決めて挑んだフォーギアレースで勝てなければ、ビュティも良くて娼婦、悪ければ市民権を失うかそれよりも前に死んでいただろう。

 なんだかんだ、自分はツイていると思った。

 何の皮肉でもなく心の底から。周りには自分よりも悲惨な境遇などいくらでも転がっていたのだから。

 何よりもまだ、ビュティには光がまだ残っていた。

 だからこそ、その光を失う事はビュティにとって、死よりも恐ろしいことだった。

 

 8区北西側――側比較的治安のマシな立地に立てられた集合住宅に、ビュティは部屋を借りていた。昔両親と済んでいたあばらやよりも、広さ以外は格段に良い。部屋代の頭金にも賞金は役に立ってくれた。

 路地を挟んだ向かいから、ビュティは我が家(マイホーム)を見上げている。目の前の光景が、ひどく頼りない、現実感のない遠い場所の映像のように思えて仕方が無かった。

 一階に食料を含む雑貨店――8区特有の業態――が入った建物の2階が賃貸になっている。外に出された階段の手すりに、チーズのように穴だらけになった赤い三日月のステッカー。イラストには『レミングス』のロゴが上書きされている。ジェットが貼ったという自らの縄張りを示す目印が、よく見れば真ん中から真っ二つに破られていた。

 ビュティの中に、怒りと悲しみがない交ぜになった感情が湧き上がる。

 ジェットの言葉を信じたことへの後悔もある。そもそも企業の密輸事件など追うべきではなかったのかもしれない。いっそ自分がドゥーム・ドゥームでレーサーになっていれば、万事が上手くいったのかもしれない。

 なのに、どんな道を選んでもこの光景に辿り着いてしまう、そんな想像がビュティの頭から離れない。

 もう何も考えられなくなって、よろめくように家路を踏み出そうとした一歩が、空を切った。

 つんのめりかけて、軽く後ろに引っ張られて支えられた。ビュティは自分の体が両手ごと(いまし)められている事にようやく気付く。縛めているのは、いつの間にか何重にも巻き付いていた線条(ワイヤー)だ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。