デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

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ターニング・ポイント……ビズ、サブコン(オリジナル)

「……馬っ鹿じゃねーの」

 

 言葉の主はコネットだった。

 延々と湿度を上げ続けていた空気が、たった一言で凍り付く。

 胸の前で腕を組んだまま、仁王立ちを維持。全員から向けられる信じられないものを見る視線にも、まるで動じる気配が無い。

 

「おい、コネット」

「何よ、アタシ間違った事言ってないわよ。だってそれじゃ二人ともただの無駄死にでしょ」

 

 たまりかねたように声をかけたギルスティンに対しても、コネットは一歩も退かない。

 いつもの苛烈な眼光はいや増して、もはや本当に光を放っていると錯覚させかねない。

 あるいは実際に放っているかもしれなかった。見えざる光を。

 

「無駄、って……」

「無駄は無駄でしょ。無駄ってのはね、何も生み出さない、非建設的ってことよ。黙って死んだらそこで終わりでしょ」

 

 絶句したビュティに、コネットは追撃の手を緩めない。だが攻撃の圧力が、逆にビュティの気力に活を入れた。

 彼女は叫び返す。

 

「……黙ってたって叫んだって、結局死ぬなら一緒じゃない。それともセレーネを、妹を見捨てろとでも言うつもり!?」

「そうは言わない。言わないけど、正直二人揃って大人しく殺されに行くよりはマシだと思うわ」

「アンタねぇ……!」

 

 ビュティが怒りに顔を歪め、コネットに向かって一歩を踏み出す。その拳は強く握りしめられている。コネットは腕組みしたまま動かない。次に起こる事を想起して、ギルスティンとカティアは身構えた。

 かばうのはコネットではない、ビュティだ。両者の間に横たわる戦闘力の差は歴然とし過ぎている。たった一発のパンチと引き換えに、ビュティの首から上が無くなる事も不思議ではない。そして悲しいことに、仲間二人からしてもそうなってもおかしくないと思われるほどに、コネットの理性には信用が無かった。

 だがその場を止めたのは二人では無く、ジェットの意外な一言だった。

 

「言い方はともかく、オレはコネットに賛成だ」

「ジェット「兄貴!?」」

「つまりは落ち着けって話だ。閉じこめられた密室で両側から壁が迫ってきてるとしても、潰されるその時までやるべき事は残ってる。世を儚んで喉を突くなんてのは、最後の最後までオレは御免だ。いっそ笑って潰されてやる方がいい」

 

 片手をポケットに入れたまま、片手でジェットは端末――ビュティが寄越したM-Phoneを軽々と宙に放り投げ、お手玉のようにもてあそぶ。

 

「まずそもそもとして、ビュティ。お前が死んだ後に記事にしたって、影響力は無いに等しい。オレ達に報道としての公的な身分が無い以上、死んだ記者からの告発なんてある種の怪談(ホラー)、いや精々都市伝説(アーバンレジェンド)の一つに加わるのがオチだ。オマケに速攻他のニュースに埋もれて消えるだろうな」

「それは……」

 

 ビュティは否定しなかった。公的な記者でない以上、記事の責任は取らせようが無い。となればトリビューンが記事の扱いを軽くするのは間違いない。それこそ週刊誌の与太話(ゴシップ)以下だろう。

 

「その上でだ。考えてもみろ、そもそもおかしい。ニムゴとやらに、なんでオレ達まで呼び出す必要がある?」

 

 その言葉に、すっと部屋の中の空気が変わった。

 室温まで僅かに上がったような。

 

「……なるほど。状況を整理しますか」

 

 言葉と共にギルスティンは玄関脇に移動し、壁にもたれかかる。

 カティアは勝手にテーブルの椅子を拝借し、ビュティも反対側に無理矢理座らせる。

 なすがままに椅子にかけたビュティはテーブルに残るシチューの皿に目にし、かすかに立ち上る匂いに突然空腹を思い出して首を振った。

 朝から全力で走って、ここに来るまでに何も口にしていない。

 だから食欲に罪は無い。なのに酷い罪悪感に首を鷲づかみにされたのだ。

 目の前に、水の入ったグラスが置かれる。これもカティアからだった。

 ビュティは自分が何時も使っている方のグラスが出てきた事を不思議に思うが、テーブルを見下ろし、なんでもない真実に気付いて軽く落胆する。

 テーブルがくっつけられた壁際に、既に妹のグラスが出ていただけだった。今の今まで、ろくに目に入っていなかった。

 グラスの中に残された、明らかに飲まれて減ったであろう量の水に、ビュティは改めて妹の存在と生存を強く意識する。

 生存。それは完全に否定されてはない。恐らくは、今もまだ。

 一方、サブコン達によるブレインストーミングはすでに始まっていた。

 

「連中には、私達を呼び出さないと不都合がある。だとすれば、それは何?」

「目撃者として口封じしたいだけじゃないの?」

「さっき兄貴が言っただろ、情報源としてマスコミじゃないオレ達はさほど脅威じゃない。ビュティさえ黙らせられればやりようはいくらでもある。放って置いても問題はないはずだ」

「ああ、だから理由はそれ以外のはず」

「広報的な問題ではない、とすれば……企業として次に気にするのは、収支ね」

「収支……コストパフォーマンスってこと?」

「そう。フォルミカを都市に運び込む企てはティファレト全体にとっては不利益な行為だよね。企業であるビーテールとしては、普通なら聖域管理局に睨まれる行為は却下した方が得。なのに予算が下りたのだとすれば、それはリスクという費用(コスト)より大きな利益(メリット)が見込まれると誰かが判断したって事になる」

「それは誰だ?」

「分からない。でも発案、企画した奴とは別で、もっと上位の人間なのは間違いない。動いてるのがニムゴって奴だとすれば、その上にはステークホルダーにして実質的なスポンサーがいる」

「ニムゴ自身がその権力を持ってるって可能性は?」

「ないな。ビーテールは複数の大企業が出資して作った共有企業だ。そのトップ付近は言わばお飾り。勝手な動きをしたらすぐに首をすげ替えられる」

「だからこそ、名ばかりの取締役は冒険したがるだろうな。失敗しても愚かな部下の暴走として片付けられるなら、なおさらのこと」

「同時にそいつはニムゴの動向に目を光らせているはず。暴走が自分の足場を巻き込むほど危険なものになる前に、自分の代わりにニムゴを身代わり(スケープゴート)として切り離すために」

「あー、今が正にその時って話? 奴はアタシ達を使って、上司を説得する必要があるってワケ? なんか凄いマヌケな話な気がしてきたんだけど」

 

 コネットの言葉に、ビュティ以外の全員が笑顔になった。

 

「つまりあれだ、ビーテールと本当の黒幕にとって、ここが損益分岐点だ」

「ニムゴが私達に名乗ったのは、私達じゃなくてスポンサーに対するポーズなんだ。自分の名前を出すことで責任の所在と、計画の成功に対する自信をアピールしたんだよ」

「しくじったら全部おっ被るから、自分の首は好きにしろってことね。良い度胸じゃない」

「企業としても、ニムゴの商品(プロダクト)何でも屋(サブコン)……いや、あえて言うなら連中にとっての仮想マーベリックを殲滅できるだけの性能が担保できるなら、メリットがデメリットを上回るってところなんだろうね」

 

 カティアが眼鏡の位置を直した。一瞬逆反射で両目ごと表情が隠れる。どこか小動物めいた少女の顔が、まるで陶器の人形のように映る。

 

「依頼人だけが向かえば家族と一緒に殺害、ただ公表された場合はニムゴに全責任を被せて損切り。依頼人とオレ達を始末できればプロジェクト続行ってとこか。流石は企業、トノサマ・商売(マーケティング)だな……舐めてくれるぜ」

 

 ギルスティンのアイコンが口をへの字に曲げた不敵な笑みに変わる。キリキリと響く擦過音はMa-GEARアームの金属製の拳から――防音処理を貫通するほどの力で握りしめられた結果。

 

「じゃあビュティの妹は無事ね。アタシ達がケツをまくったら、相手ももれなく社会的に死ぬんだもの。魔術師相手に人の生死を隠蔽するのは無理筋、アタシ達が死ぬまではむしろ絶対に安全を保証してくれるわ。流れ弾の心配すら要らないわよ」

 

 コネットが腕を組んだまま胸を張った。人形のような端正な顔が悪魔のように口の端を釣り上げて笑うと、厳つい顔立ちよりもかえって威圧感を呼ぶ。

 

「……つまり、ニムゴにとっても今は崖っぷち。オレ達の負けにオールインして握った掌は汗まみれな訳だ――つけ込む隙は、大有りだ」

 

 ジャケットのポケットに手を突っ込んで、ジェットが背中を丸めて呵々大笑する。

 その顔を見て、ビュティは思わず反射的に背筋を震わせた。

 ジェットの満面の笑顔は、今までで見た中で最も獰猛な表情であったが故に。

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