デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

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ショー・ダウン……魔術師、企業、幻視配信者(オリジナル)、魔女(オリジナル)

「思ったよりも早かったな」

 

 地上三階程度の高みに、上品なスーツ姿の男――ニムゴ=グラードの姿はあった。

 管理室であろうその場所は、倉庫全体を見渡せるように壁面の上半分がガラス張りになっている。

 向かって左側には秘書のクイニー、そして大人二人に挟まれるように栗毛の少女が並んでいた。一人だけ頭の位置が低いのは椅子に座らされているせいだ。胸元から上しか窓に出ていないが、何らかの拘束を受けている事は間違いない。

 

「こちとら何でも屋(サブコン)、身軽さが売りなんでね……しっかしまぁ、随分といい場所だな。大立ち回りにはもってこいだ」

 

 ジェットはビュティを含めたメンバーの先頭に立って、ぐるりと周囲を見渡した。

 指定された倉庫の中は集合団地が一つ二つ入りそうな広さがある。

 これほどの空間に、今は貨物らしい貨物がほとんど存在していない。

 一つだけ、大型コンテナが管理室の真下に鎮座するだけだ。運ぶにはトレーラーを一台丸ごと占有するサイズだが、それでも倉庫内の空疎さを紛らわせるどころか、かえって空間の広さを強調してしまう。

 

「試作兵器の試験場を兼ねた特製の見世物小屋だ。防音性と呪的遮蔽に関しては心配はいらないと言っておこう」

「そいつぁ安心だ。土壇場で保安局に踏み込まれるんじゃあ間抜け過ぎるからな」

「遮蔽と言えば、君達は一般市民の割りには随分と丁寧に個人情報を隠していたようだな。いや、いるようだと言うべきか」

 

 その言葉を契機に初めて、ジェット達の見上げる視線とニムゴの見下ろす視線が正面からぶつかった。無音の火花が空間の緊張度を上昇させる。

 ニムゴはゆっくりと、噛んで含めるように自らの得た情報を開陳した。

 それは自らの情報的優位を誇示するための静かな威圧行為である事を、ニムゴ自身ですら意識しかけて無理やり頭の裏側に押し込める。

 何があろうとも、真に魔術師たる己が何でも屋風情に気圧される事があってはならない、と。

 

「ジェット=ナイアル、ギルスティン=マイネンボルグ。君達はまだハードルが低かった。それぞれ魔物狩人(ハンター)魔石採掘者(アウライトマイナー)の資格を持つ野外労働者(アウトランダー)。採掘者の方は小規模ながらも事業主とは、一介の勤め人としては頭が下がる」

「そりゃご丁寧に。期間工はしょっちゅう募集してるから、健康に自信があるなら何時でも応募してくれや。歓迎するぜ」

 

 ギルスティンの返しを無視して、ニムゴは二人の内幕にもう一歩踏み込んだ。

 

「二人には共通点がある。かって『レミングス』とかいうストリートギャングを率いていたとか。その割りに補導歴はあっても前科は無し……いわゆるお年頃という奴かね」

 

 きり、り、と鋼のこすれ合う音が響く。

 ギルスティンのアイコンが消灯――無表情、つまり真顔。明らかに全身から放つ気配が変わり、ビュティの他コネットまでもわずかにたじろぐのが上空からだと見て取れた。

 だが、一方のジェットは頭の後ろに腕を組み、朗らかに回答。まるで無風の晴天を見上げるように。

 

「もちろん青い春って奴さ。言わせんなよ恥ずかしい」

「……ふん」

 

 ニムゴはただ小さく鼻を鳴らすにとどめた。

 ジェットの言葉が即座にギルスティンの緊張――恐らくは憤怒を霧散させた事に対する、ひそかな失望を隠すために。

 挑発に乗ってこないことを悟って、ニムゴはそれ以上の言及を控えた。これ以上余計な事を口にしてボロが出るのは望ましくない。

 一体どういう理由か、『レミングス』というチームについてはアウトリュコスを使ってなお詳しい事は分からなかったのだ。

 分かったのはティファレトのストリートではかって、その名が狂気の代名詞とされていた事だけ。

 

 ――あのアウトリュコスをしてなお、狂気としか表現し得なかったとは何事か?

 

 だがニムゴにもアウトリュコスを雇う事は出来ても、従える事はできない。

 だから舌鋒の矛先を変えた。

 

「だが残り二人については、私にも調べきれなかった。特にカティア=ルドー……君は何者だ? はっきり言えば、君ほどの資産家がこのような酔狂に首を突っ込む理由がまるで見えない。何より君は学院にも籍がある。非常勤ながらもその若さで、教職としてだ。一体何が、君という魔術師をそのような酔狂に落とすのか?」

 

 見た目には十代と言われても通りそうなカティアは、まさに見た目通りのふわふわとした仕草で首を傾げてみせる。

 

「理由……理由はそうだね、要するにインプットかな」

「インプット?」

「何かを出力するためには、何かを入力しなきゃいけない。都市が求めるものは、都市から聞き取るしかないんだ。それも私みたいなエンタメ派は、ボリュームゾーン周辺の新鮮なニーズが必須でね」

「はて、芸術家か何かだとでも?」

「ご明察。とはいえ……」

 

 芝居がかった手つきで眼鏡を外す。

 

「あくまで自称だがね!」

 

 その下に、何故かまた眼鏡。ただし太いマーブルパターンのフレームにミラーシェードのパーティ仕様。

 同時に衣装が替わる。フリル付きのレオタードに網タイツ、白と黒の市松模様(ブロックチェック)、黒のテンガロンハット、両目の下には黒い涙型のペインティング。

 役者、あるいは手品師――ショーマンの早着替え術で同業者を除く全員の視線を釘付けにして、ど派手なモノクロに統一した道化(クラウン)にしてショーガールが、霊脳空間にダイブしていた時と同じテンションで叫ぶ。

 

「レディースエンドジェントルメン、これよりここを丸盆(リング)とする! 生放送(ライブ)じゃないのは勘弁してくれよ、こいつも稼業(ビズ)の悲しき(さが)だ! ウチの業界はコンプラが厳しいからね、路上ゲリラライブとかやると違約金がヤバいんだよね!」

「何のつもりだ、その格好は……?」

 

 突然の変貌に困惑を隠せないニムゴを他所に、クイニーが驚きの声を上げる。

 

「嘘でしょ、『ティアレイン』!? あんな小娘が?」

「クイニー、知っているのか?」

「ニムゴ、貴方こそ知らないの? 古参かつ大手の幻視配信者(ビジョンストリーマー)だけど……それ以前に音楽シーンにとって、前鋭電幻(プラグレッシブ)派の始祖的存在よ。あなただってバルトアンデルシアくらいは聞くでしょう?」

 

 クイニーの激しい口調に、反射的にニムゴの表情が渋くなる。

 

「名前程度だ……だがしかし、始祖だと?」

「ええ、バルトアンデルシアはまだ結成して二年も経ってないけど、『ティアレイン』が〈幻影の門〉を積極的に利用するあのスタイルで台頭したのはもう七、八年は前。デビュー自体はさらに昔よ。あれが本人なら、どう考えても三十路ははるかに超えてるはず……」

「レディに年を聞くもんじゃないぜぇ、お嬢さん?」

 

 指を振ってたしなめるカティアが、今のニムゴには悪夢の死者のように映る。

 ――嫌な感覚だ。

 ニムゴは悟る。カティアは同じ魔術師という同法でありながら、自分とは根本的に生きる世界の違う相手だと。

 

「前鋭電幻……呪奏士(スペルシンガー)か。なるほど、真の魔術師なら見た目の年齢など意味をなさない。にしても、呪奏士には立場のある魔術師でありながら、酔狂な趣味に溺れる輩が多いのは知っていたが」

「固っ! 頭固っ! 魔術もまた文化の上にこそ成り立つって意識が足りてないんじゃないのー? なんでこのティファレトが聖域都市最大の人口を誇るのか、少しは考えたことがあるのかね! これだから星樹印とMa-GEARに頼りっぱなしの最近の若いもんは!」

「自分で老害ムーブしてどうすんだよ……」

 

 『ティアレイン』――カティアの芝居がかった言動に、今度はジェットが顔を押さえて呻く。

 しかしカティアを見るクイニーの表情は硬いままだった。彼女にはネットの世界で『ティアレイン』という配信者のもたらす影響力をよく知っていた。故に、その影響力を無視できない。

 

「まずいわ、ニムゴ。本当にあれが『ティアレイン』なら、芸能限定とはいえトリビューンと太いパイプがあるはず。記者を消すだけじゃ済まないかも」

 

 消すという言葉に、びくりと人質の少女の肩が震える。両側を人に挟まれながら、しかし誰の目にも止まらない場所で。

 

「問題ない。芸能関係は1区、しいては学会と繋がりが深い。手はいくらでも回しようがある」

 

 そこまで言って、ニムゴの話し方が多少ながら変化する。

 

「それに……その程度の名声、ことによっては何の意味もなくなるかもしれん。著名であればあるほど、悪評もまた素早く知れ渡り、重く作用する」

 

 とっておきのデザートの甘さを思い浮かべ、少しばかりの余裕と優越感を取り戻して。

 

「ほー? 一応言っておくけど、私の顔バレはあんまり意味ないぞ。散々噂レベルでは言われてるからな!」

「そちらの影響は存じ上げない。が、それほどの音楽家がそんなものを街中で連れ回しているというのは、十分な醜聞ではないかね?」

「それ?」

 

 向けられた視線と代名詞に、コネットが真っ向からにらみ返した。

 しかしニムゴは構わず目をすがめて侮蔑を表現する。

 

「まだシラを切るのか。コネット=ブルーム……いやまったく、大層な名前だな。たかだか人形風情が」

「……はぁ、人形? アタシが?」

「そうだと言っている、脳無し(ヘッドレス)。その異常に精巧な義体には、文字通り脳が入ってない。つまりお前は、人間ではない」

 

 ぴくりとコネットの頰が震えるが、ニムゴは構わず言葉を続けた。

 

「コネット=ブルームの肩書きは、腕利きの独立魔術師にして霊脳先行者。だが、過去の経歴はほぼ全て偽造。そもそもそれほどの腕を持ちながら、学会に在籍した経歴が皆無。……どれほど堅牢にプロテクトしようと、これで見破れないと考える方がおかしかろう」

 

 そう言ってニムゴが手を振ると、窓ガラスの表面に写真付きのIDデータ――無論コネットのもの――が投影された。

 本来は聖域管理局の管轄内である。一般人が手に入れられるものではない。これもまた、先に利用した霊脳潜行者の成果物の一つである。

 確かにニムゴがとっておきの駒と評するだけの事はあった。

 

「私の目をしてにわかには信じられんほどだが、お前が人格登録された人工精霊内蔵式の最高級セクサロイドである事実は分かっている。まったく、何の冗談だ。性産業に従事する労働聖人(セイントワーカー)を帯同させるよりもなお酷い。何にしろ、これほど高尚な趣味はそうそう見かけんな。……ああ、何か言い分があるなら聞いてやる。ある意味、君たち下請け(サブコン)の精神構造を分析するための貴重なサンプルになりそうだからな……正直、反吐が出る思いだが」

 

 そう言った時のニムゴの表情は、紛れもなく勝利を確信したものだった。

 何しろ、眼下の下請け(サブコン)達はもれなく震えあがっていたのだから。

 

「うっわ……」

「おう、星樹(セフィロト)よ……」

「半端な情報強者って一番おっかねぇな。よりにもよって一番踏んだら駄目な地雷を、ここまで盛大に踏み抜くかよ」

「……なんだと?」

 

 ジェットの言葉がニムゴの勝利に小さくひびを入れた。

 そしてジェットの後方でずっと顔を伏せて震えていた一人が顔を上げる。

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふふふ」

 

 渦中の当人であるコネットは、笑っていた。

 凄まじく、笑っていた。

 ギャングに突き飛ばされた時の表情など、比するべくもない。

 

「そうよね、あんた達如きじゃあ、その辺までのアクセスが関の山よね……いいわよ。特別に、私の全部、見せてあげる」

「ちょ、コネット! 落ち着けって!」

「うっさい。これはアタシの権利の範囲だ。そうだよな、後見人《キーパー》?」

 

 ジェットを言葉と笑顔で黙らせて、コネットが指先に星樹印を灯し、それをかき消すようにスナップ。

 次の瞬間、ニムゴの目の前に投影されていた画像が激しく乱れる。まるで砂嵐――あるいは光る雲に吞まれたように。

 企業魔術師(サラリーメイジ)達があり得ざる光景に目を剥いた。

 状況の詳細を調べたクイニーがうわ言のように呟く。

 

「データが、今、書き換わっていく……いえこれは、二重偽装……でもこの深度は……?」

「コネット=ブルームは私の本名……でも、コネット・ザ・ブルームの方が通りはいいわね」

 

 コネットの言葉にニムゴが口元を押さえる。無意識に困惑の表情を隠そうとする仕草。

 即ち、動揺の証明。

 

「何が違うとのいうか、そんな、たった一節で……いや、待て。『箒《ザ・ブルーム》』だと……まさか、ありえん……そんな馬鹿な!」

 

 次いで、クイニーが悲鳴を上げる。二重に秘匿されていた、コネットの真の経歴に書かれた突拍子の無さに耐えきれずに。

 

「服役中の特級犯罪者……罪状、聖域圏法・都市反逆罪……判決、霊体懲役刑一万飛んで258年!? なによこれ、ふざけてるの!?」

「……いや。本当に奴が『箒』なら、それは事実だ。衛星聖域都市暴設事件(サテライト・テロ・シティ)の実行犯たる魔女(ウィッチ)(いみな)……まさか、こんなところで……」

「理解できた? 私の生身は今も第二都市(コクマー)の専用Ma-GEARに拘束中。この義体は離脱した私の霊体を封じ込めた、文字通り魂の牢獄よ。当然、私がこの体を通して見聞きした情報は全て学会に公式に記録されてる」

「くっそ、いざって時の切り札の一つだったってーのに……」

「いい加減理解しなさいよ。アタシを交渉材料に使うのは愚の骨頂だって」

 

 額を押さえて嘆く嘆くジェットを尻目に、コネットは挑発的に頭上を見上げた。明らかな見下ろす者の目線。

 

「さて。聞いてる、オフィサー? つまり、何をどうやっても、もう言い逃れは無理ってことよ。あんた達に出来るのはただ一つ」

 

 宣言する。挑戦者を迎え撃つ、王者の口調で。

 

「このアタシを相手に、自らの価値を示しなさい。会社じゃなくて聖域都市――いやさ学会に対して、アンタ達のオモチャが人造魔女《デザインウィッチ》たる私より有用であると実証するのよ」

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