デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

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クライマックス・バトル

「……く、くはははははは!」

 

 コネットの宣言にニムゴは顔を押さえ、次の瞬間爆笑する。まるでほんの少し前のコネットを真似するかのように。

 その様子に上司の正気を疑い焦るクイニー。

 

「ニムゴ!?」

「素晴らしい! 素晴らしいぞ、なんという僥倖だ。一足飛びに第一都市(ケテル)と【天塞(ダアト)】に対してプレゼンテーションが叶うとは、願ってもない!」

 

 だがニムゴは狂っていなかった。

 管理室の中から倉庫の天井を見上げ、叫ぶ。見えざる高みに何者かがいると確信しての仕草。

 

「副社長、構いませんな。これはもはや挑まれた魔術決闘(フェーデ)だ。あなたも魔術師であるならば、立会人として見届けていただこうか!」

『……好きにするといい』

 

 そして事実、見守る上位者(オーバーロード)は訴えを認め、応えた。

 ニムゴは獰猛に笑い、自らの端末に向かって指令という名の呪文を飛ばす。

 

「我は喚起す、起動せよ『ハンドレッタ』!」

 

 壁際のコンテナが展開。低温の空気が靄となって流れ出した後、姿を現すのは常人を二回りは上回る巨体。服らしいものを一切纏わない体は青黒い鋲のような鱗に覆われている。だが両腕の肘から先が円筒形の金属塊、頭部はサイデッキを思い出させる黒い直方体に置き換わっていた。腰のやや上から伸びる尾は身長と同程度の長さを床面に垂らし、先端に二股のブレードスパイクを装備。

 目の前の合成獣(キメラ)の素体を、ジェットは一目で見破った。

 それは彼にとってまさに生業であったから。

 

爬虫人(レプティリアン)……魔物をモーグ化しやがったのか」

「既に実戦に投入するには十分な性能を証明してはいる……だがあくまでこれは歩兵(トルーパー)。随伴する護衛用だよ」

「護衛? ……おいおい、まさかフォルミカで同じことしようってのか。流石にイカれた奴の考える事はすげぇな」

「考え得る限り最高の戦車(タンク)にして工兵(エンジニア)だ。もはや魔石の採取を野外労働者に依存する必要もなくなる。群れ一個を改造できれば、それだけで都市が年間消費する魔石の総量を回収して余りあると試算が出ている。君達にとっても、悪い話ではないんじゃないか?」

「まぁな、もう野外労働者をすり潰すように消費する必要がなくなるなら、ありがたい話ではある……あくまで実用化できれば、の話だが」

 

 ニムゴの提案を、ジェットは鼻で笑った。

 

「既に成功例は存在する。業腹ではあるが」

「あれを成功例と呼ぶのを、学会が許すか? なんにしろ、オレ達からすればそんな危なっかしいもんに命を預ける気にはなれねぇよ」

「ええ、魔物がそんな分かりやすいもんなら、野外仕事はもっと(イージー)っすよ」

 

 ギルスティンもまた、ジェットに同調する。目のアイコンは釣り目――不機嫌。仕事に真面目な事業家の矜持。

 

「それはそれとして、決闘とかいいながら魔物任せで自分は高みの見物ってのはずるくねぇか?」

「何言ってんの、魔術師同士なら互いの使い魔に代理決闘させる方が正調よ。正直、アタシの方がよっぽど無粋で野蛮よね。そういう性分だからしょうがないけど」

「なるほど、無粋で野蛮な自覚はある、と」

「決闘の仕方の話よ、全人格に当てはめるんじゃねーわよ!」

 

 混ぜっ返すジェット、躊躇なく噛みつくコネット。

 二人の様子に、何故かニムゴに機嫌を害した様子はなかった。

 

「なに、気にはせんよ。蛮性(ビースティ)、大いに結構!」

 

 言葉と同時にモーグ=レプティリアンが両手を掲げる。鈍く光る黒い円柱の底に、穿たれた暗い穴。

 

「カティア、コネット、下がれ!」

 

 自分は逆に前に踏み出しながら、ギルスティンが叫ぶ。

 蜂の羽音のような唸り声と共に、両腕に直結された多機能型ソリッドマシンガンが弾丸を連射。

 その場でリングから展開したシールドを掲げるギルスティン。同時にジェットが横に跳躍。反応したモーグ=レプティリアンが片手を横に振る。結果ギルスティンに降り注ぐ弾幕の密度が半減。ジェットも線条(ワイヤー)を駆使して三次元機動で回避運動を行う。何発かが肩や足を掠めるが、直撃は無し。工場内ががらんどうなせいで遮蔽物が無く、身を隠す場所がないジェットは踊り狂うように避け続けるしかない。

 

「なるほど、お互い様って事ね!」

 

 ギルスティンの影からコネットが《理力の矢》を放つ。光り輝く衝撃波に変換された魔煌を、機械仕掛けの爬虫人は大きく跳躍して回避。《理力の矢》は管理室真下の壁にぶつかり、振動と衝撃を撒き散らしながら消滅。

 十分に呪的遮蔽した室内でも伝わってくる衝撃の大きさに、階上のニムゴとクイニーの表情が僅かに固まった。万が一強化された倉庫の内壁を破壊されては、せっかくの遮蔽も何もかも無意味になってしまう。

 攻撃は失敗に終わったが、モーグ=レプティリアンからの銃撃も一瞬止まる。その隙を見逃さずに、ジェットがストレージから引き抜いた得物を振りかざした。何時ものフォースパイプではなく、両手持ちの片刃剣。刃先が赤く輝くのは内蔵されたMa-GEARによる加熱(ヒート)機構のため。

 赤熱刀(パイロブレード)――魔物狩人達に広く使われる、対魔物用の格闘兵器。

 線条を天井に引っかけた跳躍から、得意の頭上からの奇襲。だがモーグ=レプティリアンは上を振り仰ぎすらしなかった。

 

「ふ、ぐ――っ!?」

 

 ブレードスパイクの付いた尻尾の一閃。空中では踏ん張りようもなく、ジェットの体がほぼ真横に吹き飛ばされる。咄嗟に周囲の壁や床に線条を貼り付けるが、それでも勢いは殺しきれず、倉庫の壁面に衝突――一瞬後、床に落下した。

 子供の胴体より太い筋肉の束による殴打。加えて魔物の肉体は、同じ重さであっても人のそれとは構造と強度がまるで違う。

 

「テメェ、よくも兄貴を――!」

「ヘイヘイ、沈静(チル)だギルスティン! ジェットはあの程度でどうにかなるようなタマじゃねぇ! それより支援(バフ)いくぞ、こいつで時間稼げぇ!」

 

 カティア=『ティアレイン』=ルドーの周囲に幾つもの光る円盤が浮かび上がる。シンセサイザー・ハイロウ――〈幻影の門〉により仮想の鍵盤を視覚化させて操る最新のMUSE(ミューズ)。携帯性、カスタマイズ性、そして何よりライブにおけるヴィジュアルの強さが売り。

 

「まずは最近の流行りから、血の気の多い奴でいこうか――我が愛しき後輩バルトアンデルシアより、『ヴァルキリーレイヴ』!」

 

 シンセサイザー・ハイロウの放つ光がミラーボールのように殺風景な空間を乱反射し、薄暗い倉庫を一瞬でライブハウスに変える。

 カティアの指が目まぐるしく閃く。ボリュームを弾き、ボタンを叩き、キーボードを奏でる、その混ぜこぜ(フュージョン)

 流れ出すのはファンファーレから始まりドラムとギターが疾走する壮大な総金属製行進曲(フルメタルマーチ)。楽曲にして魔術――呪奏魔術(スペルソング)。乗せられた術式は〈英雄の門〉より第三階梯、《英雄の武勇(ヒーローズ・ブレイブ)》。

 

「オラァ!」

 

 マシンガンを掃射するモーグ=レプティリアンに巨大な盾を構えたギルスティンが肉薄する。相対距離が残り数歩を切るや否や、風切り音がギルスティンの斜め後ろで鳴った。

 回り込むように死角から襲いかかる尻尾を、ギルスティンはしかしほぼノールックで弾き飛ばす――カティアの魔術支援により増幅された反応速度の賜物。盾を持った右の義手に対して、左に握って振り回したのはアンバランスに引き延ばされたT字型の棍棒だった。棒の先端が鋼鉄のブレードと接触した瞬間に、青白い稲妻がスパーク、発生させた衝撃で尾を大きく弾き飛ばす。

 

「そいつは見せたばっかだろうがよ!」

 

 《電気伝導(エンチャント・ライトニング)》を這わせたスタンバトン、それもトンファー型にカスタマイズされた特注品(ワンオフ)を、ギルスティンは引き戻しながら機械化された魔物に叩き付ける。回避行動がやや大きくなったのは、後天的に追加された金属部品の防衛本能だったか。

 その後付けされた怯えが仇となった。

 

「ひっかかったな、バーカ!」

 

 嬉しそうに叫ぶコネットの掌で、星樹印が高速で明滅していた。

 大きく跳躍したが故に、滞空時間も延びる。そして空中で軌道を変えるには魔術かジェットのような線条が必要――モーグ=レプティリアンにはどちらもない。

 放たれた《理力の矢》が胸部に吸い込まれる、かに見えた。だが咄嗟にモーグ=レプティリアンが銃身に換えられた両腕を交差。クロスガードで直撃を避け、尻尾をバランサーとして振り回す事で姿勢を整えて着地する。

 窮地を脱した魔物が再び弾幕を張るべく両腕を掲げ――突然上半身を大きく捻った。

 振り回す形になった右腕の銃身が甲高い音を立てて火花を散らす。

 ジェットの赤熱刀を済んでのところで受け止めた、その代償に。

 

「おっと、気付かれたか」

 

 閃光の中でジェットが笑う。ゴーグルを透過して浮かぶ両目は真っ赤に照らされて、まるで充血しきった怪物のよう。

 いつの間に復活していたのか、まるで音も気配もなく影に潜むように、ジェットは魔物を待ち受けていた。着地時の無防備な瞬間を狙っての首への一撃だったが、バランスを崩しながらもモーグ=レプティリアンの防御が間に合う。ただ尻尾による反撃は行えない。不安定な姿勢を維持するために、ブレードを床に突き立てて踏ん張っているからだ。

 

「死角を取ったかと思ったが、その頭にゃ全方向にセンサーがついてたみたいだな……しょうがねぇ、これだけ貰って仕切り直しだ」

 

 ジェットが剣を振り抜き、後ろに跳んで距離を取った。

 直後に防御に使われた銃身が半ばで切断され、先端がずり落ちる。

 モーグ=レプティリアンの頭部で、幾つもの赤と緑のランプが小さく点滅して消える。もはや用を為さなくなったのだろう、右腕に残された銃身が自律的に離脱(パージ)。その下で骨に直結していたと思われる機構が反転し、ジョイント部分から巨大な折りたたみナイフのような格闘用のブレードを展開する。だがスペアとしてのみ装備されていたのだろう。魔物のフォルムは明らかにアンバランスになっていた。

 

「全方位センサー……? そいつぁ良いこと聞いたぜ!」

 

 カティアが指先でハイロウの一つを回す(ターン)。勇壮なマーチに追加されたのは不規則に切断を繰り返す引き攣ったギター音。

 途端にモーグ=レプティリアンの挙動が怪しくなる。足を止め、何かを酷く警戒するように首を振り、その場で向きを変える事を繰り返す。

 製品の不穏な動きに、頭上のニムゴ達も苛立ちを隠せない。

 

「何をやっている……!」

「センサーが敵対勢力の増大を検知……敵対的侵入(ハッキング)を受けてる、まさか!?」

 

 クイニーが室内に据え付けられたモニターを睨んで叫んだのが、入りっぱなしだったマイクから漏れ聞こえてしまう。

 

「そんなご大層なもんじゃないよー、Ma-GEARに頭部を置換しても脳味噌はほぼ蜥蜴人(リザードマン)のまんまだろ? 全方位知覚なんて処理できるようにできてないんだ。ちょいと拾い易い偽装情報(ダミー)をばらまいてやれば、すーぐ過負荷で訳分からなくなっちゃうよ」

 

 ランチの手抜きテクニックでも紹介するようにあっさりと、カティアは〈心理の門〉第五階梯《錯乱》、その呪奏版で引き起こした現象を説明する。

 

「見え過ぎちゃうのも困りものって訳だ……じゃあ、こういうのはどう?」

 

 カティアの傍らで、コネットも星樹印を起動する。それも三重に――高位魔術(ハイマジック)

 モーグ=レプティリアンの周囲に、拳大の青白い光球が1ダース近く浮かび上がる。

 

「《理力の矢(フォースアロー)分裂(スプリット)》」 

 

 コネットが指をスナップ。光球がそれぞれ個別のタイミングで襲いかかり、震える怪物に次々と着弾。一発一発の威力はそれほど高くないが、無傷でいられるほど弱くもない。砕けた鱗が宙に舞い、おぼろな照明を浴びて小さな星のようにちかちかと輝いた。

 モーグ=レプティリアンが左手を振り回し、何も無い空中に銃弾をばらまく。センサーに投影された誤情報を振り払うための、半ば本能的な仕草。責めるのも酷だが、弾丸は無為に倉庫の天井や壁を殴打するだけに終わり、ただただ無為な隙をさらすだけに終わる。

 当然、前衛達がそのような好機を逃すはずもなく。

 

「おォらァ!」

 

 ギルスティンのバトンがレプティリアンの左脇腹に突き刺さり。

 

「チェストォ!」

 

 ジェットの赤熱刀が背中を切り裂く。

 ぐらりとモーグ=レプティリアンの体が傾き、重い衝突音と共に見上げる位置にあった四角い頭部が眼前まで下がる。

 衝撃と斬撃、そして電撃と炎熱のリレーによるダメージは、即死にこそ足らないものの、遂に魔物の膝を折るに届いたのだ。

 手負いの獣は首に一太刀を浴びせに行ったジェットに尻尾を振るって牽制するが、その薙ぎ払いからも幾らか力強さが失せているようだった。

 ギルスティンと対角の位置で、ジェットはじりじりと獲物の周囲を回り込む。止めの一撃を打ち込む隙を伺いながらも、警戒は緩めない。

 そして無理矢理踏み込む代わりに、口による牽制を放つ。魔物ではなく、その飼い主に向かって。

 

「ゴテゴテくっつけたおかげで単純な火力は上がったが、脅威度は逆に下がったな。こっちの予想を裏切る怖さが無い。狩人として批評(レビュー)するが、これじゃあ天然物相手の1対1は厳しかろうよ」

 

 明確な挑発行為。ジェットは自分の言葉でニムゴが激昂するかを観察していた。怒り狂い、取り乱してくれた方が状況は良い。彼等の上位者の前で無様を晒してくれれば、ストップがかかるかもしれないからだ。ニムゴに現場を任せる連中が、強制停止のスイッチを握っていない可能性は低い。

 だが、期待に反してニムゴは冷静だった。少なくとも表向きは。

 

「ほう。恐るるに足らんか、狩人。結構、ならば足してやろう」

「ニムゴ、あれはまだ試験中よ。実戦でコントロールできる段階では……」

「だからこそだ。本職にああも酷評されては副社長、ましてや学会へのプレゼンは失敗だ、このままではな。ならば出し惜しみの出来る局面ではない……全ての責任は私が取る。やってくれ」

「……分かったわ」

 

 クイニーが管理室の機材を操作する気配と共に、モーグ=レプティリアンの一部に動きがあった。

 背中の正中線、脊椎の上に取り付けられた装甲と思しき金属部品の一部が展開。露出したのは小瓶のようなシリンダーと、中に満たされた見覚えのある紫の液体。

 ジェットの表情から一瞬で余裕が消し飛んだ。

 

「まさか……『ヴァイオレット』!?」

「ほう、一目で看破するか。少々見た目が特徴的過ぎるな、この呪物は」

 

 ジェットの焦りに逆に気をよくしたのか、スピーカーから響くニムゴの声には愉悦が混じっている。

 だがジェットに、そしてギルスティンにも笑っていられる余裕は無かった。

 まだ自爆装置の方がましだった。桁が違う。野外を知る者に取って、ニムゴの暴挙は正に満載の火薬庫で火遊びするに等しい暴挙であるが故に。

 

馬鹿野郎(エアヘッド)、止めろ! ソイツはレイダーズの呪薬師(メディスンマン)が魔石と人血をぶち込んで作ったゲテモノだ、魔物に投与なんかしたら何が起こるか分かったもんじゃねぇぞ!」

「馬鹿はどっちだ、既知と変化の無い実験こそ為す意義が無いわ! 知の最前線に立たんとする魔術師が、未知を恐れてなんとする! やれ!」

 

 号令と共に、一瞬で『ヴァイオレット』が注入され、シリンダーから魔物の体内へと消えた。

 悪夢のような光景から一秒、何も起こらなかい。

 それはその場に居合わせた誰もが何十倍にも感じる一秒だった。

 やがて音も無く、膝を突いてうずくまっていたモーグ=レプティリアンが立ち上がる。

 いつの間にか、全身にひび割れのように走っていた打撃痕、背中に刻まれた浅くない火傷と切り傷、その両方が跡形も無くなっていた。レイダーズに起こったのと同じ、あるいはそれ以上の超高速再生。

 

「――ギルスティン!」

 

 咄嗟に警戒の声を上げたのはコネットだった。

 だがその声を殆ど打ち消すほどの轟音が全員の耳を(ろう)する。

 次に響いたのは、パワードアーマーの全身をひび割れさせたギルスティンが床面に倒れ込む、固い衝突音だった。

 盾は完全にではないが、構えられていた。だがその形はもう殆ど残っていない。

 圧倒的な量と速度で叩き付けられた弾丸の雨によって、粉々に打ち砕かれてしまったから。弾丸は盾と鎧を粉砕した上で、ギルスティンの意識まで刈り取っていた。

 クリメイターの自爆の衝撃を一部喰らった時ですら傷一つ無かったフルフェイスのヘルメットが、今は幾つもの銃弾によって無惨な亀裂を走らせている。

 

「何が……」

 

 呆然とした声をもらしたのはカティアだった。

 本来のソリッドマシンガンには出せない連射性能。本来は十秒近く打ち続けられるマガジンが一瞬に空になるそれは、マシンガン自身にも耐えられるものではない。

 直後、過熱によって真っ赤に焼け歪んだ銃身が破裂、破断。

 マガジンが空になっていなければ爆発していただろう。用済みになった銃身を、モーグ=レプティリアンは片手を振るだけで切り離す。

 《過剰出力(オーバーロード)》。星樹印を用いる現代の魔術には網羅されていない、限界を無視する器物強化術式は、今ではごく僅かな数の使い手しかいない――例えば、レイダーズのような。

 

「嘘でしょ、レプティリアンが、レイダーズの術式を……?」

「コネット、結界! 全開だ、カティアとビュティを――」

 

 呆然とするコネットを、今度はジェットが怒鳴る。

 不意にレプティリアンの両腕に展開したブレードが変形――複数の刃を分岐させた卍型へ。

 そのまま下肢をたわめてしゃがみ込む。これまでよりはるかに洗練された、滑らかな挙動で。

 びしりと床材がひび割れる音が聞こえた直後、魔物はジェットの視界から消失した。

 大嵐(たいらん)麗舞(れいぶ)

 

「ぐっ」

 

 ジェットの装甲付きジャケットが一瞬で襤褸切れと化し、鮮血がいくつもの飛沫を上げた。

 

「げぇっ!?」

 

 咄嗟に自ら張った障壁ごとカティアが吹き飛ばされ、床を転がった。展開していたシンセサイザー・ハイロウが停止、BGMも中断を余儀なくされる。

 

「チクショウ!」

 

 コネットは下水道でも張った緊急用の障壁結界を多重展開。

 だがやはり強度にムラがあり、カティアの側に十分な強度を用意出来ず決壊。自分もまた浅く胸元を切り裂かれるが、背後のビュティだけは守り通すファインプレー。

 だがジェットの警告が無ければ危なかった。今まで安全圏だったはずのビュティに、少なくとも三度の斬撃が降り注いでいる。一度でも突破を許せば、守るべき依頼人の体は間違いなく真っ二つになっていただろう。

 階下の逆転劇を見下ろすニムゴの表情は、正に絶頂の域にあった。

 

「……素晴らしい。素晴らしいぞ、これほどとは!」

「ニムゴ、不味いわ」

 

 だが感嘆の言葉に、クイニーの乾いた警告が覆い被さる。

 あからさまな舌打ちの後、ニムゴはクイニーを振り返る。傍らのモニターを食い入るように見つめるクイニーは、まるで死神と目を合わせたような顔つきをしていた。

 

「どうした。眼前の状況の、一体何が問題だと言うのだ」

「今、『ハンドレッタ』は目標外のビューティまで狙った。制御命令を無視してる」

「……!」

 

 一瞬でニムゴの顔も引き締まる。命令無視はこと兵器という商品において、最も起きてはいけない瑕疵である。

 

「再指令! 最大強度で拘束し直せ!」

「駄目よ、受け付けない。制御不能!」

「くそ、先の術式で移植した情報系Ma-GERAまで破損したとでも……」

「あるいは、意図的なのかも」

「馬鹿な! 頭脳は生身とはいえ、外科処置と人工精霊焼き付けによる加工処理済みだ。そんな自我が残っている訳が!」

 

 クイニーの意見を感傷だと一蹴しようとして、ふとニムゴの脳裏に『ヴァイオレット』が発揮した効果の一つがよぎる。

 

「……超高速再生。まさか」

 

 それ以上、ニムゴに自省する時間は与えられなかった。

 再びモーグ=レプティリアンの姿が消え去り、倉庫内を暴力の嵐が蹂躙する。

 ジェットは未だ起き上がらないギルスティンの傍で、一見出鱈目に赤熱刀を振り回す。数度激しい金属音が響き、やがてより破滅的な音と共にジェットの体数カ所から新たに血飛沫が舞った。だが悲劇の音色の犠牲者は一拍を置いてから床に落ちた――半ばからへし折れた、赤熱刀の刀身。

 コネットは咄嗟に近くにいたビュティをカティアの方に突き飛ばし、二人まとめて結界で覆う。

 だが突き飛ばすために伸ばした左腕が宙を舞った。寸断された切り口から赤い血の代わりに白い循環液が迸る。

 コネットの口から声にならない悲鳴が漏れた。

 そしてサブコン達を襲った災害とほぼ同時に、凄まじい衝撃が管理室を襲う。

 窓際から倉庫内を見下ろす位置に立っていた三人が、まとめて室内へと弾き飛ばされる。セレーネ――ビュティの妹に至っては手錠による拘束を受けていたため、ろくに受け身を取る事すらできずに床を転がる羽目となった。

 

「何事だ……!?」

 

 態勢を崩しながらも踏み止まったニムゴの眼前に、信じられない光景が広がっていた。

 倉庫内に面した壁が、窓ごと大きく引き裂けていた。

 クイニーは仰向けにひっくり返り、倒れたまま腕だけで這いずってどうにかその場を離れようともがいていた。おそらく腰が抜けたのだろう、立ち上がる気配はない。その傍で壁際のコンソール類――レプティリアンの監視と制御用の機材は、軒並み割れ砕け、画面を真っ黒に染めて沈黙している。

 クイニーが恐怖の面持ちで見つめる先に、裂け目から身を乗り出すようにして中を覗き込む、モーグ=レプティリアンの姿があった。壁を引き裂くのに使ったのであろう三つ叉のブレードを、今はフックのように裂け目に引っかけて姿勢を維持している。

 そのMa-GEARヘッドと、ニムゴの目があった。

 筐体型の頭部には生物の目のような分かりやすいセンサーは露出していない。

 にも関わらず、ニムゴは相手が自分を見ている事を確信した。

 びしり、と何か割れる音が管理室に響く。

 びしり、びしりと音は連続して鳴り続け、ニムゴは一瞬部屋の構造が魔物の自重に耐えられなくなっているのではと危ぶんだ。

 だが実際は、そんなことはなかった。あるいは、より悪かった。

 ばきん。

 音の源であるモーグ=レプティリアンの頭部が小さく弾けて破片を散らしたあと、割れ裂けた。存在しないはずの、顎を開いたのだ。力尽くで引き裂かれたことによる不規則で鋭いギザギザの断面は、まさに乱杭歯の代わりだった。

 そして咆吼した。

 

 ――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!

 

 金属と金属を擦り合わせたような甲高い音。事実そうだったのだろう。置換したMa-GEARヘッドには声帯など装備していなかったのだから。

 どこか不満げに首を振りながら、レプティリアンは室内に一歩踏み出した。

 硬直していたニムゴに向かって。

 ニムゴは、逃げなかった。

 向かってくる魔物に向かって、胸を張り、顎を突き出した。

 懸命に。それが己に課せられた名誉ある義務であるかのように。

 

「下がれ、使い魔! 私はお前の――」

 

 ニムゴが言い終わるより早く、仮初めの大顎がペンチのようにその頭を挟み込み、噛み潰す。顔を丸ごと失ったニムゴは失った部分を惜しむ暇もなく、二本のブレードによって文字通り小間切れにされて、ほとんど破裂したように原型を失った。

 飛び散った血肉がクイニーとセレーネにも降りかかり、熱い飛沫によって軽く気を失っていたセレーネは目を覚ます。

 だが最悪な目覚めでも、クイニーよりは幸せだったかもしれない。

 互いに下心ありきとはいえ、公私ともに実質的なパートナーであった男のあまりにも酷い死に様を目撃したクイニーは、その飛沫を浴びて完全に正気を失った。

 

「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 喉も千切れよとばかりに叫ぶクイニーに、血塗れのレプティリアンが興味を移した。クイニーにはもはや状況を判断する理性は残っていない。自分の意志で叫ぶのを止める事など望むべくもない。

 だが不運なことに、セレーネはそのクイニーから手を伸ばせば届きそうな距離に倒れていた。

 セレーネとしては自分のためにもクイニーを落ち着かせたいが、事前に少し生意気な口を利いたせいで取り付けられた消音チョーカーのせいで声が出せない。

 三番目の犠牲者になるのは避けられない事を悟る中、セレーネの脳裏に思い浮かぶのは姉――ビュティの顔。表情豊かでずけずけとした物言いのビュティに、うんざりとしながらもずっと救われてきた。

 だからこそ、強く目を瞑り、体から力を抜くことに努めた。

 せめてここで無能者の自分という重しが無くなる事が、長い目で見れば姉の幸福になることを願った。そして少しだけ消音チョーカーの存在に感謝する。自分の悲鳴を姉に聞かせずに済むから。

 だが、そのささやかな覚悟は呆気なく砕け散る。

 

「セレーネ!!」

 

 叫ぶ声。ずっと聞きたかった、しかしそんな声を上げさせたくなかった、ビュティの。

 意識が理解するより早く、セレーネは口を開く。

 

「……!!」

 

 姉の名を呼びたい。なのに、喉からはただ掠れた息しか出てこない。

 一転してセレーネはチョーカーの存在を呪った。クイニーの悲鳴に腹が立った。近づいてくる怪物を睨み付けた。

 自分と姉を邪魔する、世界の全てを罵りたかった。

 だからその声が何処から聞こえたのか、一瞬理解できなかった。

 

「……いい顔してんじゃねぇか。安心したぜ、お嬢ちゃん」

 

 レプティリアンの背後、さっきまで取り憑いていた壁の裂け目から、別の真っ赤な人影が覗き込んでいる。赤い色が血の色だと気付くまでに、少し時間がかかった。

 突然セレーネの体に何かが絡みついた。細く頑丈な、線条《ワイヤー》のようなもの。

 

「今だコネット! 引き寄せろ!」

 

 人影――ジェットが叫んだ瞬間、セレーネは世界がぐるりと回転したのを実感した。

 

「ったく、魔術師使いが荒いのよ、アンタは――!」

 

 片腕の断面を応急処置で塞いだコネットが、右手だけで維持した星樹印にさらなる魔力を注ぎ込む。

 〈理力の門〉第六階梯・陽、《引力(アトラクティブ・フォース)》。

 星の中心に向かって働くはずの重力を、自分中心に発生させる大魔術。これを使ってコネットは三階の高さにあるジェットを人間二人確保したまま脱出させた。

 《引力》に身を任せるのは発生するのを事前に分かっていなければ不可能だ。影響下では実質天地が入れ替わるのに等しい。魔物たるレプティリアンとて例外ではない。突然部屋の外に向かって“落ちそう”になった時、反射的にブレードと尾で自分を室内に固定して落下に抗ったのは優れた反射神経の賜物であり、責められるような事ではない。

 だがその反応速度故に、ジェットは人質を抱えたまま安全に離脱する事に成功した。

 とはいえ、抱えたままではこの後起こるであろう状況には対応できない。

 だからジェットは線条で締め落としたクイニーを固定されていたコンテナに引っかけると同時に、もう一人をコネットに向けて放り出し、叫ぶ。

 

「ビュティ、受け取れ!」

 

 反応は劇的だった。寸前までコネットにしがみついていたビュティはバネのように立ち上がると、平面でありながら坂道と化した床面を疾走、跳躍。コネットに向かって落下していくセレーネを空中でキャッチすると、床を滑走してコネットの元に戻る。まるで猫のような身のこなし。

 

「もう切んぞ、ジェット!」

「いい仕事だ、後は合図するまで溜めとけ!」

「そっちこそ、抜かるんじゃないよ!」

 

 コネットが術式を終了。星樹印を畳むと同時にしゃがみ込み、目を閉じる。

 瞑想(ディスティネーション)。体内から消費して失われた魔煌を素早く再収束するための呼吸法。

 重力が正常に戻り、今だ空中にあったジェットが正しく下に向かって落下を始める。

 ほぼ同時に、管理室の裂け目で爆音が弾けた。重力が正常に戻ると同時に、レプティリアンも獲物を横取りされた事に気付いたのだ。

 自由落下を始めたジェットに向かって、一直線に黒い影にしか見えない速度で襲いかかる。

 線条はクイニーとセレーネの確保にほとんど回している。使える僅かなスロットで伸ばした糸では、出来るのは緩慢に落下軌道を曲げる程度。

 レプティリアンは両手を広げ、激しく抱擁するように挟み込む――何もない空間を。

 怪物にとっても完全に予想外の出来事だったのだろう。これまでの身のこなしが嘘のようにレプティリアンは床に猛スピードで激突。衝突の激しさを倉庫全体の振動が物語る。それでも『ヴァイオレット』の効果もあってか、首を振って起き上がるレプティリアンに目立った外傷は見られない。

 だが、周囲を慎重に睥睨するその動きには、これまでになかった動揺のようなものが確かにあった。

 その姿を

 

「はは、当たり(ビンゴ)ー……」

 

 コネットの傍らで仰向けにひっくり返ったまま、カティアが手を伸ばしていた。手の甲に浮かぶ小さな星樹印――幻光式被膜魔法陣(イルグラム・フィルム・サーキット)

 

「維持したダミーもガン無視してるし、そんなぶっ壊れた頭じゃセンサーは死んでるだろうに、どうやって周囲を認識してるのかと思ったら……基本に戻って熱知覚(サーマルサイト)とはね。蛇じゃないから半信半疑だったけどさ」

 

〈夢幻の門〉第一階梯、《幻惑(ヘックス)》。

 カティアがやったのは、ジェットの体温を隠蔽した上で、実体とは少しずれた位置に再現してみせることだった。

 

「熱の幻覚ってのは中々面白い発想だけど、はてさて生演奏(ライブ)でどうやって使うかなー……」

 

 起き上がる様子も見せないまま、カティアは半ば夢見るように呟く。先の障壁越しにもらった一発で、複数箇所の骨にひびが入っていた。完全な治癒には時間を要する。だから諦めて、彼女は治療を応急処置で止めて援護術式のために全てのスロットを解放し、それ以外の事を全て投げ出している。

 彼女は出来ることをした。だが魔薬でブーストされたレプティリアンを、長く足止めできるようなものでもない。

 だから効果が切れる前に、別の一人が仕事を果たした。

 右肩からぶち当たる強烈なタックル。思わずよろめいたレプティリアンの顎下に間髪入れずにかち上げるような頭突き――ひび割れて破片を散らすヘルメット。だが止まらない。脇の下から腕を回すことで両腕の自由を奪いつつ前屈みの姿勢を強要し、さらに膝蹴りの連打――超の付く至近距離格闘。

 

「捕まえた、ぜぇ!」

 

 目を覚ましたギルスティンの猛攻は、しかしレプティリアンを痛めつけるには至っていない。生身がすでに鎧のような硬度と耐久性を備えている。いかなギルスティンの体格でも分が悪い。

 それでも、自由を奪うという意味では役割を十分に果たしていた。両腕も尻尾も、組み付いたまま常に揺さぶりをかけてくる相手には有効打は与えづらい。

 故に、レプティリアンは噛み付いた。久しぶりに得た急拵えの顎は、先ほどニムゴを噛み砕いたばかりでまだ乾いてもいない。

 バルバス=バウのように張り出したヘルメットの前頭部に、不揃いな牙が食い込み、粉々に噛み砕く。

 噛み砕いて、止まった。

 ヘルメットの下に隠れていたものに食い込んで、動かなくなる。

 

「……舐めんなよ。オレのメットはあくまで伊達メットだ。穴掘ってる時に汚れるのが嫌なだけでよぉ……!」

 

 砕けたヘルメットの下から現れたのは不敵な笑みを浮かべる中性的な貴公子じみた美貌と、ヘルメットの庇部分そのままの形状を崩さない、巨大な銀の逆立てた前髪(ポンパドール)

 ヘルメットで変換される前の声は、低く豊かながらも柔らかいアルト。

 

「オレの前髪(トサカ)は端から筋金入り(ハードワイヤード)だ。落盤に埋まっても崩れやしねぇぞ!」

「いや、物理結線埋設処置(ハードワイヤード)にそんな効果ねぇけど……こわ……」

 

 若干恐怖の表情を浮かべたカティアの感想は無論届かず。

 噛み付かれたまま獰猛に笑いながら、再びギルスティンの頭突き。金属繊維を幾重にも編み込んだ頭髪は弾性のある鉄槌として、絡みついた牙の先端をへし折りつつレプティリアンの頭部を打撃。

 脳震盪か、あるいはまさか牙が折れるほどの石頭は想定していなかったか。レプティリアンの顎がギルスティンから離れた。

 すかさずまた頭で顎下を突き上げながらギルスティンが叫ぶ。その額を一筋の血が垂れた。牙が届いたわけではなく、リーゼントの上からの衝撃で皮膚が切れたため。

 

「――兄貴、今だァ!」

「十分だ、離れろギルスティン」

 

 思いの外近くから響いた声に、反射的にギルスティンはレプティリアンを突き飛ばして下がる。よろめいたレプティリアンも体勢を整えたかったか、素直に離れ――唐突に停止した。まるで見えない蜘蛛の巣にかかったように。

 わずかな間をおいてレプティリアンが自分を拘束する物の正体――四方八方の血痕から伸びる無数の極細の糸に気付いた時、背後でジェットは既に腕を振りかぶっていた。

 下から上に、振り抜く。

 きぃ、と短く憐れな悲鳴。

 レプティリアンが激しく体をよじり、前につんのめるように拘束を逃れるが、そのまま転倒。

 ブレードで地面を引っ掻くが、立ち上がれない。

 その腰の後ろからは、あるべきものがごっそりと無くなり、断面が盛大に血の泡を吐き出している。

 切り離されてもまだ跳ねる尻尾を蹴り飛ばし、ジェットは這いつくばってもがくレプティリアンを一瞥した。

 

「……これだけでかいものは、流石に一瞬で再生は無理だわな。バランサーが無くなっちゃあ、その腕で十分に動き回るのはちょっと骨だろ。大人しくしてな」

 

 その手にパイロブレードはない。あっても先ほど半ばから折れた刀身では強靭な尾を両断するには役者不足だろう。

 切り落としたのはジェットの右前腕部から伸びた、大鎌の如き三日月形の刃。

 その色、根元の黒から先端の深紅へと移りゆく、紅玉(ルビー)を思わせるグラデーション。

 ――時に、強靭にして伸縮自在の線条。

 ――時に、宿主同士の交感を成立させる通信機。

 ――時に、宿主の肉体を強化し、毒物や病原体を除去する強化器官。

 そして、時に体外で硬化・変形する内臓武器。

 ジェットの使用するMa-GEAR――その名は、Ma-GEARブラッド。

 まだ実用化はされていないはずの『存在しないMa-GEAR』を体内に回収し、ジェットは跳び下がりながら合図する。

 

「コネット、やってくれ――って、うぉぉい!?」

 

 ジェットの眼に映ったのは、立ち上る青い光の塔――断たれた左腕を掲げて未だ瞑目するコネット。

 背中には霊脳空間で見せたのと同じ、翼の様に拡がる二枚の巨大な星樹印。

 この時コネットが行っていたのは、自分の左手が断たれた結果生まれた『欠落』を利用する方法。

 即ち自らの欠損部位を術式の核とすることで、本来左手が存在するはずの空隙に高濃度の魔煌を集約・収束・圧縮。

 言わば自分の体の一部として魔煌のインゴッドを生み出し、その全てを次の術式に流し込む。

 術式改変による高位魔術(ハイマジック)は、低い階梯の魔術を拡張し、その効果を増幅――時により高位の術式に近い結果を再現する技術でもある。

 この時第一階梯《理力の矢》の術式から生み出されたのは、第八階梯《蒼穹の杖》を彷彿とさせる、純粋にして巨大な力の塊。

 ただしその形状は剣や杖に収まる物では無かった。どちらかと言えばより巨大で、より破壊力の高い兵器に酷似している。

 長い棒の先端に、山形の穂先と半月形の片刃。

 一般的には竿状武器(ポールウェポン)に分類されるものの一つ――斧鉾(ハルバート)

 コネットが眼を開く。氷青の瞳が今は鮮やかな群青――純粋な魔煌の色に染まっていた。唇が動き、表面張力ぎりぎりまで溜め込まれた力の解放を宣言する。

 

「《理力の矢(フォースアロー)斧爆(アックスボンバー)》!」

 

 光が墜ちる。処刑人の振り下ろす斧のように真っ直ぐに。

 迫る理力の刃を前に、いつの間にかレプティリアンは動きを止めていた。

 まるであまりにも強い光に魅入られてしまったかのように。

 

 衝突。

 閃光、一瞬遅れて、爆音。

 そして倉庫内に爆風と熱波が吹き荒れた。

 

「うおおおおおおおおお、馬ッ鹿野郎――!」

 

 咄嗟にギルスティンを引っ張って距離を取っていたジェットが、安堵するよりも先に罵声をがなった。

 理力そのものは熱を発さないが、物体に接触した際に強い圧力がかかる。つまり高速で移動する理力が空気に触れると圧縮熱を発生させる。

 斧鉾型という矢弾より表面積の大きくなった理力塊は、圧力と同時に巨大な熱量を伴ってレプティリアンを直撃した。

 結果、術式はレプティリアンを貫通。爆心地に残ったのは地割れでも起きたかのような床面の巨大な亀裂と、レプティリアンの焼け焦げた両手両脚、だけ。

 胴体と頭部は跡形もない。恐らくは蒸発してしまったのだろう。

 

「ふぃー……、これにて一件落着、と」

 

 左手を掲げてまだ直してない事を思い出したコネットが右手で額の汗を拭う。

 即座にジェットが怒鳴った。

 

「何が一件落着だぁコネット! なんで爆縮じゃねえんだよ!」

 

 投げ出して座る足の上では、介抱されていたギルスティンがまだ頭を振りながらもたげたところだった。なおそそり立つ前髪には一分の乱れもない。

 怒鳴られたコネットは不満げに怒鳴り返す。

 

「なによ、しょうがないじゃん! 相手が大きいほど爆縮は威力下がるんだもん、確実にやるならこっちよ、なんか文句あんの!?」

「大有りだ馬鹿! この倉庫のどっかにフォルミカが隠されてんだぞ、もしも勢いで巻き込んだら――」

「兄貴。お取り込み中すいませんが、ちょっと見てください」

 

 割り込んだのは、裂け目の傍まで移動して中を覗き込んだギルスティンからだった。

 ジェットは苦虫を噛みつぶした顔で口を噤み、足取りも重く裂け目へと移動し、その奥を見下ろす。

 次の瞬間、滅多にこぼさない祈りの言葉がこぼれ落ちた。

 

「――おお、星樹(セフィラ)よ」

 

 裂け目の奥には、地下の階層の惨状が拡がっていた。おそらく地下道から移動された積み荷の全てはそこに格納されていたのだろう。コネットの放った大威力の余波は密閉されていたのだろう地下でも存分に暴れ回ったと見えて、幾つかのコンテナは割れ砕け、内容物を撒き散らしていた。

 

「……ギルスティン。フォルミカの場所は分かるか?」

「それですが、あそこに」

 

 ギルスティンの指差した場所を見て、ジェットは思わず手で顔を覆った。

 亀裂の真下と思しき場所で、両断された一つのコンテナ。真ん中には殆ど原型を止めていない消し炭が一つ。ただレプティリアンと同じく、手足と思しきパーツだけが原型を止めていた。黒い甲殻に覆われた、節足動物のそれ。

 絶望的な顔で項垂れるジェットの傍らで、ギルスティンは壊れたヘルメットの代わりの計測機械をストレージから取り出して操作。やがて出た結果を冷静に報告した。

 

「フェロモンは……出てないようです。コンテナ内で眠ってたまま即死したようですね」

 

 報告を四つん這いの姿勢の聞いたジェットが、そのまま首だけで後ろを振り向く。

 視線の先で、なおも胸を張って見返すコネット。

 視線を絡み合わせた両者の間で、しばし奇妙な沈黙が流れる。

 

「「……」」

 

 珍妙なにらめっこの末、先に動いたのはコネットだった。

 右手と肘までの左手を水平に掲げ、がに股にしゃがみ込むジェスチャー。

 

「……セ―――ッフ!」

 

 瞬間、ジェットの中で何かがキレた。

 

「セーフじゃねぇこのノーコン脳無しクソ売女! 流石にいっぺんぶん殴るぞ!」

「あァ誰がビッチだゴルァ! お前こそちょっとナニがデカいくらいで調子乗ってんじゃねぇぶっ殺すぞ凡骨(ヒューマン)!」

 

 勃発したあまりにも醜い言い争いを、ギルスティンは止めるでもなく眺めていた。

 そしてふと呟く。

 

「兄貴が女をここまで罵るの初めて見たな……」

「まぁなんでもいいんだけどさぁ」

 

 水を差したのは、やはり未だ横たわったままのカティアだった。

 いつの間にか、そのテンションも普段のダウナーなものに戻っている。

 

「向こうに水差すのだけはやめてくれる? せっかくのクライマックスなんだわ」

 

 指差す方では、何時からか強く抱き合い、無言で再開を喜ぶ姉妹の美しい姿。

 

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