デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

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フー・イズ・マーベリック……マブス&マグス

「あなた達は……マーベリックなの?」

 

 

 

 そう問う女性は、ビュティと名乗った。ビュティ=モンデッタと。

 

 ではマーベリックとは何なのか。

 

 このAE世紀の惑星マルクト第六聖域都市ティファレトにおいて、辞書の類いにこの名前を定義する項目は存在しない。

 

 人名ではある。だが英雄と呼ぶかは審議を要するだろう。

 

 確実なのは、このティファレトという都市(アーバン)における伝説(レジェンド)であるという事くらいか。

 

************

 

 ――この惑星マルクトにおいて、人類の存在が自我と呼べるものを芽生えさせるよりもはるか昔から、【星樹(セフィロト)】と呼ばれることになるその超構造体は存在した。

 

 惑星の成立初期、他天体との衝突によって惑星の核と呼べる部分から隆起した漆黒の樹状結晶体。何らかの生物なのかただの無機物なのかすらも分からない。

 

 分かっていたのは、『奇跡』を起こすという一点のみ。

 

 時に幻を映し、時に流星を曲げ、時に消えざる炎を産み、時に死者すら甦らせた。

 

 人々はまず星樹の御技を伏し仰ぎ、やがて少しずつ観察を始める。

 

 その力を探り、究めるために。

 

 彼等こそが後の【魔術師(メイジ)】の始祖となった。

 

 彼等は少しずつ謎を解き明かし、この星樹を通して惑星の大気中に混在する事になった、星の精髄たるエネルギーの存在を知る。

 

 祖先達は、この力に【魔煌(アウル)】、そしてその根源たる星樹の根元、星の核に【無限煌(アインソフアウル)】と名付けた。

 

 「汲めども汲めども尽きせぬ光」として。あるいはこの命名こそが、後の大惨事を引き起こす魔術師達の始まりの傲慢だったのかもしれない。

 

 その後の長い研究の果て、魔術師達は遂に魔煌のもたらす変化に指向性と再現性を与える事に成功する。

 

 【魔術(マジック)】の誕生である。

 

 最初、魔術は呪文(スペル)呪物(フェティッシュ)、そして甚だ洗練されていなかった数々の魔法陣を用いた帰納法による非効率な手段の蓄積によって始まる。それがやがて【星樹印(セフィロサイン)】と呼ばれる汎用性の高い魔法陣――現代で言うところの魔術回路の発明によって属人性と汎用性を交換、万人――ごく少数の例外を除く――が利用可能な技術の域に確立された。

 

 こうして魔術こそが世界の基礎たる学術にして根本法則となり、魔術師こそが世界を動かす鍵にして歯車となった。世界の頂点は名実共に魔術師の頂点たる研究・統括組織【学会(アカデミア)】のものとなる。

 

 ――ここまでがBE世紀(ビフォア・エデン・センチュリー)と呼ばれた時代――人類の黄金時代の話である。

 

************

 

 四人組は昏倒させたギャングに魔術による応急処置を施した上で拘束、匿名で通報し、ビュティを連れてその場を後にした。 

 

 ――なお、匿名というのは扱い上の話であり、通報者は特定されている。聖域都市の市民は全て首筋に埋め込まれた極小Ma-GEAR【IDタグ】によって認証管理されており、公務員である保安局に対する通信はIDと紐付けされる。むしろ紐付けされていない通信を送ると、不法滞在者の容疑をかけられて逮捕されかねない。

 

 なので必要なのは、個人的にギブ&テイクの関係になる保安官を作り、そこに向かって拘束した映像を添付して連絡を送る事だ。勿論路面を削った弾痕の映像も添える。こうすることで保安官は安全かつ手軽に手柄を立てることができ、なおかつ捕まえた相手によってはさらに保釈金をそれとなくマフィアに要求してボーナスを稼げる。対して通報者側は共益者にギブを積み上げつつ、その後の煩雑な手続きと痛くもない腹を探られる不快感から逃れることができる――というわけだ。

 

 一行が移動した先は、BAR【マブス&マグス】。ティファレト6区でも長い歴史を誇るこの酒場は、都市の中でも自由人(フリーター)によって愛用されてきた。ここで言う自由人とは自由契約者(フリーコントラクター)の略であり、独自の技術的な優位を背景に、社会に対して一定以上の選択の自由を行使する私的労働者達のことである。

 

 代表的なのは都市の公務や企業活動に従事しない独立魔術師(ストレイメイジ)だが、他にも魔導技師(マギテッカー)私立探偵(プライベートアイ)幻視配信者(ヴィジョンストリーマー)霊脳潜行者(サイコダイバー)、そして肉体労働の極北たる野外労働者(アウトランダー)――魔物狩人(ハンター)魔石採掘者(アウライトマイナー)など、多岐に渡る。

 

 バーの店内は大まかには三種類に別れている。カウンター、オープン席、そして個室である。

 

 四人組と一人は、その個室の一つに詰めていた。

 

 個室の内装は石のテーブルにコの字型で置かれた革張りの据え付けソファ。勿論本物の石ではなくグラスファイバーの骨格に複合セラミックを充填した3Dプリンタ物だ。

 

 入口に対して内部の空間が広く感じるのは錯覚ではなく、魔術による空間拡張の賜物である。

 そして話は冒頭の問いへと戻る。

 

 

 

「あなた達は……マーベリックなの?」

 

 

 

 ビュティの言葉に四人は顔を見合わる。続く盛大な溜息の四重奏。

 

 予想していない反応に、ビュティが慌てる。動揺する顔は、落ち着いた服装の割りに彼女の年齢が若いことを暴露していた。

 

「な、なんなのよその反応!?」

「久しぶりなのよ、そんなナンセンスな質問されるの」

 

 首を振るコネットに、ギルスティンもしみじみと頷いた。顔のアイコンが水平に伸びた糸目に変わる。

 

「あのな、お嬢ちゃん。自分の事をマーベリックだと言い張る奴とは友達付き合いを考え直した方がいいぜ。優しい大人からの忠告だ」

「助けて貰った事は恩に着るけど、もうキャンディを欲しがる年齢じゃないの。そっちこそ胸に手を当てて自分たちの行動を振り返ってみなさいよ。あれがマーベリックの取る行動じゃなくてなんなのよ!」

 

 真っ赤になって抗弁するビュティに、片手を振りながらコネットが答える。

 

「成り行きよ、成り行き。こちとら待ちに待った休日を邪魔されたんだもの、足くらいひっかけるわよ」

 

 その目の前には地面の染みになったはずのフレーバーティー。なお墜落前との差分として茶色いぬぐるみのような熊――アイシングジンジャークッキーのトッピングが追加。ビュティはあまり視界に入れたがらない――実質的に命の対価であることを思えば格安だが、それでも想定外の出費には違いない。

 

「オレ達だって相手がお巡りだったら話は違ったさ。ただ7区や8区ならいざしらず、6区のど真ん中でマフィアの馬鹿騒ぎを見逃すと後でオレ達が怒られるんだよ、保安官(シェリフ)に」

 

 

 開いた両手を表裏とひるがえして見せるジェット――種も仕掛けもございませんの手振り(ジェスチャー)

 

「本当はあんたもそっちに預けるのが筋っちゃ筋なんだが、こっちも顔を合わすといい顔ばかりはされない立場でね。エスコートついでに休日(オフ)が一日丸ごと潰れるのはできれば御免被りたい」

「ちょっと待った、保安局だけは、それだけは勘弁して!」

「ふーん、突き出されたら困るような、後ろ暗いことがあるんだ?」

 

 コネットの嗜虐的なネコ科の笑みに対し、顔の赤みを消して激しく首を横に振るビュティ。

 

「6区担当の保安官にとっちゃ他人の背景(バックグラウンド)なんて関係ないわよ。自分の利益になるまで何日だって拘留するし、それで何も出なかったら腹いせに公務執行妨害とか言って刑務所(フィフス)に送り込むような連中じゃない。野犬の群れの方がまだマシよ!」

「被害妄想……と言い切れないところが(タチ)が悪いんだよねぇ」

 

 溜息を突いて頷くカティア。共感の仕草――本人も保安官にはいい思い出がないと言わんばかり。

 

「一応、野犬よりは大分まともな保安官につなぐ事は出来るぜ」

「ありがたいけど、それじゃあダメなのよ、急がないと……逃げられるか、他の誰かにすっぱ抜かれちゃう。せっかくの特ダネなのに……」

「特ダネ?」

「おっと、言ってなかったわね。私、これでもフリーのジャーナリストなの」

 

 どこか自慢げにビュティが差し出して見せたのはIDタグとリンクした身分証明のデータカード、そのまま名刺(ビジネスカード)としても機能する。

 名称、ビュティ=ベンデッタ。発行元はティファレト・トリビューン。肩書きは個人契約ジャーナリスト。

 

「なるほどね、マフィア相手に張り込みとは、昔気質だな」

「今時じゃあずいぶん命の安い仕事ねぇ」

「でも、かける甲斐はあるわ。みんな好きでしょ、誰かが命懸けで拾ってきた過激な事実(ファクト)

 

 小さく胸を張るビュティに向かって、コネットは醒めた眼差しを向けた。

 

「事実じゃなくて噂話(ゴシップ)の間違いじゃない?」

「それを決めるのは読者よ、書き手じゃないわ」

「割り切ってんなぁ」

 

 呆れ混じり軽く感嘆するジェットに対し、腕を組むギルスティン。二重線に変わった両眼が不機嫌そうに明滅する。

 

「オレはあんまり好きじゃねぇな、そのスタイルは」

「同じく煽り記事は嫌いだけど、ジャーナリズム自体は必要だと思うから複雑だなー」

 

 頰を膨らませるカティアに、ビュティはあっさりと頷いて同意した。

 

「私だって別に扇動(アジテーション)が目的じゃないわ。お粗末なキリトリ記事(カットアンドペースト)なんて死んでも御免よ。掲げる頭がドラゴンなら、尻尾はコブラでもニシキヘビ(レティック)でも願い下げ。でもそれを読者に押しつけるのは報道じゃないってだけ。でもそんな私の報道(タレコミ)を恐れて、マフィア達は今血眼になってティファレト中を駆けずり回ってる。あなた達も見た通り、ね。……で、ここで相談なんだけど、正義の味方達さん」

 

 コネット、そっぽを向いてフレーバーティーをクリームごと一啜り。

 

「はてさて、とんと知らない奴ね」

「まぁまぁ、最後まで聞いてよ。勿論報酬は支払うわ。あと少し情報を固めればトリビューンから記事を出せる。それまでの間私の身辺警護をお願いしたいの。規定の原稿料と再生数によるインセンティブ、その50%でどう? これ以上はびた一文出せない限度額だけど」

「うーん、言うて記事一本分だろ。金額的には厳しい気がするが……」

「知ってる? 企業のスキャンダルは再生数も拡散力も凄いの。結局のところ連中は学会の下部組織、魔術師の集まりだもの。言ってみれば犯罪組織(マフィア)にとっての暴力団(ギャング)みたいなもの。普段良い暮らしをしてる奴らに『ざまぁみろ』って言える物語は何時の時代も垂涎物なのよ」

「露悪的ね。否定はしないし、確かに大好きだけど」

 

 

 コネット、これこそ正に露悪的と言わんばかりのニンマリ笑顔――実に攻撃的。

 他の三人は軽く眉を潜めるが、反論はせず、軽く苦笑して小さく肩を竦めるだけ。

 つまりはそういうことだった。

 

「それにマフィア共とその客に嫌がらせするのは、少しばかり愉快だな」

「で、今回お姉さんが見つけたドラゴンってのは、なんなんだ?」

「そうこなくっちゃ! ただしオフレコよ。守秘義務契約、サインできる?」

 

 声をひそめるビュティに、ジェットが諸手を挙げて見せる――降参(まいった)のポーズ。

 

「それを守らない下請け(サブコン)に生きる道はないよ」

「OK。私のとっておきのネタはこれ……禁じられた積み荷よ」

 

 取り出したのは一般的なモデルよりもやや分厚い、カメラ機能強化型MPone。画面に映し出される映像記録。薄暗い中、水槽に似た半透明のコンテナの中に蹲る異形の影。

 

魔物(クリーチャー)の密輸!? へー、中々悪そうな話じゃない!」

「しーっ、大声出さないで!」

「大丈夫よ、この店の個室は呪的遮蔽がかかってる。盗聴も透視も心配しなくていいわ。私が保証する」

「それ、どれくらい信用していいの?」

「はぁ、言ってくれるじゃん! 私も改良施工に一枚噛んでるんだっつーの!」

 

 にらみ合うコネットとビュティをよそ目に、画面を覗き込んで先ほどとは少し違う溜息を吐くカティア。

 

「あー……魔物、かぁ」

「なに、またその反応?」

「個人の新人記者さんじゃあしょうがないかなー……あのさ、確かに魔物の密輸は違法なんだけどさ」

 

 カティアが物憂げにテーブルに頬杖をつく。

 

「他の聖域都市じゃいざ知らず、このティファレトには不文律があるんだ」

「不文律?」

「そう。基本的に3区に工場(プラント)を持つ魔工企業(マギアテック)が研究目的で購入する場合、慣習として輸入許可の提出漏れが認められるんだよ。後出しの申請書とちょっとの罰金を出せば輸入自体は合法扱いになる」

「……は?」

「つまり、実質的に密輸で企業連中を訴えるのは無理ってこと」

「「なによそれぇー!」」

「あ、コネットも知らなかったんだ。第二都市(コクマー)じゃ無かった、そういう話?」

「知ってるはずないでしょそんな末端の話!」

「あー……そういう」

 

 首の後で腕を組むジェット――仕草から漂う諦観(やれやれ)

 

「まぁ、元々は都市内に魔物が侵入した際に、魔物狩人(ハンター)の突発的な討伐がタダ働きにならないための配慮だったんだが……体よく拡大解釈で利用されて今じゃこの有様ってわけだ」

「嘘でしょー……無駄骨で殺されかけたの、私?」

「ギャングも、末端には知らない奴の方が多いだろうからな。ま、殺されずに済んだんだからいいじゃねぇの。命あっての物種って事で」

「よくない、全然よくない……どーすんのよ、私このままじゃ経費も落ちずに飢え死にまっしぐらなんだけど!」

 

 頭を抱えるビュティの横で、画面を次々にめくっていくコネット。

 

「ちぇっ、結構でかいヤマかと思ったのに、つまんねー。せっかく刑期をどかっと減らせるチャンスだと思ったのに」

「刑期?」

「……あー、ごめん。聞かなかった事にしてもらってもいい?」

 

 カティアの密かに焦りを滲ませる誤魔化しも何処吹く風と、コネットが画像のフリックをし続ける。

 

「大体、魔物ったってどいつもこいつもショボそうなのよね。犬とか鳥とか虫とか、もっとこう、ドラゴンの幼生(インファント)とか浚ってきなさいってのよ……」

 

「無茶苦茶言ってんじゃねぇよ……って、あれ、虫なんて写ってたか?」

 

「ほらこれ。この蟻っぽい奴」

 

「は? 蟻? ……うげ」

 

 コネットの指差した画面の一角を覗き込んだジェットの表情が、ゴーグルの上からでも分かるほど固まる。

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