デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

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ヘル・アンド・ヘブン……企業、マブス&マグス

 ティファレトにおいて冠を戴く頭部が1区であるのなら、心臓を初め必要な臓器を納める胴体は6区が当たる。【広域結界(ウォール)】を維持する文字通りの都市の中枢『管理塔』の周辺には、重要度の高い施設がひしめいていた。行政関連の公的施設以外には、他の聖域都市を跨いで活躍する都市間企業の支部も少なくない。

 その一つ、兵器系Ma-GEAR開発企業ビーテール・ティファレト支社の一室。

 広くは無いが飴色の木材をふんだんに使ったオフィスは、失楽園以前なら上品な部類に入っただろう。だが天然素材の価値がまるで違う現代においては、都市の上流階級としても華美に過ぎた。品を知る来客なら眉を潜めかねない。

 ましてや室内に響く罵声たるや。

 

「まったく、腰抜け共め!」

 

 秘匿性の高い固定式M-Phoneの受話器を叩き付けるように置いて、ニムゴ=グラードは盛大に毒突いた。

 ティファレト支社における企画開発部二課主任――白い肌、金髪、青い目、貴族的な容貌と見事な体格を誇る、野心的な美丈夫である。

 貴族とはただの比喩ではない。実際ニムゴは貴種の一端――失楽園前から存在する家系に連なる、由緒正しき純血の魔術師だった。でなくては一課長の身の上で専用のオフィスなど与えられない。彼は生まれ落ちたその瞬間から特権階級だったのだ。

 そんなニムゴ自身、自分が今現在企業魔術師(サラリーメイジ)に身をやつしていることは世界に対する負債のように感じるところがある。だが悪夢だとは思っていない。自らの価値は自ら証明することを、彼は当然として自分に課していた。ある特殊な背景を背負うビーテール社はそのための舞台として相応しい、とまではいかずとも、必要条件は満たしていると考えていた。

 それだけに、自分の想定から外れていく現状に憤懣(ふんまん)を抑えられなかった。

 

「いきなり大声なんか出して。どうかしたの、ニムゴ」

 

 低くやや過剰に甘い声。天然ウィスキーの水割りを両手に持った女がニムゴに近づく。

 クイニー=メンドゥーサ、豊かな栗色の髪、淡褐色のうっすらと油を塗ったような艶のある肌。まるで自身もこの部屋の調度品であるかのよう。美貌だが険が強く、パーツの各部が肉感的過ぎる。ニムゴの副官であり、実質的な秘書――それも公私に渡って。

 

「ギビナーだ。『トレパネイト』はこの件から一切の手を引くと言ってきた。フォルミカまで扱うのは契約違反だと。は、笑わせる!」

 

 クイニーが眉を潜めると、顔つきの険しさと攻撃性がより強調される。

 

「今更? 積み荷の内容なんて一瞬前まで気にもしてなかったくせに」

「パパラッチ一人取り逃がした途端に怖じ気づいたらしい。話が違うとわめき立ててきた」

「組織の上はなんて?」

「既に承認済みだそうだ。よほどみっともなく泣きついたとみえる」

「そちらは確認するわ。にしても、見た目はともかく大の男が、それもまがりなりにも裏社会に生きるマフィアの一員が、情けないこと」

 

 グラスを置くと、クイニーはデスクの上に横座りしてニムゴへと迫る。網タイツに包まれた見事な太股が押しつぶされて表面積を広げる。無作法であるが故に、蠱惑的。

 ニムゴは一瞥だけすると、目の前に置かれた水割りを大きくあおった。

 

「でもどうするの。まだ社内の公的な場所には置けないでしょう?」

「3区詰めの愚図共、研究所の設備拡張にはまだ数日かかると言ってきた。かといって今更郊外に運び出す時間も予算も無い。業腹だが、副社長のツテで外壁周辺の機密倉庫を借りるしかあるまい。輸送用の人員も含めてな……また借りが増えるのかと思うと、頭が痛いが」

「大丈夫よニムゴ。そんなものすぐに利子ごと返せるわ」

 

 ニムゴの肩に見せつけるように手を置くクイニー。

 

「このプロジェクトが実用化されれば、聖域都市は野外開発のために切れるカードを増やすことになる。それも極めてハイリターンかつローリスクなカードを。学会は必ずこの成果に報いるわ。提供元のビーテール社とプロジェクトリーダーであるあなたは素晴らしい栄光へ向かって歩き出すの。もしかしたら第三、あるいは第一都市への栄転だって有り得るかも」

 

 クイニーの言葉には確かに熱があった。

 野外開発の意義は魔石の安定供給に限らない。聖域の拡大は人類圏の拡大。それは現人類にとっての悲願なのである。

 

「無論、その時は君も一緒だ、クイニー。君が必要なんだ。私の片腕、いや半身」

「ああ、ニムゴ……」

 

 抱き寄せられしなだれかかり、あからさま過ぎるほどに濃厚な口づけの後、クイニーはカーペットを敷かれた床に膝立ちになった。

 そのまま調練された従順を示すクイニーの髪に指を埋めながら、ニムゴはウィスキーの熱が半分混ざった息を吐く。もう半分は、自らの立場と未来への陶酔。

 

「ここでくだらん小石に躓いている暇は無い。聖域都市の法は愚民共を統制し統治するためのものだ。我々の如き世界を開拓する者の足を引っ張るためにあるのではない……」

 

 掴む指先へと力がこもる。荒くなった吐息とかすかな水音が混じり合う。

 

「しらしむべし、石にて敷かれた道を歩くは魔術師(ヒト)のみ、と」

 

 目を血走らせる。アルコールと、傲慢に。

 

************

 

 マブス&マグスはラストオーダーこそあるが、居座るだけなら24時間可能である。席料を月単位で支払って予約済みにした個室席に、もたれかかるように転がり込むジェットの姿があった。

 

「よぉ、誰かいるかぁ……?」

 

 テーブルに並べられた資料を前に腕組みしていたギルスティンがヘルメットをつけたままの顔を上げる。ジェットの見る限り、恐らくは本業関連。実はギルスティンは小さいながらも一個の採掘会社を率いる社長であったりする。ジェットよりも社会的立場ははるかに上だが、それでも昔からの上下関係を頑なに崩そうとしない。

 

「お勤めご苦労様っす、兄貴。その分だと大分搾られましたね」

「しょうがねぇだろ、ただでさえ激務でストレス溜まっているところに厄介事持ち込んでんだから……頭が下がりすぎて地面にめり込みそうだったぜ」

 

 倒れ込むように座席に尻を埋めると、ジェットはグラスに注いだ水を一息に飲み干して、息を吐き、頭をかく。

 

「だがまぁ、くたびれた甲斐はあったな。昨日のギャングの所属が分かったよ。『トレパネイト』だ」

「へぇ、あそこですか。末端中の末端とはいえ、マジでシンジケート直参の枝じゃないスか。てっきりはぐれ者の独立系ギャングかと」

 

 ジェット達がビューティにシンジケートの名前を出したのは、彼女に言うことを聞かせるための一種の脅しだった。だが結果として真実となってしまう。転がり出る不都合な瓢箪からの駒。

 だが自業自得ともジェットは思わない。物事はいつだって、悪い方向に転がりやすいことを知っていたから。

 

「ああ、おまけにあそこのリーダーは<ブルドッグ>ギビナー=ゲントときた。まがりなりにもアントニウス=ファミリーの構成員だ。大店にしては随分とリスキーな話に噛んだもんだよ」

「しっかし『トレパネイト』か……魔物の密輸で利益が大きい業種は製薬はじめ生化学とMa-GEAR、それも兵器系。となれば今シンジケートと付き合いがある中での第一候補はビーテール社っすね。比較的新興、伸び盛りの兵器系Ma-GEAR企業です」

 

 書いてある物を読み上げるようにすらすらと言ってのけたギルスティンが、アイコンの眼光を細めて肩をすくめる。

 

「ま、新興って言っても資金源は他の大企業の折半ですがね。要するに数あるスケープゴートの一つですよ」

 

 社会的に問題のある研究のリスクを本体から切り離すための共同出資会社。肉屋が協力して作った家畜の屠殺場、というと肉屋に極めて失礼な表現に当たるが、ある種の衛生概念であると言えなくもない。

 

「ま、老舗(しにせ)が直にこんな危ない橋を渡る意味ないもんなぁ……しっかし、相変わらず凄い記憶力だな」

「こんなもん、魔石鉱脈(アウライトヴェイン)探して地質標本と地図相手ににらめっこするのに比べりゃ簡単(イージー)ッスよ。その分面白くはないですけどね」

 

 ギルスティンは軽く肩をすくめて目を点滅させる――おそらくはウィンク代わり。

 

「ですがシンジケートが直接絡むとなると厄介ですね。人海戦術(ローラー)で来られると探りに行こうにも動きづらい」

「ああ、それなんだがな……ちょっと様子がおかしい」

「【クラン】の網に何かかかったんですか?」

 

 【氏族(クラン)】とは、現状ジェット=ナイアルにしか使えない独自の情報網を差す言葉だ。その正体を知っているギルスティンでも他人に説明する事が困難な機構(システム)は、特に人探しに関しては都市内随一の精度を誇る。

 

「いや、逆だ。7区も8区も静かすぎる。不良少年(キッズ)共もいつも通り。末端とはいえシンジケートのギャングスタがパクられた翌日の空気じゃない」

「気づいてないって事は、ないッスよね」

「ありえねぇ。一応付き合いのある探偵にも調べてもらってる。カティアの意見も聞いて判断したいとこだが……いや、まてよ」

 

 一度言葉を切ったジェットが考え込むように腕を組み、そのまま座席の背もたれを滑ってテーブルの下に体を滑り込ませる。子供のよくやる悪行儀は、ギルスティンの無言の視線にすぐ正されたが。

 座り直したジェットが、思いつきを口にする。

 

「逆に有り得るとすれば……積み荷のヤバさに気が付いて、シンジケートが手を引いたか」

 

 であれば下層区の静けさにも納得がいく。シンジケートは有益な火種には油を注ぐが、自分たちにとって不利益になるならとっとと灰を被せて火消しに回る。おそらく、ヘマをした連中の名前が口の端に上るのはずっと先の事になるだろう。

 だがしかしギルスティンの返事からは訝しさがこぼれ落ちる。

 

「いや、今更ッスか?」

 

 あまりにもお粗末に見えるという懸念に対して、ジェットはいたって真顔で平静さを保つ。

 

「ギビナーなら不思議じゃない。あいつは基本現場を部下に投げっぱなしだ。何事も無ければふんぞり返って報告だけ受け取る腹づもりだったんだろう。それが出歯亀が入ったと聞いて不安にかられ、確認させてようやくケツについてる火に気が付いた……へっ、無駄にリアリティが出てきたな」

「そんなんでよくファミリーに居座れますね……」

「逆だよ。ああいう奴だから居場所があるんだ。下手に頭の回る奴なら逃げ出すような仕事でも、ギビナーは上に言われれば黙って引き受ける。事前にリスクを想像する頭がないから。足元が見えない奴の方が、崖っぷち(エッジ)の上で踊るのは簡単なのさ」

「普通ならとっくに死んでるところを生き残ってるのが、奴の才覚ってことですか。案外野外向きなのかもしれませんね」

 

 そこで何かに気づいたギルスティンが、両眼の明度を強めた。

 

「……兄貴。マフィアがもしも手を引いたんだとしたら、商品は」

「ああ、まだ動いてない可能性が出てきたな……賭けてみるか。コネットとカティアに連絡してくれ。どちらか片方は依頼人と留守番で。もう一人が着いたら、急行するぞ」

 

 力尽きたようにごろりとソファに横たわる。靴を脱ぎ捨てて、脱いだジャケットを足の間に挟み込んで仰向けに。白のボディスーツの下で、意外なほど隆起した胸筋と腹筋が蛇のようにうねる。

 

「……ただすまん。出発まで、ちょっと寝かせてくれ」

「了解。気付けを用意しときますか?」

「頼む、ありがとな」

 

 個室を出ていく前にこめかみに二本指を立てたギルスティンに対して、ジェットが頷く。そしてそのまま目を閉じた。

 寝起きにエスプレッソをドッピオでのサイン。彼女の淹れるコーヒーは美味い。マスターがキッチンの片隅を貸してくれる程に。ジェットにとって野外活動中の、数少ない娯楽の一つだった。

 




ジェットのクランについては、設備や《交渉術》辺りで再現はできると思っています。長所ではあっても万能ではないので。
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