デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

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ア・クローズ・コール……レイダーズ、魔術師

「やべっ……!」

「跳べ、ギルスティン!」

 

 次の瞬間、クリメイターが顔の穴という穴から火を噴き出して火だるまに。魔術に干渉し破壊する炎は自らを納める燃料タンクまでも壊呪し、引火――大爆発。

 卵の黄身を思わせる色合いの炎が黒い煙を伴って丸々と膨れ上がった後、熟れすぎて地に落ちた果実のように爆ぜ砕け、地下空洞に雪崩れ落ちる。普通の炎よりも重く粘ついた質感を持ち、水面を蒸発させコンクリートを溶かして拡がっていく。

 爆風が、さらにもう一度。原因は最初にジェットによって昏倒させられたクリメイターも炎に巻き込まれ、追加の炸薬と化した事。

 下水道を満たして押し流す二重の爆炎と煙が通り過ぎた後、最初に現れたのは巨大な青い光。先ほど空間爆縮に用いられた結界の約3倍はあろう理力壁の立方体が、押し重なって倒れ込む前衛二人と両手を掲げたコネットを内包し、静かにそびえ立っていた。

 だがその輝きには先のものには無いむらがある。燐光を放つ半透明の壁面が一瞬揺らいだ後、音も無く雪のような粒子に細分され、儚く消えた。

 崩れいく即興即席の結界を見送って、コネットが力尽きたように肩を落とし、呟く。

 

「ギリっギリね……」

「サンキュー、コネット……マジ助かったわ……ぐぇ」

「つつつ……って兄貴ィ!?」

 

 咄嗟に跳躍したギルスティンをジェットが線条で確保。渾身の力で引き寄せるのを待って、コネットが超高速で理力壁による結界を構築。見事なチームワークと言いたいところだったが、後1秒牽引が遅れても、後数%結界の出力が足りずとも全員この場で黒焦げになっていただろう。とても二度目を試したくなるような再現性のある所業ではない。

 加えてそれとは別の代償として、ジェットは見事に釣り上げたギルスティンの巨体にダイブされ、完全な下敷きに。しかもギルスティン自身に加えてその体に合わせた特注のパワードスーツというダメ押し。左手のシールドが何処かへ吹き飛ばされていた事がせめてもの救いか。

 頭を振って身を起こしたギルスティンは、自分の下で潰れたカエルのような有様となったジェットを発見、声を裏返らせる。

 

「すいませんオレが馬鹿でけぇばっかりに、しっかりしてください!」

「だ、大丈夫……大丈夫だから、適当なところで退いてくれると助かる……」

「こんなとこで乳繰りあってる場合?」

「だァれがァ乳繰りあってるだァテメェ!?」

「いや、コネットもサンキュー……ただそっちも、無事じゃ済まなかったみたいだな」

「はぁ? どういう意味よ」

「右足。破片が掠ったんだろ。早く直しちまえよ」

 

 ジェットの指摘に自分の下半身を見下ろして、コネットは表情を消す。

 右の太股でボディスーツがすっぱりと避けていた。おそらくは、結界を張るのが僅かに間に合わず、爆風で飛ばされた破片が掠めたのだろう。

 破れた範囲からすれば、傷は深くもないが浅くもないはずだった。にも関わらず、コネットは言われるまでに傷の存在に気づかなかった。

 コネットは傷を見下ろす。

 傷から溢れ出る液体は赤ではなく、ミルクのような白――血液ではなく、補助動力を兼ねる液状緩衝材。

 コネットは無言で自動的にカットされていた痛覚を強制励起。わざわざ切り傷の寒気を伴う疼痛を味わった後、指先から星樹印を機動。《修復》の術式を起動し、仮初めの肉体を元に戻した。

 そして何事もなかったようにジェットを振り返る。ギルスティンが退いた後も地べたに座り込んだまま、ジェットも平然とコネットを見返した。

 

「ところで……なんだったのよ、あのレイダーズ」

「さぁな。おそらく潔癖症だったんだろ」

 

 困惑に若干の硬さが混ざった質問に対し、ジェットは軽く肩をすくめる程度に留める。

 実際のところ、思い当たるふしはないではなかった。

 呼吸恐怖症(ブレスフォビア)

 魔煌災害で汚染された野外において、毒された大気そのものを恐れるようになる人間は一定数存在する。生まれた時から生命維持のためにMa-GEARを装着し、Ma-GEARを失った同胞の末路を目にしてきたのなら、なおさらだろう。

 あるいは同じような体質を背負っていた三人のクリメイターは、実の兄弟か何かだったのかもしれない。であればマスクを剥ぎ取られた仲間を目にした後の尋常でない怒りにも、理屈は通りやすくなる。

 だがそれらは全てジェットの憶測であり、もはや確かめようもない。

 同情も感傷も、取るべき対象がない以上昇華のしようがない。

 学習するパターンとしても、適切ではない。

 半ば無意識にそう判断した後、ジェットは想像を意識の外に追いやって大きく伸びを打った。

 

「くそ-、一人でも生け捕りにできれば動かぬ証拠になったんだがな!」

「Ma-GEARのパーツくらいは残ってませんかね」

「それくらいはあるかもしれねぇが、無いよかマシ程度だな。それだけじゃレイダーズがここにいた証拠にはなっても、企業との関係までは証明できん」

「ま、無いよりマシでも拾わない訳にはいかないわね。他に何も無いんだし」

 

 そう言ってコネットは星樹印を展開。Ma-GEARのような強い魔煌に反応する探知術式を起動する。術式はコネットの背中に後光(ハロー)型の魔煌構造体を形成し、微細な魔煌の波を周囲に放射し始めた。霞のような淡い光が現れては宙に消えていく様は、本物の海辺に打ち寄せるさざ波にも似ている。

 この場にいる誰も、実物の海をその目で見たことはなかったが。

 

「頼むから、術式の範囲より外に吹っ飛んでんなよー……これ以上下水道をローラー作戦なんて、マジ勘弁なんだから!」

「しっかし、下水道よく保ちましたね……今のところ落盤する気配は無し、か」

「最初の一発より爆発力低かったからなー」

「へー、燃料の残量差ですかね」

「何言ってんだギルスティン、お前ともあろうものが。しっかりしてくれよ」

「はい? ってぇ言いますと?」

「一発目は閉鎖空間で爆縮されたんだぞ?」

「……コネット、お前が犯人じゃねぇか!」

「うっさい気が散る! ちょっと黙ってろ!」

 

 流れを断ち切るように――あるいは単純に旗色の悪さを誤魔化すようにコネットが吠える。まるで大声に反応したかのように、背負った光輪が揺れてその輪郭を波打たせた。

 術式が目標に反応した証左であった。

 だがコネットの表情に喜びはない。あるのは眉間に軽く皺を寄せた怪訝そうな顔つき。

 

「……ん? これは……」

「どうした、見つかったんじゃないのか?」

「多分見つけた、んだけど」

「お前にしちゃ随分端切れが悪ィな。もしや、なんか他にもやらかしたんじゃねぇだろうな?」

「別にやらかしてなんかねーし! ……じゃなくて。多分連中(レイダーズ)のマスクの残骸っぽいのは見つけたんだけどさ」

 

 そこで一瞬、言葉が途切れた。

 

「すぐ近くに、何か別の反応がある。普段だったら無視する類いなんだけど」

「というと?」

「IDタグ。……そこの、水の中」

「はぁ? 下水ン中だと?」

 

 ギルスティンが声を上げるのとほぼ同時に、ジェットは中央に流れる暗い水の中に足を踏み入れていた。

 

「ちょ、兄貴!?」

「レイダーズじゃねぇ。あいつらにはIDタグなんて入ってないからな。もしかしたら運悪く連中に出会した一般人のかもしれん。放っておけねぇだろ」

「だからって、普段着で下水道に浸からないでくださいよ! 正確な場所さえ分かればパワードスーツ着たオレが行きますから!」

「この深さはもう数回の浄化処理を済ませた水しか流れてきてねぇよ。臭い以外はキレイなもんさ。危険な感染症の心配もない。それよか、ぼさぼさしてる内にどっかに流れていく方が怖いだろ」

「あぁもぉ、野外ン時とホントかわんねぇんだからこの人は……」

 

 顔を押さえて天を仰ぐギルスティンを尻目に、ジェットは腰の近くまで水に浸かったまましばらく移動した後、躊躇無く屈み込み水中に手を伸ばす。

 

「いた」

 

 水中から持ち上げたそれを抱えて、ジェットは歩道に上がった。悪臭の届く前から殆ど反射的にコネットが距離を取るが、まるで気にする様子も無い。

 ジェットが地面に横たえたのは三人の半ば想像通り、完全に焼け焦げた遺体だった。手足は無く、胴体と頭部はどこか流木から削り出した胸像(トルソ)のようにも見える。

 遺体を前にして、コネットが悪臭も忘れて身を乗り出す。見覚えのある特徴を見出したからだ。燃えて肌と一体化してしまっているが、明らかに充煌服(バッテリーウェア)――魔煌を吸収・保持する機能を持つ高価な衣服の名残がある。

 ジェットも装備の存在に気づいたようで、小さく首を傾げる。

 

「やっぱりレイダーズじゃない、堅気だ。……だけどこいつはもしかして、魔術師か?」

「そうね、といってもそれほど腕利きって訳じゃ無さそうだけど。ただ装備を見るに金回りは悪くなさそうね」

「ってことは、こいつ……企業の人間か」

「その可能性が一番高いわ。それもけっこういいとこよ。この装備は一般人が私費で購入するものじゃないもの」

「だとすると……大企業の雇われ魔術師(サラリーメイジ)が、なんでこんな下水道に来てレイダーズに殺されてるんだ?」

「何言ってるんですか兄貴、しっかりしてくださいよ」

 

 首を傾げるジェットに向かって、ギルスティンのヘルメットが二重棒線の両目とへの字に曲げた口のアイコンを浮かべる。器用に記号化した不敵な笑み。

 

「そんなもん、密会に決まってるじゃないですか」

 

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