デッドリードライバーズ~マーベリックはもういない~   作:椚右近

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カンニング・トリック……聖域管理局、霊脳空間(オリジナル)

 下水道から帰還したジェット達は、必要な諸々を済ませてからカティア達の待つマンションへと再集合した。

 リビングで車座になったメンバーを見渡した後、ジェットが口を開く。

 

「フォルミカを企業に渡したのは、レイダーズでほぼ間違いない」

 

 ビュティを除く全員が頷く。ビュティだけが話の成り行きに着いていくため、神経を尖らせて聞くことに集中している。

 

「だがレイダーズは本来まともに交渉できる相手じゃない。これは完全に想像の域だが、最初レイダーズと直接やり取りしていたのはマフィア側の人間だったんじゃないかと思う。ただし『トレパネイト』とは別口の」

「連中は完全に、中身を知らない荷物の番だけを任されていたってことですか」

「ああ。ギビナーを始め『トレパネイト』にはそんな度胸と繊細さの両方を要する仕事は無理だ。恐らくシンジケートとも直接は関係の無い、専門の闇業者の類いだろう」

 

 ジェットは『トレパネイト』に対してかなり評価が辛いが、それは別に彼等を甘く見ているわけではない。過去にギビナーとも直接交戦した経験を持つジェットは、『トレパネイト』という組織の性質について一般人より少し詳しい。彼等の恐ろしさ、危険性は別のところにある、それだけのことだ。

 

「でもシンジケートに外れくじを引かせた事がばれて、連中も報復を恐れてとんずらこいた、と。当然企業側は困っちまいますな。密輸をすっぱ抜かれた以上、急いで対応せざるを得ない。挙げ句の果てに……」

「事後処理の現場監督に直接人員を送り込んだ。荷物の移動と一部の処分までは上手く、かはともかくどうにかなったが、そこで問題が起きたんだろう。企業の人間とレイダーズじゃあ文化どころか、生きてる世界が違い過ぎる。奇行に文句でもつけたのか、不興を買ったサラリーマンはあっさり滅菌処理されちまった」

「その成れの果てがあの遺体ってことか。お勤めご苦労様だわ、ほんと」

 

 コネットが呆れたように溜息をつく。

 ジェットは共有したここまでの経緯に質問が出ない事を確認して、ジャケットのポケットから錠剤(ピル)ケースを取り出す。

 蓋を開いてテーブルの上に乗せると、中から小指の爪よりも短い金属製の針が現れた。

 見知ってはいるものの、実物を目にすることは滅多にないそれに、ビュティが困惑の表情を浮かべた。

 

「え、それって……まさか」

「倉庫の火事と遺体に関しては保安局に通報した……が、一つだけ遺品を借用させてもらった」

 

 聖域都市市民の証し、極小Ma-GEAR【IDタグ】。言わば物質的市民権とも言うべき装置は、その役割と重要性のために極めて高い安定性と耐久力を仕様として持たされている。

 企業魔術師の遺体に残されていたものもまた、体内という位置と単純かつ強固な構造により壊呪燃焼剤の影響から免れていた。

 それを秘密裏に――ではなく、繋がりのある保安官をレイダーズのマスク片手に説得し、時間制限付きで本当に借りてきたのである。

 

「あの魔術師の死因が本当にレイダーズによるものなら、当然接触したタイミングがあるはずだ」

「それを、IDタグを手掛かりにして《過去視》で見つけるわけ?」

 

 ビュティの一見妥当な推測に、首を振ったのはカティアだった。

 

「いえ。残念ながら《過去視》にはそういう使い方は出来ない。そもそも公的機関ではない、魔術師個人が行う《過去視》の結果そのものは、正式な告発のための証拠にはならないのよね」

「その気になれば偽の観測記憶なんて魔術師には作り放題だもの。仕方ないわ」

 

 不満げながら同意するコネット。もしも証拠として使えるなら嬉々として偽造しそうで、ビュティも苦笑い以外にリアクションが取れない。

 ジェットはと言えば何事もなかったように軽やかにスルーして話を進めた。

 

「なので今回は合法とは言えないまでも、違法とも言い切れない線を突く」

 

 ビュティの想像よりもずっと剣呑な方向へ。

 ジェットが何も言わなかったのはコネットの非常識を諦めていたのではなく、自分もまた非常識な提案をする自覚があったからではないか。ビュティは湧き上がる疑念から一端目を逸らしながら、反射的に問い返していた

 

「そんなものあるの?」

「ああ。人間の記憶は駄目だが、聖域都市自身の記憶はデータとして証拠性が認められるんだよ」

「聖域都市自身って……ちょ、【管理塔(タワー)】から都市の観測記録を抜き取る気なの!?」

 

 ジェットの回答に、目を逸らしきれなくなったビュティが今度こそ凍り付く。

 残りは三者三様ながら、特に異論を挟まない。まるで分かっていたかのように。

 管理塔――聖域都市の真なる要。都市全体を覆う広域魔導結界(ウォール)の発生点にして、ティファレト聖域管理局の本丸。1区に並ぶ不可侵領域、聖域中の聖域である。

 そして管理局には、結界の保全を名目として都市内の全ての観測機器からの情報が流れ込んでいる。保安局も聖域軍も、都市内の情報に関しては管理局から共有してもらっているのが実情だ。

 

「いや、管理塔システム自体は表向きにはスタンドローンだ。外部から侵入する術はない」

「あ、そっか。そりゃそうよね……ん、あれ? なんかおかしくない?」

「おっと、矛盾に気が付いたようだな。都市内の情報を収集している経路があるなら、そこを辿れば管理塔に侵入できる。完全なスタンドアローンなら、そもそも外部から情報を取りこむ入口もないはずだ」

 

 子供っぽいニヤニヤ笑いを浮かべたジェットは楽しげに語る。

 

「答えは簡単。情報収集をしている部署は、聖域管理局の管轄ではあっても地理的には管理塔の外にある――実質“委託”されてるのさ」

「委託……そんなもの、どこに」

「【学会中央研究所(オベリスク)】」

 

 その名を聞いたビュティの顔が軽く青ざめ、喉の奥で小さな悲鳴が鳴った。

 ティファレトにおける学会(アカデミア)の技術的な中枢。頭部たる1区から取り出された都市の頭脳。ティファレトで生み出された全ての技術はこの2区にそびえ立つ方錐形の建物の中に収蔵され、集積され、結晶する。

 正に智慧の宝石。

 報道に関わる人間にとって、最も魅力的であると同時に致命的な場所の一つだ。魔術師にとって知とは即ち血である。流れ出す事も、流させる者も許しはしない。

 

「――結局無理じゃないそんなの!」

「それが無理ってわけでもないのよ」

 

 嘆くビュティとは対照的に、コネットの口調は指揮者が振るうタクトのように軽やかだった。

 

「研究所の中枢システムそのものに入るんじゃなくて、一番外側の防壁(アイス)だけを潜って、中枢との隙間から五海層(ファイブスタックス)の第三層まで降りる。出入り口こそ限定されてるけど、第三層のデータそのものは都市全体の地下に拡がっていて、第四層を経由しながらゆっくりと第五層――魔煌線(レイライン)へと環流していくもの。やがては無限煌に還るものを、少しだけ取っておこうってだけ。全然自然な範囲よ」

「見つかったらタダじゃ済まないなんてレベルじゃないわよ!」

「元々一定時間内なら現場周辺の都市構造体から過去の情報を取得するのは合法なんだよ。保安官が犯罪捜査に利用する以外にも、都市設備の保守点検なんかにも使われるからな」

 

 ヒステリーに陥りかけるビュティを宥めるために、ジェットがつとめて平静な声で説明する。両手も掌を胸の前に広げ――落ち着けの手振り。

 その意味では下水道に赴いて直接採取するのが最も合法的ではあるのだが、これは実質的に不可能だ。情報は場所という横軸と時間という縦軸の交差点に記録されている。時間の流れを遡っていく事の出来る《過去視》でも、術式の範囲内で企業魔術師とレイダーズの逢瀬が起きてなければ無駄足となる。

 そして遺体が大爆発の後で見つかった事を考えると、離れた殺害地点から爆発で下水の吹き飛んだ水路の空白に押し流されてきた可能性が高い。手当たり次第の虱潰しは完全な運任せであり、どれだけ時間と魔煌のリソースがあっても足りるものではない。

 見たい場所と時間が分かっている状況でなら現場からの情報収集が可能になるが、今回のような膨大な過去情報の中から特定の事象を拾い出したい場合、全てを納めた第三層という巨大データベースに対して特定の条件――IDタグの位置情報を鍵に検索をかける方法が最短となる。

 

「研究所に保存されて一定期間を過ぎた情報は有用性チェックに引っかからなければ廃棄(ガーベージ)される。このデータだって別に持っていても利用しても違法じゃない。なんせ元々誰が持っていてもおかしくない情報だ、取り締まりようがない」

「違法なのはあくまで、共有の霊脳空間(サイコスペース)から研究所のシステムに侵入する事だけ。つまるところ、敷地内で発見される間抜けな現行犯じゃなければ問題ないわ」

「完璧に密漁の理屈じゃないの!?」

 

 少し落ち着いた次の瞬間に、現行犯という物騒な単語でビュティは恐慌に引き戻される。彼女の精神は終わりの見えないジェットコースターに縛り付けられたも同然だった。8区育ちのビュティにとってマフィアは恐ろしいがまだ身近だ。学会は違う。ビュティだけでなく、全ての市民にとって学会は寡黙にして厳格な支配者だった。逆らう事は天に唾吐くことに等しい。

 だが、コネット達は違う。

 

「やるの、やらないの? 貨物のコンテナが移動されちゃった以上、レイダーズとの関係性を立証できなきゃ本当にただのゴシップで終わるかもしれないわよ。日数を限定したのはそっちだって事を忘れないで」

 

 コネットは平然と選択を迫る。

 例え自分の眉間に落ちてくるとしても、空が理不尽に落ちてくるのならば見上げて矢を放つ事を躊躇わない。

 それこそが、かってマーベリックと呼ばれた存在であるが故に。

 依頼人にコメットは尋ねる。

 自らの眉間に穴を開ける覚悟はあるのかと。その生き様の末裔として。

 

「脅迫するつもり?」

「ご自由に。今言ったのが来たるべき未来じゃなきゃ、それに越した事はないわ」

 

 言うべきことを言ったコネットは口を閉ざし、胸の下で腕を組む。

 そして待った。来るべきものを。

 言葉と、意志を。 

 

「……ここまで来たら、毒も喰らわば皿までって訳ね」

 

 そしてビュティは決断した。

 落ちてくるかもしれない矢の下に立つことを。

 

「分かったわ、やってちょうだい」

「そうこなくっちゃ」

 

 ニヤリと笑ったコネットが差し出した右手を、若干固い笑顔で握り返すビュティ。だがそこで気付いた問題に明確に顔を引きつらせる。

 

「でもちょっと待って。普通、プロの霊脳潜行者(サイコダイバー)でも活動してるのは第二層まででしょ? 研究所の防壁を突破して第三層にまで潜れる潜行者を探してたら、それだけで期日が過ぎるんじゃないの?」

「勿論こっちからこんな話をする以上、ご懸念の点はクリア済みだ」

 

 ジェットは笑う。コネットに似た悪巧みの笑顔。

 カティアは肩をすくめ、ギルスティンは顔に二重線の目だけを映す――やれやれと言わんばかり。

 そしてコネットは胸を張る。

 

「問題ないわよ。アタシが潜るもの」

「コネットが!?」

「なによ、文句ある?」

「まあ大船に乗ったつもりで任せてくれ。腕はオレが保証する」

 

 取りなすジェットの言葉の意味は、この時ビュティにはよく分からなかった。

 

「なんと言っても、このティファレトで導海(プレセペ)まで潜って帰ってきた奴を、オレはコネットの他にしらねぇよ」

 

 それはとっさどころではなく、長い間分からなかった。

 そしてついに知った時には、這い上がる寒気に耐えることになる。

 




注意:公式からもインターネットや仮想現実の存在は言及されていますが、オベリスクと言うあだ名や霊脳空間(サイコスペース)関連の用語は全て捏造です。ご了承ください。
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