昔から人より強い自覚はあった。おそらく才能というのはこういうものなのだろうと、特に何の感情も無く思ったのは中学一年生の夏だ。校庭で行われた戦闘演習で、あろうことか自分は高校生の先輩をこてんぱんに打ち負かしてしまった。
別に強くなりたいとか、誰かに尊敬されたいとかいった感情があったわけじゃない。ただ最初から”そうだった”だけ。でも、それだけでもう自分は周りとの差を認めずにはいられなくなった。すれ違う人は皆恐れか、妬みか、はたまた憧憬の視線を向けてくるだけで、誰も「空崎ヒナ」として見てはくれなかった。それもしょうがないだろう。人は理解の及ばない力に共感はしない。きっとこれからも自分はひとりぼっちのままなのだと、何度目かも分からないため息を吐きながらヒナは校内を適当にぶらついていた。
(あれ……あの子は)
そんなヒナの目に一つの人影が留まる。燃えるような赤髪を肩まで伸ばし、額の細い眼鏡をかけている。学校指定のジャージを着て何やらせっせと土をいじっていた。確か名前は陸八魔アルといっただろうか。真面目を絵に描いたような人だと勝手に思っているが、実際その評価は大きくは違わない。そう語ったのはアルの幼馴染であるムツキだが、それはまた未来の話である。
「ふぅ……もうちょっとね」
「ねぇ。何してるの?」
「ひゃあ!……って、あなたは……先輩をボコボコにしたっていう……」
後ろから唐突に声をかけられたことでアルはびっくりして飛び跳ねた。ヒナはまさかそんなに驚かれると思っていなかったので、何か悪いことをしたような気になってしまう。
「ご、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなかったわ」
「い、いいのよ。えっと何してるかっていうと……」
そう言ってアルは視線を足元に移す。そこには何個かのビニール袋に詰められた雑草が入っており、よく見ればアルの服は少し土で汚れていた。
「雑草むしりよ。ここに花壇を作るから手伝ってほしいって言われたの」
「手伝ってって……あなた以外に人の姿が見えないけど……」
「うっ……それが……急用が出来たらしくて……」
ああ、これは嵌められたな。とヒナは内心で呆れた。そんな都合よく急用などできるものか。
「それ、体よくあなたに面倒ごとを押し付けただけじゃないのかしら」
「そ、そんなことないわよ! だって、とっても困ってそうな顔してたもの!」
「はぁ……」
お人よしも限度があるだろう。ビニール袋はすでに十個は雑草でいっぱいにされているのを見るに、相当長い時間ここで雑草をむしっていたに違いない。
ヒナは大きくため息をついて鞄を下すと、しゃがんで目の前の雑草を引っこ抜いた。
「えっ」
「私も手伝うわ。あなただけここに残して去るのもなんだか居心地が悪いもの」
「そんな……悪いわよ。あなた制服じゃない……汚れちゃうわよ」
そういえば制服であったと、ヒナは自分の服装を見る。だがまあ、汚れたところで替えはあるし、日ごろから全く成長の無いこの体は服のサイズというものに縛りを与えない。いざとなれば昔の制服だって着ることができるので、ヒナは気にせず草をむしり始めた。
「別にいいわ。替えはあるもの」
「じ、じゃあせめてこれ着けなさいよ」
そう言ってアルは自分の手から軍手を取り、ヒナへ渡す。
「いいの? でも、あなたが今度は素手になっちゃうわよ?」
「そ、それもそうね……じゃあ半分にしましょうか!」
アルは右手に軍手を付けた後、左手の方をヒナへと再度渡した。さすがにここまでされて断るのも悪いのでヒナはおとなしく軍手を受け取って左手に付ける。さっきまでアルが使っていたからか少しだけ温かい。
「ふふ。あなたってお人よしね」
かくして一時間ほど、二人は草をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返し、気づけば辺りは茶色い土の色が八割を占めるレベルまできれいになっていた。一息ついたところで、ヒナは作業の合間にふと気になったことを尋ねることにした。
「ねぇ。なんでそんなに頑張れるの」
「え? どういうこと?」
疑問符を浮かべるアルにヒナは向き直って口を開く。
「あなただって本当は気づいてるんでしょ。こんなの利用されただけ。なのになんでそんなに頑張れるの」
核心を突いた問にアルは無言でヒナを見据える。ヒナには分からなかった。なぜここまで他人に尽くせる。アルにだって自分の予定なり、イベントなりがあっただろう。それらを差し置いてまでこんな土に汚れる必要がどこにあるのだろう。
ヒナにとって、優しさなど打算の裏付けでしかなかった。自分が強いからすり寄ってくる。そうでなければ見向きもしない。それを隠そうともしないような輩を多く見てきた。無償の優しさなんてものは存在しないのだ。
だからこそ分からない。どうして損をすると分かっていながら協力するのだろうか。
「……そうね。確かにそうかもしれない」
「……」
「でも、それでも私はやっぱり困ってる人がいたら見過ごせないの。それがたとえ誰でも」
「……あなたがその分不幸になるのに?」
「不幸じゃないわ。確かに大変だけど、そのおかげで笑顔になれる人がいるのならちょっと嬉しいじゃない」
ヒナはとうとう言葉を返せなかった。高潔な精神を垣間見た。きっとこの少女は本気でそう思っているのだ。自分のような面倒くさがりとは違う。人の幸せを願える優しい少女。
羨ましい。なんて素敵な人だろう。なぜ自分はこうじゃない。強さなんてこの精神の前ではなんの意味も持たない。どうすればあなたのようになれる。
ヒナは心の中に湧き上がってきた色々な感情にどう名前を付ければいいのか分からず、ただただアルを見つめることしかできない。
しかし、一方のアルは先の答えでヒナが満足したと思ったのか、グッと腰を伸ばして軽くストレッチしてから再度雑草むしりに戻ってしまった。
(もしも……あなたのようになれたなら……)
自分は今とは違った姿でここにいられたであろうか。
虚空への問いかけはいたずらに時間を奪うのみで、答えが自然と降ってくるわけでもなかった。ヒナはブルブルと頭を振って余計な考えを振り払うと、アルに続いて再び雑草むしりを再開するのであった。
――――
「ふぅ。ありがとう! 助かったわ! ええと……」
アルは困ったように言葉を詰まらせる。そういえばお互いに自己紹介もしていなかった。ヒナは一方的にアルのことを知っていたが、アルがそうとは限らない。
「ヒナよ。空崎ヒナ。そっちの自己紹介は要らないわ」
「ヒナちゃんね! ありがとうヒナちゃん! そうだ、ちょっと待っててちょうだい!」
礼を言うのもそこそこにアルはヒナを置いて走っていってしまった。まだ何かあるのかとヒナは少し面倒に思いつつも腕を組んで待っていると、三分ほどしてから校舎の角からアルが走って戻ってきた。その手には二本のオレンジジュースが握られている。
「これお礼よ!」
アルはオレンジジュースをヒナへ差し出し、手を引いてベンチへと向かっていく。そのまま腰を下ろして自分の分のプルタブを開けると、豪快に飲み始めた。
「くぅ~。労働後の糖分は最高ね!」
「……あの……いいの?」
「いいに決まってるじゃない。私達、もう友達でしょ?」
「友達……」
聞きなじみのない言葉に、ヒナは一瞬動きを止める。今日自分はこの少女と友達になったのか。別に大したことはしていない。さっきまで何の関わりも無かったのに、友達になれたのだろうか。なんとも実感の湧かない話だと、ヒナはプルタブを開けながら脳内で独り言ちる。
「あっもしかして嫌だったかしら……!」
「違うの。友達なんて初めてで……こんな簡単になってくれて不安っていうか……私、全然友達らしいこととか分からないし……多分怖がられてる」
だんだんと声が小さくなっていくヒナを見て、アルはきょとんとした顔を浮かべる。しかしそれも束の間、アルはにっこりと笑って元気に返した。
「それが何よ! 一緒に笑って、一緒にジュースを飲んだらもう友達よ! あなたがどれだけ強いかとか怖いかとか、そんなのは関係ないわ。私にとってのあなたは、雑草むしりを手伝ってくれた可愛い女の子よ!」
「……!」
気づけば時間は夕刻を過ぎ、赤い西日が二人を包み込むように地平線に顔を沈め始めていた。
アルの色だ。とヒナは思った。きっとこの空はこの色を映し出すためにあるのだ。と理解した。
「本当にいいの……? 私、全然面白くないし……面倒くさがりだし……」
「でも、とっても優しい。あの時手伝ってくれただけで、私にとっては神様みたいなものよ! あっでも悪魔が神様とか言うのはおかしいかしら……?」
「……ふふっ……なによそれ。確かにおかしいわね」
笑いながら、ヒナは直感的に悟った。
きっとあの時抱いた感情の正体は恋だ。自分はあの時、恋に落ちたのだ。自分の心は陸八魔アルという悪魔の、茨のムチに絡め取られてしまったのだ。
「じゃあ、これからよろしくね。アルちゃん」
「えぇ! よろしく、ヒナちゃん!」
以降、片や恐怖の風紀委員長として、片やポンコツアウトローとしてそれぞれ名が広まることになるが、この二人が無二の絆で結ばれていることを知っている者は皆口を揃えてこう言った。
多分この二人結婚する
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